上 下
29 / 50

26 火の国イグニスのエイダン

しおりを挟む
 イグニスという国は、と冠してはいるが、決して乾いているわけではない。気候的には暑くも寒くもなく、水も豊富にある。
 
 それでも砂漠化は進み、人の病死率が他の国よりも圧倒的に多かった。
 その理由は、国内に魔瘴の森があり、土地が汚されるからだ。大昔にはこの森には魔物がいたらしい。今の時代、もう確認されることはないが、遠い昔、確かにという存在はあったようだ。

 の属性はとされており、魔物がよく出没する国だから、なのだ。

 年に数回、貯水池の水を浄化してもらっているが、国民全てに綺麗な水を供給するには、到底足りなかった。国民の多くは汚れた水で命を繋ぎ、汚れた土で育った作物を食べる。病気にならないわけがないし、平均寿命も長いとは言えなかった。

 エイダンはイグニスの第一王子だった。幼少の頃から帝王学を学び、民を助け導くことが自分の役目だとよく理解し、また、その務めを果たす為によく学んだ。自分の魔力を最大限に利用する為に、魔法の練習にも励み、歴代の王になる前の王子がそうしてきたように、代々国の悲願である、も引き継いだ。そのために神聖国へ来て、浄化の魔法に触れさせてもらっている。

 自分の名前、エイダンとはかがり火の意味であり、自分がイグニスのかがり火になるのだと、強い使命感を持って生きてきた。
 
 そんなエイダンにとって、居るだけで周囲を浄化するという聖人は、眩い希望のように見えていた。

 アシュリーの聖人の家系が、シルフィにあるらしい。アシュリーの聖人はその昔、瘴気で苦しむ国を丸ごと救ったという。そして、半ば伝説と化している、居るだけで周囲を浄化する聖女が数代続けて生まれているのだと。

 その聖女を呼びましょうと、何度も父上に訴えたが、それはしてはいけないと首を振る。あくまでも聖女の意思が優先されるのであって、その意思を誘導するようなことはしてはいけないのだと言う。何故だ。シルフィは穏やかで正常な国だ。強い聖性を持つ聖人は、イグニスにこそ必要だ。

 自分が王になった時、そのアシュリーの聖女をイグニスに召喚する。聖女は慈悲深い人のはずだ。現状を伝えれば喜んで来るに違いない。聖女は、私の意思をよく理解して、国を助けてくれるだろう。人を助けることが聖女の務めなのだから、そうするべきだと、よく知っている高潔な人格の持ち主のはずだ。必要なら、私の妻にしても良い。私は後ろ盾となり、聖女の務めを果たせるように協力しよう。聖女はイグニスの民を助けることを喜びに思うはずだ。

 本気でそう思っていた。
 それなのに。

 まさかここで聖女に会えるとは思っていなかった。彼女を助け、立場を確保して信頼を勝ち得たら、イグニスのことを話す。そうすれば是非、行かせて欲しいと聖女の方から頼んでくるはずだ。そう思っていたのに。

 実際の聖女は、ただの浅はかな小娘だった。だから、彼女のすべきことを教えてあげたのに、言うに事欠いて、イグニスには絶対行かないと言い放った。なんて無責任な小娘なのだ。しかも自分の責任と向き合うことなく、走って逃げた。

 逃げるなど。女にありがちな追いかけてきて欲しい的なあれか?追いかけて優しい言葉のひとつでもかければ満足するのか?

 こんなのが聖女?
 意思を尊重する意味はあるか?
 
 そうは言っても、自分で望んで聖女についたのだ。面倒でも探すしかないだろう。

 どうせその辺に居るはずだ。

 しかし居なかった。何処を探しても居なかった。神聖国はそこそこ広い。1人で国中の全てを探すのは無理だ。

 どこまで人に迷惑をかければ気が済むんだ。
 仕方ないと報告する。

 聖女メラニアが消えた。
 この事実は、すぐに皆に周知された。

 周知はされたが、特になにも騒ぎになることもなく、いつも通りの時間が過ぎた。このことに、エイダンは疑問を感じずには居られなかった。

 仮にも聖女が居なくなったのに、皆平然としている。

 良いのか?これで。

 夕食の時間が終わる頃、大神官に呼び出されることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル【合成】が楽しすぎて最初の村から出られない

紅柄ねこ(Bengara Neko)
ファンタジー
 15歳ですべての者に授けられる【スキル】、それはこの世界で生活する為に必要なものであった。  世界は魔物が多く闊歩しており、それによって多くの命が奪われていたのだ。  ある者は強力な剣技を。またある者は有用な生産スキルを得て、生活のためにそれらを使いこなしていたのだった。  エメル村で生まれた少年『セン』もまた、15歳になり、スキルを授かった。  冒険者を夢見つつも、まだ村を出るには早いかと、センは村の周囲で採取依頼をこなしていた。

神によって転移すると思ったら異世界人に召喚されたので好きに生きます。

SaToo
ファンタジー
仕事帰りの満員電車に揺られていたサト。気がつくと一面が真っ白な空間に。そこで神に異世界に行く話を聞く。異世界に行く準備をしている最中突然体が光だした。そしてサトは異世界へと召喚された。神ではなく、異世界人によって。しかも召喚されたのは2人。面食いの国王はとっととサトを城から追い出した。いや、自ら望んで出て行った。そうして神から授かったチート能力を存分に発揮し、異世界では自分の好きなように暮らしていく。 サトの一言「異世界のイケメン比率高っ。」

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

勇者パーティーに追放されたアランが望み見る

辻田煙
ファンタジー
 過去、アランは勇者パーティーにより、魔王軍に襲われた村から救出された。以降、勇者たちの雑用としてアランは彼らからの精神的肉体的な苦痛に耐えている。村を襲った魔王軍への復讐になると思って。  しかし、アランは自身を魔王軍から救ってくれたはずの勇者パーティーの不正に気付いてしまう。  さらに、警戒していたにも関わらず、ダンジョンのトラップ部屋で勇者達に殺害される。 「やーっと、起きた。アラン」  死んだはずのアランが目を覚ますと、聞こえたのはどこか懐かしい声だった――  数週間後、アランは勇者パーティーの一人である竜人ジェナの前に立っていた。 「見つけたぁ。てめえ、なんで死んでねえんだぁ?」 「遅いよ、ジェナ」  アランの仕掛けたダンジョントラップでボロボロでありながら、なおも不敵に嗤うジェナを前に、アランは復讐の炎を滾らせ戦いに挑む。  救済者と勘違いし気付けなかった過去の自分への戒めと、恨みを持って。 【感想、お気に入りに追加】、エール、お願いいたします!m(__)m ※2024年4月13日〜2024年4月29日連載、完結 ※この作品は、カクヨム・小説家になろう・ノベルアップ+にも投稿しています。 【Twitter】(更新報告など) @tuzita_en(https://twitter.com/tuzita_en) 【主要作品リスト・最新情報】 lit.link(https://lit.link/tuzitaen)

聖女の娘に転生したのに、色々とハードな人生です。

みちこ
ファンタジー
乙女ゲームのヒロインの娘に転生した主人公、ヒロインの娘なら幸せな暮らしが待ってると思ったけど、実際は親から放置されて孤独な生活が待っていた。

異世界で趣味(ハンドメイド)のお店を開きます!

ree
ファンタジー
 波乱万丈な人生を送ってきたアラフォー主婦の檜山梨沙。  生活費を切り詰めつつ、細々と趣味を矜持し、細やかなに愉しみながら過ごしていた彼女だったが、突然余命宣告を受ける。  夫や娘は全く関心を示さず、心配もされず、ヤケになった彼女は家を飛び出す。  神様の力でいつの間にか目の前に中世のような風景が広がっていて、そこには普通の人間の他に、二足歩行の耳や尻尾が生えている兎人間?鱗の生えたトカゲ人間?3メートルを超えるでかい人間?その逆の1メートルでずんぐりとした人間?達が暮らしていた。  これは不遇な境遇ながらも健気に生きてきた彼女に与えられたご褒美であり、この世界に齎された奇跡でもある。  ハンドメイドの趣味を超えて、世界に認められるアクセサリー屋になった彼女の軌跡。

処理中です...