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1、シンデレラ代わってくださいと言われましても
EP10 初めての恋
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しっかりと筋肉のおつきになった腕とは対照的に、押しあてられた唇の感触はとても柔らかい。
初めてのことに一瞬頭が真っ白になったけど、気がつくとエリオット様のお背中に手を伸ばしていた。
抱きしめられ唇を重ねられると、さっきまでよりもずっと心臓の鼓動が早く苦しくなるのに、とても離れがたくなる。ずっとこうしていたくなる。
これが、キス、というものなのか?
今まで味わったどんなご馳走も、また、どんな刺激も敵わない。一口で満足するほど極上のものなのに、何度しても飽き足りない。
時間も忘れ、何度も唇を重ね合わせていたけれど、真夜中を示す十二時の鐘がゴーンと鳴った時、シンデレラの言葉が頭の中に蘇った。
(十二時を過ぎると魔法が解けてしまいますので、それまでにはお戻りください)
魔法が解ける……。その意味を理解すると、すばやくエリオット様から体を離す。
「申し訳ございません。本当に私は帰らなくてはなりません」
ゴーンゴーンと鐘が鳴り響くなか、早口でそう告げる。しかし、階段を下りようとドレスの裾をたくしあげると、エリオット様に腕をつかまれ引き留められた。
「君がどこの誰かも知らないし、今日初めて会ったのに軽率だと思ったかもしれないけど、誤解しないでほしい。本当にこんな気持ちは初めてなんだ。一目見た時から、シンデレラのことが、」
真剣な表情で何かおっしゃろうとしたエリオット様に、必死に首を横にふる。
どうかおっしゃらないでほしい。
きっと、それを聞いてしまったらもう戻れなくなる。
「お許しください、エリオット様……いえ、殿下。私は殿下にふさわしい者ではございません。どうか私のことはお忘れになってください」
胸が張り裂けそうになりながらも、それだけ告げると長いドレスをたくしあげ、階段をかけおりる。
「シンデレラ!」
初めて会ったどこの誰かも分からない娘にキスをしたエリオット様が軽率だとおっしゃられるのなら、自分の立場もわきまえずエリオット様に心ひかれた私はどれだけ軽率な人間なのだろうか。
初めて会った時から、ひとめ合った瞬間から、身を焦がすほどに惹かれ合う恋。それがどんなものなのか、はっきりと分かってしまった。
どこのどなたか存じ上げる前から、ひとめ合った瞬間から私もエリオット様に惹かれてしまったのだから。
だが、もしもエリオット様も同じお気持ちでいてくださったとしても、私は美しいお姫様ではない。それどころか、シンデレラでさえもなく、女として生きることさえも許されない者。身分や正体を偽り、殿下に近づいた不届き者なのだ。
この思いをお伝えすることなど、許されるはずもない。この鐘が鳴り終わるまでに、この階段をおりなければいけないのだ。
しだいに小さくなる鐘の音と、エリオット様が私の名前をお呼びになるのを聞きながら必死で足を動かした。
「あ……っ」
慣れないヒールに、これまた慣れない長いドレスの裾が足にまとわりつく。慣れない足どりのせいか、階段に引っかけてしまった拍子でガラスの靴が片方脱げてしまった。
しかし、拾っている暇などない。
エリオット様に追い付かれる前に、この鐘が鳴り終わる前になんとか階段をおりなくては。
靴を片方落としても、後ろをふりかえることもしないで階段をかけおりる。そのかいあってか、鐘が鳴り終わる前に階段をおり、茂みに身を隠し、ようやく一息つく。
ほっと息をはいたのも束の間。
鐘の音が完全に聞こえなくなるやいなや、淡いグリーンの美しいドレスは、何年も慎重していない擦りきれた衣服に変わった。黄金色に輝いていた長い髪は、元の短い髪に。そして先ほど片方落としてしまい片方だけになってしまったガラスの靴は、ボロボロのブーツへと戻った。
ああ、本当に夢からさめてしまったのだな。
階段上には、私が落としたガラスの靴を手にしながら、私の名をお呼びになるエリオット様がまだいらっしゃるが、もうこの姿ではとても出ていくことなどできない。
いや、出ていったとして、こんな姿では先ほどまで一緒にいた「シンデレラ」と同じ娘だとは認識されないだろう。
さようなら、殿下。
もう二度とお会いできないと存じますが、どうかお幸せに。
エリオット様のお姿を拝見するとやはり胸が張り裂けそうになったが、心の中で密かにお別れを告げる。
そして、片方しかないブーツを脱いで、家まで裸足で歩いて帰ることにした。
ドレスにヒールよりもずっと身軽になったはずだったが、その日は、なぜか今まで生きてきた中で一番足どりが重く感じた。
初めてのことに一瞬頭が真っ白になったけど、気がつくとエリオット様のお背中に手を伸ばしていた。
抱きしめられ唇を重ねられると、さっきまでよりもずっと心臓の鼓動が早く苦しくなるのに、とても離れがたくなる。ずっとこうしていたくなる。
これが、キス、というものなのか?
今まで味わったどんなご馳走も、また、どんな刺激も敵わない。一口で満足するほど極上のものなのに、何度しても飽き足りない。
時間も忘れ、何度も唇を重ね合わせていたけれど、真夜中を示す十二時の鐘がゴーンと鳴った時、シンデレラの言葉が頭の中に蘇った。
(十二時を過ぎると魔法が解けてしまいますので、それまでにはお戻りください)
魔法が解ける……。その意味を理解すると、すばやくエリオット様から体を離す。
「申し訳ございません。本当に私は帰らなくてはなりません」
ゴーンゴーンと鐘が鳴り響くなか、早口でそう告げる。しかし、階段を下りようとドレスの裾をたくしあげると、エリオット様に腕をつかまれ引き留められた。
「君がどこの誰かも知らないし、今日初めて会ったのに軽率だと思ったかもしれないけど、誤解しないでほしい。本当にこんな気持ちは初めてなんだ。一目見た時から、シンデレラのことが、」
真剣な表情で何かおっしゃろうとしたエリオット様に、必死に首を横にふる。
どうかおっしゃらないでほしい。
きっと、それを聞いてしまったらもう戻れなくなる。
「お許しください、エリオット様……いえ、殿下。私は殿下にふさわしい者ではございません。どうか私のことはお忘れになってください」
胸が張り裂けそうになりながらも、それだけ告げると長いドレスをたくしあげ、階段をかけおりる。
「シンデレラ!」
初めて会ったどこの誰かも分からない娘にキスをしたエリオット様が軽率だとおっしゃられるのなら、自分の立場もわきまえずエリオット様に心ひかれた私はどれだけ軽率な人間なのだろうか。
初めて会った時から、ひとめ合った瞬間から、身を焦がすほどに惹かれ合う恋。それがどんなものなのか、はっきりと分かってしまった。
どこのどなたか存じ上げる前から、ひとめ合った瞬間から私もエリオット様に惹かれてしまったのだから。
だが、もしもエリオット様も同じお気持ちでいてくださったとしても、私は美しいお姫様ではない。それどころか、シンデレラでさえもなく、女として生きることさえも許されない者。身分や正体を偽り、殿下に近づいた不届き者なのだ。
この思いをお伝えすることなど、許されるはずもない。この鐘が鳴り終わるまでに、この階段をおりなければいけないのだ。
しだいに小さくなる鐘の音と、エリオット様が私の名前をお呼びになるのを聞きながら必死で足を動かした。
「あ……っ」
慣れないヒールに、これまた慣れない長いドレスの裾が足にまとわりつく。慣れない足どりのせいか、階段に引っかけてしまった拍子でガラスの靴が片方脱げてしまった。
しかし、拾っている暇などない。
エリオット様に追い付かれる前に、この鐘が鳴り終わる前になんとか階段をおりなくては。
靴を片方落としても、後ろをふりかえることもしないで階段をかけおりる。そのかいあってか、鐘が鳴り終わる前に階段をおり、茂みに身を隠し、ようやく一息つく。
ほっと息をはいたのも束の間。
鐘の音が完全に聞こえなくなるやいなや、淡いグリーンの美しいドレスは、何年も慎重していない擦りきれた衣服に変わった。黄金色に輝いていた長い髪は、元の短い髪に。そして先ほど片方落としてしまい片方だけになってしまったガラスの靴は、ボロボロのブーツへと戻った。
ああ、本当に夢からさめてしまったのだな。
階段上には、私が落としたガラスの靴を手にしながら、私の名をお呼びになるエリオット様がまだいらっしゃるが、もうこの姿ではとても出ていくことなどできない。
いや、出ていったとして、こんな姿では先ほどまで一緒にいた「シンデレラ」と同じ娘だとは認識されないだろう。
さようなら、殿下。
もう二度とお会いできないと存じますが、どうかお幸せに。
エリオット様のお姿を拝見するとやはり胸が張り裂けそうになったが、心の中で密かにお別れを告げる。
そして、片方しかないブーツを脱いで、家まで裸足で歩いて帰ることにした。
ドレスにヒールよりもずっと身軽になったはずだったが、その日は、なぜか今まで生きてきた中で一番足どりが重く感じた。
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