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泣き寝入り

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懸命な判断だ。物騒な世の中。問題にわざわざ首を突っ込んで、もし命を落としたら天国で後悔するかもしれないし、残された家族が可哀想だ。逃げたアイツが刃物を持っている可能性は決して0なんかじゃない。逆上してグサっとなんてこともある。正しい行いより、自分の命が優先だ。今なら冷静にそう思う。


でも、その時の私は冷静ではなかった。
今までの怒りの記憶が次々と蘇っていた。

1番悔しかったのは、下校中に下着の露出狂があらわれて、いつもより帰宅が遅れたこと。そのせいで、1歳くらいからずっと一緒に過ごしてきた愛犬の死を看取れなかったことだろうか?
何か予感めいたものがあったのか、その日は1分でも1秒でも、早く帰らなきゃと急いでいた。定番の格好をした男の姿を見た時は、何もこんな日に...と腹がたった。無視して帰りたいけど、動揺している親友を置いて先に帰ることは私には出来なかった。

愛犬が高校入試の前に天国に逝ったのは、私が生死の心配で試験に集中できないと思ったのかもしれない。でもその分、お別れをちゃんとしようと、私が帰宅するまで頑張ってくれていたはずだ。
「帰ってくるちょっと前にはまだ息があったんだよ」と母が教えてくれた。あの男があらわれなければ、間に合ったのかもしれない。愛犬との別れの悲しみの涙には、悔しさも混じっていた...

これらを含めて、全部ずっと泣き寝入りだった。
ずっとずっと悔しい気持ちが心に蓄積されていった。それをずっと抱えて生きてきた。

アイツ1人を捕まえても、過去は変わらない。
でも、未来は違う。捕まえたことで、ずっと心にある重荷がおろせるかもしれない。
だから絶対にアイツを捕まえてやるんだ。刑務所に絶対入れてやるんだという気持ちでいっぱいだった。執行猶予の存在も忘れるくらい興奮していた。相手が刃物を持ってるかもしれないなんて考えもしなかった。返り討ちされて殺されるとかも考えてなかった。
一人では捕まえられない。私の力だけでは無理。でも誰一人手を差し伸べてくれない。絶望した。



もし被害届けを提出しても逃げられてしまったら、犯人を捕まえるのは難しいかもしれない。警察は色々な事件を抱えているだろう。人が亡くなった事件や被害が大きい事件を優先に人手がさかれるであろう。
こんな小さい事件は後回しかもしれない。だからといって、自力で名前も知らない人を探し出すのは、絶対無理だ。探偵を雇ったとしても、顔写真もなく、名前も知らない人を探すのは無理だろう。
泣き寝入りとわかった瞬間、絶叫したくなった。


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