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しおりを挟むトネリコの木の根元の辺りの地面に枝を刺しておく。皆、この枝はトネリコの枝だと思っているが、本当はこうやってメラニアが大樹からいただいてきた枝なのだ。
この枝は何処かに行く時に何本か持って行き、適当な場所に刺してくる。そうでなくとも、根が出たら何処かに植えようと思うのだが、出たことはない。
部屋に戻ろうと屋敷の廊下を歩いていたら、前からリリーが走ってきてぶつかった。メラニアは衝撃で倒れ込んでしまったのだが、周りの使用人はピンピンしているリリィの方を気遣っている。
「びっくりしたわねえ、もう!こんなところでボーッと歩いていないでよ。」
「ごめんなさい。でも廊下を走っていたリリーも悪いと思うけど。」
このリリィ( 百合 )という美しい名を貰った従姉妹は、名前に似合わず気が強い。普段関わることがないので、特に意地悪をされた記憶もないが、意地が悪いのは間違いないとメラニアは思っている。
「あーもう、すぐそうやって人のせいにするんだから!誰もいないと思ったから走ったのよ!居るかいないかわからない暗さでそこにいるアンタが悪いに決まってるでしょ!」
やっぱり意地が悪い。これでも、リリィがこの家に来たすぐの頃は、少しは仲良くしていたように思うのに。と、自分で立ち上がりスカートを払う。
「そうね。地味な私は目立たないのかもね。」
「わかってるじゃない。どいてよ。私、今から王城に行くんだから。」
「王城に?何の用で?」
思わず聞いてしまった。王太子の婚約者であるメラニアならともかく、リリィに王城に行く用事など思い当たらなかったからだ。
「そんなことアンタに関係ないでしょ。」
「まあ、そうね……。いってらっしゃい。」
ふんっと鼻を鳴らして去っていくリリィを見送って部屋に帰る。
自分でお茶を淹れて一服しながら考える。
「そういえば、セオドア殿下とリリィは学院で顔を合わせているわよね。仲良くなったりしてるのかしら。」
なっていたところで、何が変わるわけでもないが、漠然と不安を感じる。メラニアの強みはこの家の相続人であることと聖女であること。婚約……は、別になくなっても構わないけれど、身分を保証するものとして、やっぱり王太子の婚約者というのは意味がある。
「また、聖女を譲れと言われたらどうしようかしら。」
メラニアの中にある聖女の種。これを譲渡することで、一応、力は継承される。でも、リリィには譲れない。
考えていたら、伯父が呼んでいると使用人が伝えに来た。
「またアレかしら。」
行ってみると、やはり。
「そろそろ気が変わったか?成人と共に、全ての権利を私に譲渡と言う念書を書きなさい。」
と、言われた。
「変わることはありません。それに、私がその念書を書いたところで意味はありませんよ?それを納得されるのでしたら書きますが。」
「遺産も全て譲ると書けば良いんだ。」
「だから、それが書いても意味がないと言っています。」
「後のことはこっちでやるから、お前は大人しく書けば良い。ここに居られるのは誰のおかげだと思っている。」
「そのことについては感謝しますが、伯父様達がここに住めるのも、私が居るからでは?」
「ここは、私が生まれ育った家だ。それをお前のような小娘に全て相続されるというのがおかしいんだ。事業と共に家も私に譲ると書くんだ。そうしたらここに住ませてやっても良い。」
「私が育った家でもあります。それに、私が念書を書いたところで、伯父様に譲られる物はありません。遺産なんてないんですよ。事業など、持っていないことは伯父様もご存知ではありませんか。それに管理しているのは宮内庁です。」
「お前、案外バカだな。遺産からお前の生活費が支払われているんだぞ。ということは遺産があるということだろう。その遺産はお前が成人と共にお前に譲られることになっている。その遺産を私に譲ればいいんだ。」
「だから、それは……」
「良いから書けばいいんだ!」
もう面倒だから書いてしまおうか。
書いたところで、伯父に渡るのは爵位と、それに付随する領地だけだ。
両親が生きていた頃から、領地の仕事をしているところなど見たことがない。元から管財人が派遣されていて、彼等が領地を治めている。
伯父は事業があると信じているが、それについても同様だ。両親が生きていた頃は、アシュリー家に対して一定額が支払われていた。
それが、どこから出ているのか、両親が亡くなった時に、メラニアにサインをさせる為に役人達が持ってきた書類を読んで、初めて知った。宮内庁が預かっていると伯父達は信じているが、名目はメラニアに渡されている費用の全ては、神聖国から宮内庁を経て渡されていた。
メラニアに渡る前に、いくらか国に抜かれているのだろう。というより、アシュリー家がこの国に居るから、支払われているのだろう。その中からいくらかを宮内庁が調整して、メラニアに渡している。
知ったことで、爵位の意味もわかった気がする。アシュリー家の存在意義に対して叙爵されたものだ。つまり、アシュリー家を国に留めるために与えられた爵位ということだ。
「遺産など。ないんですよ。」
「なら、お前に支払われている金は何だ!」
「わかりません。」
嘘はついていない。何処から出ているのかは知っているが、どうやって捻出しているのかは知らないのだから。
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