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3、愛してくださいと言われましても

EP18 王子と護衛

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 シンデレラとしてお城に輿入れしてから、数ヶ月が過ぎた。
 
「殿下! お待ちください、殿下!」
 
 昼は男装騎士アンディとして、エリオット様のお側に支える護衛として過ごし、そして夜はシンデレラとしてエリオット様の妻となる。
 
 そんな二重生活を続けていたが、私は今、馬に乗って殿下の後を追いかけていた。
 
 エリオット様はとても行動的な方で、時折王族としてのお立場をわきまえず庶民が行くような場所にまで足を伸ばされる。気さくで誰にでも優しく、型に縛られないところがエリオット様の魅力の一つなのかもしれないが、もう少しご自分の立場を自覚して頂けないと困るのだが……。
 
 森の奥まで馬を走らせ、ようやく殿下に追いつくと、殿下は大きな木の下で横たわっていた。
 
「殿下、このようなところに護衛もつけずに困ります。もしも賊に襲われたらどうなさるおつもりですか。殿下のお命を狙う不届き者はたくさんいるのですよ」
 
 エリオット様もお一人になりたい時はきっとあるのだろう。こんなことをいちいち言いたくはないが、人気の少ない場所にお一人でいらっしゃると危険があるのは事実。
 
 エリオット様のお姿をお見かけするなり、小言を申し上げると、エリオット様はいたずらが見つかった子のような顔をされた。
 
「やあ、アンディ。君は僕を見つけるのがすごく上手いね。他の人たちはもっと時間がかかるのに」
「ありがたいお言葉を頂き、大変光栄にございます。それも全て、連日のように脱走なさる殿下のおかげかと存じます」
 
 馬から降り、嫌味を込めてそう申し上げると、エリオット様はおかしそうにお笑いになる。
 
「アンディは、ずっとお城にいると息が詰まらない?」
「いいえ、とんでもございません。私は自身に課せられた責務を果たすだけでございます」
「かたいな~、アンディは。アンディもここに座りなよ。たまには二人でゆっくり話そう」
 
 私の嫌味など全く気にされていないようで、エリオット様は身を起こし、笑いながら私を手招きなさる。私が戸惑っていると、話すまでは帰らないとおっしゃられたので、仕方なくエリオット様から少し離れた草むらの上に腰をおろす。全く……、本当に子どものようなお方だ。

 しぶしぶ腰をおろすと、エリオット様が私を愛おしいものでも見るような目でじっとお見つめになるので、不敬にも視線をそらしてしまった。こうしてエリオット様の透き通ったアクアマリンの瞳に見つめられると、私の正体に既に気づかれているような気さえしてしまう。
 
「こうやって見ると、本当にシンデレラそっくりだよね」
「はぁ……、それは……私とシンデレラは兄弟でございますから」
 
 シンデレラは義理の妹なので、実際には私とは血の繋がりはない。似ているはずもないが、ごまかすためにはそういうしかなかった。
 
「うーん……、兄弟にしても似過ぎてると思うんだよね。本当に、舞踏会に来てたのはアンディじゃないの?」
 
 穏やかな笑みを浮かべながらも、探るような瞳でこちらをお見つめになられるエリオット様に対し、私もどう反応するか迷ってしまう。
 
 エリオット様は私をお試しになっていらっしゃるのだろうか? ……冗談、なのか? それとも、本当に私があの日の娘だと思っていらっしゃるのだろうか?
 
「シンデレラに会いに我が家においでくださった際も、殿下は私とシンデレラをお間違えになりましたよね。殿下、私は国に仕える騎士でございます。この通り髪も短く、ドレスも似合いませんし、どんな魔法を使えば私が舞踏会に行けるのでしょうか」
 
 本当のことをお気づきになっているのではないかと内心は相当焦っていたが、平然を装い、嘘を積み重ねていく。
 
 エリオット様はそれをお聞きになってしばらく何かお考えなさっているようだったが、やかで納得したような顔でこうお告げになった。
 
「それもそうだね」
 
 エリオット様にご納得頂きホッとしたが、それ以上になぜか寂しいような気がしてしまう。
 
 エリオット様が想ってくださっているのは、やはり「シンデレラ」なのだろうか?
 
 私があの日の娘だと知ったら、エリオット様はどうお思いになられるのだろうか。
 
 なぜ騙していたと、お怒りになられるのだろうか? それとも、……。
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