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2、結婚してくださいと言われましても

EP15 結婚の条件

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 しばらくの間シンデレラへの嫉妬と羨望にかられていたが、シンデレラから予想外の言葉が聞こえてきて顔を上げる。
 
「私も、そうさせて頂きたいのですが......。
申し訳ございません、それはお受けすることができないのでございます」
 
 なんだと……? 当然二つ返事でお受けするだろうとばかり思っていたシンデレラの答えに、エリオット様はおろか私まで目を丸くしてしまった。
 
 本当に何を考えているんだ。お前の望みは、王子様と結ばれることじゃなかったのか?
 
 まさかエリオット様が第三王子殿下であらせられるからか?
 
 たしかに、一番目二番目にお生まれになった王子様方よりも王位継承権は下がる。
 
 だが、エリオット様からのプロポーズを断ったとして、他の王子様方にプロポーズしていただける確率なんて皆無だろう。王子様にプロポーズしていただく、というだけでも、ありえないほどの幸運ではないか。
 
「どうして? 僕のことを少しも好きになれそうにない?」
「いいえ、まさかそのようなこと。とんでもございません。もちろん私もお慕い申し上げております。ですが、……」
 
 言い淀んだシンデレラの手を取ったまま、エリオット様はシンデレラを椅子に座らせ、ご自身もその隣へと腰掛けられる。
 
「実は、私は魔女から呪われた身。夕刻から真夜中にかけての間のみ、本来の自分の姿に戻れるのですが、それ以外の時間は先ほどのお見苦しい姿よりもさらに醜く、とてもお見せできるものではございません」
 
 慎ましやかでありながらも、流暢に言葉を続けるシンデレラにはもはやかける言葉もない。よくもそんなにスラスラと口からでまかせが出るものだとこちらが感心してしまうほどだ。
 
 なぜそんな嘘をつくのかは理解できないが……いや、あながち嘘というわけではないのか?
 
 私がシンデレラにかけられた魔法の効果も、夕刻から真夜中までの間だった。そう考えると、無制限に魔法が使えるわけではなく、何か制限があるのか?
 
「魔女に......? それなら、呪いを解く方法を探してみよう。それに、もし呪いが解けなかったとしても、僕は気にしないよ」
 
 シンデレラはなんだかんだと渋っていたが、エリオット様に説得され、ようやくこくりとうなずく。
 
「日付が変わった瞬間から夕刻まではお会いできませんが、それでもよろしければ……。ですが、兄も一緒に輿入れさせて頂けませんか」
「お兄さんも?」
「私は兄と子どもの頃から離れたことがなく、私たちは一心同体の身なのです」
 
 一心同体? 私とシンデレラが? 何を思ってそのようなことを……。
 
 黙って聞いていれば口から出まかせばかりで文句を言ってやりたくなったが、エリオット様とお話されている最中に口を挟むことなどできるはずもないので、その気持ちをぐっとこらえる。
 
「それに兄は男装の身ではありますが、中々に腕が立ちます。殿下のお側に置いて頂ければ、きっとお役に立つはずです」
 
 軽く笑みを浮かべたシンデレラがちらりと私の方を見やると、エリオット様も同時に視線をおやりになった。
 
 アクアマリンのように輝く美しい水色の瞳。その瞳に見つめられると、昨晩の幸せだった時間を思い出して胸がチクリと痛む。
 
 ほんの一時ではあったが、あれは人生で一番幸福な時間だった。残念ながら、もう二度とあの時間は訪れないだろうが……。
 
 しかし、もう二度とお目通りさえも叶わないと思っていた方に一瞬でも視界にいれて頂けるとは、身に余るほどの幸福。幸福であるはずなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいのか。
 
 しばらく何もおっしゃらずに私をお見つめになられるエリオット様にひどく居心地の悪い思いをしていたが、やがてエリオット様はこうおっしゃられた。
 
「僕の護衛をお願いしてもいい?」
 
 護衛? エリオット様……いや、殿下の?
 そのような大層なお役目、こんな地方の一介の騎士に過ぎない私につとまるのか?
 
 そもそも、シンデレラがどのようなつもりか全く分からないが、エリオット様に愛されるシンデレラを間近で見ながらも私は護衛の身に徹しなければいけないということか?
 
 そのような残酷なこと、耐えられるわけがない。
 
 一瞬の間に様々なことが頭を駆け巡り、到底自分にはつとまるわけがないという思いだけが強くなる。しかし、......。
 
 
「私のような一介の地方騎士には、過ぎたるお申し出でございますが、恐れながらお受けさせて頂きます。この身を粉にして働き、命尽きるまで殿下にお仕えすることを誓います」
 
 自分よりも身分が上の方、ましてや王族の方のご意向に逆らうなど、この国では許されるはずもない。
 
 一瞬で決断し、両膝をつき頭を下げると、エリオット様がお抜きになった剣のわき腹で両肩を叩かれたのが分かり、絶望が押し寄せてくる。これで、正式に主従関係が結ばれてしまったのだ。
 
 そもそも、私は最初から代役であったのだ。王子様の護衛に抜擢されるなど、あり得ない大出世ではないか。
 
 身を立てることこそが、男装の騎士である私の最大の喜び。だとしたら、何も悲しむことなどない。そうだろう?
 
 頭ではそう分かってはいても、心はそれを受け入れられなくて、心の中では必死に叫んでいた。本当のシンデレラは私でございます、と。
 
 しかし、大嘘を突き通したシンデレラや足を切り落とそうとした妹のように目的のために主張する勇気もなく、私にできることといえば、ただ自分に課せられた役目をまっとうすることのみ。
 
 ああ、私も妹たちのように愚かで浅はかになれたなら、どれだけいいことか。
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