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2、結婚してくださいと言われましても
EP17 初夜
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シンデレラは私として別室に連れて行かれ、私はそのままシンデレラとしてある一室に案内されたが……。さすがは王室というべきか、やたら豪華な装飾がなされた広い部屋にあまり落ち着けずにいた。
美しいブルーのカーテンがついた天蓋ベッドは、私が普段使用しているものの三倍くらいの大きさでふかふかしているし、床には豪華な絨毯が敷かれ、天井にはきらびやかなシャンデリアがぶら下がっている。そして、クローゼットには何着もの美しいドレス。
これは、もしや私の……いや、シンデレラのために全て用意されたものなのだろうか?
そもそも何も告げられずにこの部屋に案内されたが、ここでこのまま待っていてもいいのだろうか? 今日はもうこの部屋で寝ろということなのだろうか?
普段ならば夕食を済ませ、訓練に励んでいる時間。一人で何をしていいのかも分からずに、部屋やクローゼットを眺めていると、ふいにドアが開く。
そちらに注目すると、エリオット様のお顔が目に入り、あわててひざまずこうとする。
「そんなことしないで。普通にしてて」
ひざまずこうとするのをエリオット様に止められるが、普通とおっしゃられても……。王子殿下のような高貴なるお方の前では、このように振る舞うのが普通なのでは?
「ですが……」
「今日から僕たちは夫婦になるんだから。王室はしきたりとか色々うるさいけど、僕はシンデレラとは何でも話せる仲になりたいし、お互いに遠慮もしたくないんだ」
くったくのない笑顔でそうおっしゃられ、私の良心がズキリと痛む。
エリオット様はこんなに純粋で優しいお方なのに、結婚初日から私は隠し事だらけだ。いや初日どころか、そもそも出会った日から全てが嘘だった。
本当は、私はここにいていい人間ではないのだ。
「シンデレラ?」
何も言わずにうつむいている私の頬にそっとエリオット様のお手が伸ばされる。ゆっくりと顔をあげると、エリオット様のアクアマリンの瞳と目が合ってまた心が痛んだ。
この方を欺くのは辛い。だが、……。
「殿下がそうおっしゃるのなら」
全てを明かし、エリオット様の前から立ち去ることもできず、エリオット様の手に自分の手を重ねた。
申し訳ございません、殿下。自分の正体を偽り、殿下を欺くという大罪をおかしてでも、私は殿下のお側にいたいのです。
「良かった。昨日の今日だから、さすがに結婚式は出来なかったけど、落ち着いたらやろうね。部屋と家具だけは急いで用意したんだけど、足りないものがあったらいつでも言ってね」
さすがに一日で結婚式の準備は無理がある……というよりも、国王陛下は貧乏貴族の出の私との結婚をお許しになったのだろうか?
殿下にそれをお尋ねしようと思ったが、きっと私は正室ではなく愛人のような立場なのだろうと納得して言葉を引っ込める。
「私のためにこちらの部屋をご用意頂いたのでしょうか?」
「うん。君の好みが分からなかったけど、なんとなくグリーンやブルーの涼しげな色が似合いそうだったから、それで揃えたんだ。気に入ってもらえたらいいんだけど」
エリオット様から笑顔を向けられ、改めて部屋を見渡すと、確かに緑や青などの寒色系のものがほとんどだった。クローゼットに入っていたドレスやアクセサリーの類いも寒色系。
好きな色の衣装や家具を選ぶ余裕などなく、今まではただ安いものを手にしていただけだった。好きな色を選ぶ余裕もなく考えないようにしていたが、そういえば私は昔からピンクや赤や黄色よりも青や緑に惹かれていたような気がする。
何よりも私に似合いそうな色をとエリオット様自ら選んでくださったことが恐れ多くも嬉しくて仕方ない。
「ありがとうございます、殿下。私のような者のためにこのような素敵な部屋をご用意くださったこと、感謝の念にたえません」
「気に入ってくれたみたいで良かった。足りないものや欲しいものがあったら、本当に何でも言ってね」
もう十分過ぎるほど良くして頂いております、と言いかけた瞬間、エリオット様に引き寄せられ、その腕の中におさめられる。
「君が片方の靴だけ残して帰っちゃった時はどうしようかと思ったけど、また会えて良かった。これからずっと一緒だね」
嬉しそうに、けれどどこか切なそうにエリオット様はそうおっしゃられ、心臓が押し潰れたみたいに苦しくなった。
私は、殿下———エリオット様にどうしようもなく惹かれている。
愛する人を欺く罪悪感と、愛する人の側にいることができる喜びが混ざりあって、どちらの痛みかも分からないくらいに胸が苦しい。
「私も、お会いしたかった。お慕い申し上げております」
やっとのことで絞り出すようにそう申し上げると、二つのアクアマリンの瞳に優しく見つめられ、ゆっくりと唇が重なった。
何かを確かめるように何度も口づけられ、そのまま天蓋ベッドにそっと体を倒される。
エリオット様にコルセットの紐をほどかれると、今まで男装のためにきつく抑えつけていた胸がエリオット様の御前にさらけ出された。
「あ……」
一人でいる時でさえこのように無防備な状態には滅多にならないので、思わずさらけ出された胸を両手で隠してしまう。
「隠さないで。すごく綺麗だよ、シンデレラ。君は着飾ったりしなくても、そのままが一番綺麗だ」
エリオット様の下で縮こまっていると、優しく頬にキスを落とされ、両胸を覆っていた手をどけられる。
普段からコルセットを身につけている女であれば、きっとドレスを脱いでも、形の良い胸と美しいくびれが維持されているのだろう。しかし、長く胸を抑えつけていた私の体はドレスを脱げばきっと酷く醜いはずだ。
それなのに、エリオット様はドレスを脱いだ私の体が美しいとおっしゃってくださるのか?
シンデレラの魔法なんてなくても、私が男装騎士の姿で現れたとしても、私を愛してくださるのだろうか。
そんなはずがないとありえない期待を自分の中から追い払おうとしていると、またエリオット様の唇が私のそれに重なった。口づけが深くなるにつれ、エリオット様の手も下に伸びていく。
経験こそないが、男女の営みは知っている。
男装騎士として生きる私には一生関係のないことだと思っていたが、私はこれからエリオット様に女として愛されるのだろうか。
これから自分の身に起きることを想像すると、母上や周囲の者への申し訳なさに苛まれたが、今の私は愛する人に愛されたい気持ちがそれを上回っている。家族には申し訳ないが……。
それでも、今、私は目の前にいる愛するお方に愛されたい。たとえそれがシンデレラとしてでも、仮初の関係でもかまわない。
「君を一目見た時からずっとこうしたかった」
「私も初めて会った時から殿下に恋をしておりました」
「こんな時に殿下はやめて。エリオットでいいから」
「エリオット、さま」
「様はいらないんだけど。……まあいっか」
生まれたままの姿になってエリオット様に抱きしめられ、これまでに感じたことのない幸せに包まれていた。
男装騎士として生きる者としては許されないことではあるが、私は自分の感情のままに定めに抗い、エリオット様に身を任せる。
その晩、私はエリオット様によって女に戻され、エリオット様の腕の中で女になった。
美しいブルーのカーテンがついた天蓋ベッドは、私が普段使用しているものの三倍くらいの大きさでふかふかしているし、床には豪華な絨毯が敷かれ、天井にはきらびやかなシャンデリアがぶら下がっている。そして、クローゼットには何着もの美しいドレス。
これは、もしや私の……いや、シンデレラのために全て用意されたものなのだろうか?
そもそも何も告げられずにこの部屋に案内されたが、ここでこのまま待っていてもいいのだろうか? 今日はもうこの部屋で寝ろということなのだろうか?
普段ならば夕食を済ませ、訓練に励んでいる時間。一人で何をしていいのかも分からずに、部屋やクローゼットを眺めていると、ふいにドアが開く。
そちらに注目すると、エリオット様のお顔が目に入り、あわててひざまずこうとする。
「そんなことしないで。普通にしてて」
ひざまずこうとするのをエリオット様に止められるが、普通とおっしゃられても……。王子殿下のような高貴なるお方の前では、このように振る舞うのが普通なのでは?
「ですが……」
「今日から僕たちは夫婦になるんだから。王室はしきたりとか色々うるさいけど、僕はシンデレラとは何でも話せる仲になりたいし、お互いに遠慮もしたくないんだ」
くったくのない笑顔でそうおっしゃられ、私の良心がズキリと痛む。
エリオット様はこんなに純粋で優しいお方なのに、結婚初日から私は隠し事だらけだ。いや初日どころか、そもそも出会った日から全てが嘘だった。
本当は、私はここにいていい人間ではないのだ。
「シンデレラ?」
何も言わずにうつむいている私の頬にそっとエリオット様のお手が伸ばされる。ゆっくりと顔をあげると、エリオット様のアクアマリンの瞳と目が合ってまた心が痛んだ。
この方を欺くのは辛い。だが、……。
「殿下がそうおっしゃるのなら」
全てを明かし、エリオット様の前から立ち去ることもできず、エリオット様の手に自分の手を重ねた。
申し訳ございません、殿下。自分の正体を偽り、殿下を欺くという大罪をおかしてでも、私は殿下のお側にいたいのです。
「良かった。昨日の今日だから、さすがに結婚式は出来なかったけど、落ち着いたらやろうね。部屋と家具だけは急いで用意したんだけど、足りないものがあったらいつでも言ってね」
さすがに一日で結婚式の準備は無理がある……というよりも、国王陛下は貧乏貴族の出の私との結婚をお許しになったのだろうか?
殿下にそれをお尋ねしようと思ったが、きっと私は正室ではなく愛人のような立場なのだろうと納得して言葉を引っ込める。
「私のためにこちらの部屋をご用意頂いたのでしょうか?」
「うん。君の好みが分からなかったけど、なんとなくグリーンやブルーの涼しげな色が似合いそうだったから、それで揃えたんだ。気に入ってもらえたらいいんだけど」
エリオット様から笑顔を向けられ、改めて部屋を見渡すと、確かに緑や青などの寒色系のものがほとんどだった。クローゼットに入っていたドレスやアクセサリーの類いも寒色系。
好きな色の衣装や家具を選ぶ余裕などなく、今まではただ安いものを手にしていただけだった。好きな色を選ぶ余裕もなく考えないようにしていたが、そういえば私は昔からピンクや赤や黄色よりも青や緑に惹かれていたような気がする。
何よりも私に似合いそうな色をとエリオット様自ら選んでくださったことが恐れ多くも嬉しくて仕方ない。
「ありがとうございます、殿下。私のような者のためにこのような素敵な部屋をご用意くださったこと、感謝の念にたえません」
「気に入ってくれたみたいで良かった。足りないものや欲しいものがあったら、本当に何でも言ってね」
もう十分過ぎるほど良くして頂いております、と言いかけた瞬間、エリオット様に引き寄せられ、その腕の中におさめられる。
「君が片方の靴だけ残して帰っちゃった時はどうしようかと思ったけど、また会えて良かった。これからずっと一緒だね」
嬉しそうに、けれどどこか切なそうにエリオット様はそうおっしゃられ、心臓が押し潰れたみたいに苦しくなった。
私は、殿下———エリオット様にどうしようもなく惹かれている。
愛する人を欺く罪悪感と、愛する人の側にいることができる喜びが混ざりあって、どちらの痛みかも分からないくらいに胸が苦しい。
「私も、お会いしたかった。お慕い申し上げております」
やっとのことで絞り出すようにそう申し上げると、二つのアクアマリンの瞳に優しく見つめられ、ゆっくりと唇が重なった。
何かを確かめるように何度も口づけられ、そのまま天蓋ベッドにそっと体を倒される。
エリオット様にコルセットの紐をほどかれると、今まで男装のためにきつく抑えつけていた胸がエリオット様の御前にさらけ出された。
「あ……」
一人でいる時でさえこのように無防備な状態には滅多にならないので、思わずさらけ出された胸を両手で隠してしまう。
「隠さないで。すごく綺麗だよ、シンデレラ。君は着飾ったりしなくても、そのままが一番綺麗だ」
エリオット様の下で縮こまっていると、優しく頬にキスを落とされ、両胸を覆っていた手をどけられる。
普段からコルセットを身につけている女であれば、きっとドレスを脱いでも、形の良い胸と美しいくびれが維持されているのだろう。しかし、長く胸を抑えつけていた私の体はドレスを脱げばきっと酷く醜いはずだ。
それなのに、エリオット様はドレスを脱いだ私の体が美しいとおっしゃってくださるのか?
シンデレラの魔法なんてなくても、私が男装騎士の姿で現れたとしても、私を愛してくださるのだろうか。
そんなはずがないとありえない期待を自分の中から追い払おうとしていると、またエリオット様の唇が私のそれに重なった。口づけが深くなるにつれ、エリオット様の手も下に伸びていく。
経験こそないが、男女の営みは知っている。
男装騎士として生きる私には一生関係のないことだと思っていたが、私はこれからエリオット様に女として愛されるのだろうか。
これから自分の身に起きることを想像すると、母上や周囲の者への申し訳なさに苛まれたが、今の私は愛する人に愛されたい気持ちがそれを上回っている。家族には申し訳ないが……。
それでも、今、私は目の前にいる愛するお方に愛されたい。たとえそれがシンデレラとしてでも、仮初の関係でもかまわない。
「君を一目見た時からずっとこうしたかった」
「私も初めて会った時から殿下に恋をしておりました」
「こんな時に殿下はやめて。エリオットでいいから」
「エリオット、さま」
「様はいらないんだけど。……まあいっか」
生まれたままの姿になってエリオット様に抱きしめられ、これまでに感じたことのない幸せに包まれていた。
男装騎士として生きる者としては許されないことではあるが、私は自分の感情のままに定めに抗い、エリオット様に身を任せる。
その晩、私はエリオット様によって女に戻され、エリオット様の腕の中で女になった。
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