聖女は祖国に未練を持たない。惜しいのは思い出の詰まった家だけです。

彩柚月

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 猛烈に嫌な予感がした。あの口ぶりでは、象徴にすぎないと言いながら、そのブランドは重視している。閉じ込められる、と直感が告げていた。力づくで聖女の譲渡をさせられるかもしれないと思った。

本当に大切な物や聖人に関することは、既に大樹の元に運んであったが、自由を奪われた時の準備をしなければと思った。

 今でも、必要以上に外出はできないので、自由とは言い難いが、それでもまだ、屋敷の敷地内は歩けるし、手足も拘束されていない。

 考えすぎかもしれないが、そうなるかもしれない予感がした。少しでも逃げる準備をしておいた方が良いと思った。

 部屋に戻ったメラニアは、あるだけの鞄を出して、動きやすい服や日常的に使う道具を片っ端から詰めて、大樹の小屋に持って行った。

 ふと思いついて、食器や調理器具もあった方が良いかもと、調理室へ行こうとしたところで、伯父の使いに捕まった。

 「ご主人様がお呼びです。」
 「え、ええ。わかったわ。すぐに行くと伝えてちょうだい。」
 「このままお連れするようにと、言いつかっております。」

 仕方なくついて行った。

 「婚約を解消すると書類が届いているが?」

 案の定、この話だった。仕事なんてないはずなのに、執務室という名の部屋で、メラニアは立たされている。

 それにしても仕事が早いのね。その話をされて真っ直ぐ帰ってきたのに。

 「はい。今日、言い渡されました。」
 「何を冷静に言ってるんだ!毎月支給される金がなくなるではないか!申し訳ないとは思わないのか!?」
 「何故ですか?それは、私に支給されているお金ですよね。伯父様には関係ないと思います。」
 使い込んでいることは知っているが、チクッと嫌味を言ってしまった。

 「お前は……!あれは、お前の身だしなみを整えるために使うよう支給されているんだ!私達がお前の身の周りを整えているんだから、私達がその金を使うのは当然だろう!」

 どういう理屈だろう。だいたい、この人達だって、子爵なのだから、自分達の収入はきちんとあるはずなのに。

 「でも、これからは、気にせず使えるんじゃありませんか?だって、」

 「お父様ー」
 と、ノックもせずに入ってくるのはリリィと伯母。
 「あら、いたの。」
 リリィは勝ち誇ったようにメラニアを見遣ってから伯父に嬉しそうに言う。
 「私、王太子の婚約者になるわ。」

 リリィのすぐ横で、伯母もニコニコと嬉しそうだ。この人は、普段から、メラニアのことを存在ごと無視する。今も伯母の目にはメラニアは入っていないような素振りで、リリィと共にソファに座る。

 「どういうことだ?」
 と、伯父もリリィ達の向かいに座る。
 メラニアは立たされたままだ。

 「セオがね。メラニアと婚約の解消をして、私と婚約するって言ってくれたの。」
 「確かにリリィとの解消書類は届いているが。」
 「本当?セオったら早く私と婚約したいのね。仕事が早いわ。」
 「ふむ。だが、リリィとの婚約の書類は届いていないのだが、」
 「それはあなた。婚約は解消が通らなくては新しく結べませんもの。私のリリィはやっぱり可愛いわ。王太子が見初めるのも当然ね。」

 「なるほど、それもそうか。」
 「ならさっさとサインしてしまおう。おい!」

 やっと声がかかった。立たされたままで居ることにそろそろ疲れていたので助かった。ガサゴソと書類を改めてから、メラニアにサインを促す。

 「ここと、ここだ。そう。これでお前と王太子の婚約はなくなる。」

 部屋を出て行こうとしたメラニアに、
 「ああ、それから、これからは王室からの支給金はお前宛てではなくなるから、服や道具はもう買わんからな。」
 「それがなくなっても、宮内庁から支払われている私の生活費があるはずでは?」
 「あれは、お前の食い扶持だけでなくなる。この屋敷を維持するのにも金がかかるからな。残りは後見をしている私への報酬だ。」

 ——ほとんど報酬として抜いているんでしょうに。

 心の中でそう思いながら、部屋を後にした。



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