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5、元社長令嬢、人生の転機を迎える

二十六話 悪趣味な男

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 秋人と話をしてから一週間が過ぎたけど、秋人は相変わらず詳しいことを話そうとはしなかった。
 
 ほとんど家にいないと思ったら、次の日は18時前に帰ってきて部屋で何かをやっていたり、また次の日は明け方に帰ってきたり。何をしているのかも全く話してくれないし、いつもにまして口数が少ないから、会話も全く弾まない。
 
 問い詰めたところで、秋人の方が壁を作るからどうしようもないのよね。どうしたものかしら……。
 
 休日の今日もいつも通りの時間に起きて、身だしなみを整えて、朝ごはんを食べてはいるけれど、焦げたトーストにもぐちゃぐちゃになった目玉焼きにも嫌味一つ言わず無言で食べている。
 
「ねえ、秋人、」
 
 さすがにこの重い空気に耐えかねて秋人に話しかけようとしたその時、ちょうど玄関のインターホンがなった。……誰?
 
 超高級マンションであるここは、エントランスには警備がいて、庶民はそう易々と入ることは出来ないし、マンションの住人が解錠しなければエントランスにさえ入ることができない。
 
 宅配か知り合いにしても、まずはエントランスから呼び出しがあるはずだけど、いきなり玄関前に来るということは……。
 
 このマンションの住人か、もしくは……。
 
 突然の来訪者が誰かを考えているうちに、いつのまにか秋人が玄関のドアを少し開けていた。
 
「何の用だ」
 
 秋人にしては珍しく苛立ったような言い方ね。玄関の様子をこっそり伺うと、秋人と対峙していた人は三十代前半くらいの男だった。
 
 高級ブランドのスーツを着こなし、派手な柄物ネクタイをしめているけど、妙にそれが似合っている。服装もそうだけど、整った容姿と何よりその自信に満ち溢れたオーラで、すぐに彼もこちら側の、選ばれたセレブサイドの人間だと悟ったわ。
 
「相変わらずつれないな。せっかく兄さんがきてやったというのに、その態度はないだろう」
 
 嘲笑するようにそう言った男はズカズカとリビングに入ってきて、我が物顔で勝手にソファーに座った。  
 
 兄さんってことは、この人は秋人の……?
 クールな雰囲気の秋人とは全く雰囲気が違うけど、そう言われればどことなく似てるような気もする。
 
「どうも、初めまして。
彼女が例の社長令嬢? 結局結婚することにしたんだ?」
 
 秋人の兄だという人をじっと見つめていると、彼はその視線を私に視線を向けてから、もう一度秋人の方を見る。
 
「そうだ」
 
 秋人の兄にどう説明するべきか迷っていると、私が答える前に秋人が代わりに答えてしまった。そうだって……、たしかそうなんだけど。たった一言で済ませるって、いくら何でも省略し過ぎなんじゃない?
 
「ふーん......、おめでとう?
しかし、婚約早々お前も大変だな。次期社長の座を解任されることになって」
 
 え? なにそれ、聞いてないわよ。
 秋人の兄が楽しそうに告げたことに衝撃を受け、反射的に秋人の方を見てしまう。けれど、少し眉間にシワを寄せただけで、その顔はほぼいつも通りの鉄仮面。立ったまま腕を組み、ソファーに座る自分の兄を冷たい表情で見下ろしている。
 
「今は少し離れているだけだ。解任されたわけではない」
 
「へぇ、そうなんだ? 父さんは相当お前に失望したようだったけど。次期社長にはお前を考えてたけど、慎吾に会社を任せることも考えてると言ってたぞ」
 
「……慎吾に?」
 
「あーあ、今回はやらかしたな。まあ一から出直しだと思って、平社員からがんばれよ」
 
 全然話についていけないけど、秋人の表情がどんどん曇ってきていることだけは分かる。
 
 なに? 何なの? 何が起こってるの? 慎吾って誰よ? このお兄さんとやらは、いきなりきてなんなわけ? 自分の弟に嫌味を言いに来たの?
 
「君も大変だね。どう? 君さえ良かったら、秋人はやめて今からでも俺にしとく? 
君のお父さんは、別に秋人じゃなくても俺か慎吾でも良かったはずだよ」 
 
 楽しそうな兄に比べて、秋人の方は終始厳しい表情を浮かべている。険悪な雰囲気の二人の顔を代わる代わる見ていると、秋人の兄はいきなりソファーから立ち上がり、私の腰に手を伸ばす。
 
 やめてと振り払おうとしたけれど、私が自分で振り払う前に秋人がいち早くその手を振り払った。
 
「人の婚約者を惑わすのはやめてもらおうか。
相変わらず悪趣味だな」
  
 いつも通り冷静な口調ではあるけれど、いつもよりも厳しい表情を浮かべた秋人に、秋人兄は嫌味ったらしく笑う。
 
「冗談だって、そんなに怒るなよ。
お前がどうしてるか見に来ただけだから、もう帰るわ。いつもすました顔してるお前のそんな顔が見れただけで収穫だったな」  
 
「……本当に悪趣味だな」
 
 言いたいことだけ言うと、秋人の兄はさっさと玄関から出て行ってしまった。後に残されたのは、気まずい雰囲気の秋人と私の二人のみ。
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