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2、元社長令嬢、就職する

八話 捨てる御曹司あれば拾う御曹司あり

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「愛のない結婚なんてお断りよ!
私に何不自由ない生活をさせられるくらい経済的に豊かであることは、結婚の最低条件よ。そうじゃなければ、私を幸せにできないでしょう? お金持ちかつ私を愛してくれなければ、私を幸せにできないの。どっちかでも欠けてたら結婚したくない」
 
「君は、愛と豊かな暮らしを与えてくれる男を望むのか。配偶者にそれだけのものを望むとするならば、君は配偶者に何を与えるつもりなんだ? それだけの好条件の男が君と結婚するメリットはあるのか?」
 
「そんなことわざわざ聞くまでもないでしょう? 私が手に入る」
 
 どうしてわざわざそんな分かりきったことを聞くの? 
 
 この私を一生一人占めできるなんて、世界一の幸せものじゃない。
 
 生まれた時からエゴイスティックなほどに完璧なスタイルと容姿。男は私を見ればどんな手を使っても欲しがり、女は私に嫉妬心を燃やし私になりたがる。
 
 完璧なボディを見せつけるように堂々とモデル立ちしてみせると、九条秋人は一瞬目を見開いた。それから、今までほとんど表情も変えなかったのに、いきなり大声で笑いだしたのよ。
 
「な、なによ!」
 
 どこに笑う要素があったっていうのよ!
 
「いや、失礼」
 
 ムッとして睨みつけると、九条秋人は口元を手で押さえて笑いをかみ殺す。かみ殺そうとはしているけれど、よっぽどおかしかったのか全然抑えきれていない。まだ口元が笑ってるわよ!
 
 笑いを抑えようとしながらも、九条秋人がしばらく肩を震わせていたことは本当に腹だたしいけれど、その目元が予想外に優しげで不覚にもドキリとした。冷たい印象しかなかったのに、笑うと全然印象が変わるのね。
 
「君はそれほど素晴らしい人間であるにも関わらず、頼れる友人も雇ってくれる企業もなく、数日後には家を失うわけだ」
 
「......っ!」
 
 やっぱりただの冷血な嫌味男だった。笑うと優しそうだなんて一瞬でも思ったのが間違いだったわね。
 目元はゆるませたままだったけど、口から出てくる言葉はやっぱり非情なもの。相変わらずの冷血嫌味男をきっと睨みつける。
 
「この私の価値を見過ごすなんて、目の曇った人間ばかりね。見る目がない人間ばかりで、日本の未来が心配だわ」
 
 実の両親からはあっさりと見捨てられ、長年雇ってあげたメイドたちからも良くしてあげた友人にも相手にされず、職探しやせっかく結婚してあげようとした男にはコケにされ、挙げ句の果てにはクビですって?
 
 さすがの私もこうまで無下に扱われては心が折れそうになるけど、この嫌味男の前でだけは弱音なんて吐きたくない。精一杯の虚勢を張ると、九条秋人は今度はこらえきれないといった様子で吹き出す。
 
「だから、さっきから何なのよ!?」
 
「ああ、すまない。とても数日後に家を失う人間とは思えなくて。大抵の人間は、そんな状況なら嘘でも媚びるものだろう」
 
 媚びる? この私が?
 誰かが私に媚びることはあっても、私が誰かに媚びるなんてありえない。
 
 本当に、本当に失礼な男ね。
 腹立たしいことこの上ないけど、今まで思っていたイメージとはずいぶん違った。
 
 鉄仮面のように表情を変えない冷血男だと思ってたけど、ちゃんと笑えるのね。こんなにたくさん笑う人だとは思わなかった。
 まあどのみち冷血男には変わりないし、すました態度は嫌味であることには違いないけど。
 
「ありえないわ、そんなこと。庶民はそうすることが許されても、この私が媚びるなんて許されない」
 
「では、明日からの生活はどうする?」
 
 ようやく就職出来た会社からは解雇され、明日からは……。
 
 頼れる友人も貯金もなく、数日後には家も追い出される。ツヤツヤだった髪や肌のお手入れをするお金もなく、新作の服も買えない。
 
 明日からの私を想像してみたけれど、考えただけでゾッとする。
 
 だからと言って、私が庶民に媚びるように働いたり、この冷血男の妻になるなんてもってのほか。ああ、どうすれば……。
 
「二つの選択肢を拒否するなら、三つ目、最後の選択肢を提示しよう。三つ目、俺の家政婦となること。
身の回りのことは自分でやれるが、まあ......、君を救うボランティアだと思って引き受けよう。先ほども言ったように、俺は父との関係上君を見捨てることができない」
 
 自分の中で葛藤していると、九条秋人は最後の選択肢とやらを提示してきた。
 
 いつの間にか一人称が「私」から「俺」になっていることも気になったけど、そんなことより何ですって!? 家政婦? この私が? 冗談じゃないわよ!
 
 家事はやってもらうものであって、私が他人のためにやるだなんてありえないでしょ!
 
「バカにしないでもらえる? 私が家政婦なんてやるわけないでしょう!」
 
「じゃあ、他に何ができるんだ?
まともに働けもしない、養ってくれる親も男もいない、友人さえもいない。プライドだけで食べていけるのか?」
 
 声を荒げると、九条秋人は無表情な鉄仮面に戻り、非情な言葉をかけてくる。
 
「くっ......」
 
 プライドを捨てきれずホームレスになるか、プライドを捨てて冷血男の家政婦になるか。どっちがいいんだとゆさぶりをかけてくる九条秋人に唇をかみしめる。
 
 なんて卑劣な男!
 
「よく考えてみた方がいい。君にとっても有益なはずだ。俺の家政婦になるのなら住む場所も提供し、もちろん十分な給金も支払おう」
 
 九条秋人は私との距離をつめ、月にこれくらいは支払おうと私の耳元でささやく。
 
 ……え? そんなに? それじゃ、この会社で働いていた時よりもいいじゃない。
 
「それだけあれば、エステもネイルも美容院も、それから服も買える......」
 
「ああ、家政婦としては破格なはずだ」
 
 お金、プライド、メリット。
 様々なことを天秤にかけた結果、最終的に私の天秤はお金に傾いた。
 
「......分かった、引き受けるわ。
あなたの家政婦になる」
 
「交渉成立だな。
ちなみに俺の妻になれば、それ以上のお金が自由になる。気が変わったらいつでも言ってくれて構わない」
 
「誰があなたの妻になるものですか! お断りよ!」
 
 ムッとして言い返すと、九条秋人は目元をゆるませて、私を何か微笑ましいものでも見るかのような目で見つめる。
 
 何よ、その目は......。調子が狂うじゃない。
 冷たくて、ロボットみたいで、腹だたしい男のはずなのに、その優しげな視線は何?
 
 こんな何を考えてるのか分からない男の家政婦だなんて、先が思いやられるわ。
 
 こうして私は会社を解雇され、その翌日からは九条秋人の家政婦として住み込みで働くことになった。
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