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1、シンデレラ代わってくださいと言われましても

EP6 運命の出会い?

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 もっと庭園を良く見ようと、バルコニーの手すりに寄りかかった時だった。
 
 バルコニーの内側まで伸びている大きな木がミシミシと揺れている。それも、明らかに風で揺れているような揺れ方ではない。
 
 獣か何かか?それとも、もしや賊?
 
 最悪の可能性を考え、とっさに剣をとろうと腰元に手を伸ばしたが、腰に手をやって剣など持っていないことにようやく気がつく。今持っているものは、繊細で美しいが何の役にも立たない扇子のみ。
 
 仕方ないので武器もなしに身構えたが、よほど手慣れた賊なのだろうか。木を伝って登ってきている何者かは、素早い身のこなしで木からこちらのバルコニーへとのりうつってきた。
 
「うわっ! びっ、くりしたー……!」
 
 木からバルコニーに伝ってきた何者かは、私と目が合うと同時に目を丸くして声を上げる。
 
 獣にはどう見ても見えないし、賊でもなさそうだな。むしろこのお方は、高貴な身分の方ではないだろうか?
 
「まさかここに人がいるとは思わなかった。ごめんね。驚かせちゃったよね」
 
 その方がお召しになっていたのは、ダークグリーンのジャケットにズボン、ロイヤルブルーのスカーフ。舞踏会用の正装ではないが、それでも一目見ただけでも高貴な身分の方だと分かった。
 
 賊や獣の類いではなくてほっとしたが、なぜ高貴な身分の方が賊まがいの真似を? それも気になるが、それよりも……。
 
 アクアマリンのように透き通った水色の瞳、柔らかそうな栗色の髪。いたずらっぽくほほえむそのお姿に目が離せなくなる。
 
「い、いえ。あの、恐れながら申し上げますが、葉が……」
 
 そこまで身長が低いわけでもない私が見上げるくらいに背が高いそのお方の頭にひとつだけ葉っぱがついていた。あまり高貴な身分の方とお話する機会もないのでしどろもどろになりながらもお伝えすると、そのお方は大げさに頭をふりはじめる。
 
「え?どこ?とって?」
 
 取れていませんと何度もお伝えするとしびれを切らしたのか、ずい、と目の前に頭を付き出されてしまった。
 
 高貴な身分の方に直接触れるなんて、そのような失礼なことはとても出来ないと思ったが、このままの体勢でずっと待たせる方が失礼だろうか。
 
 そう思い、恐る恐る髪に触れると、見た目以上にその方の髪は柔らかくて、なぜか上手く息が吸えなくなったかのように突然胸が苦しくなる。
 
 なんだろうか。さっきから体が、胸の辺りがおかしいような気がする。私は何かの病気になってしまったのか?
 
 原因不明な体の変化に戸惑っていると、ありがとうと笑いかけられて、ますます胸が詰まったように苦しくなる。
 
 家にあるどの宝石よりも美しい透き通った瞳を持つこのお方の服装や顔立ちからは隠しきれない育ちの良さと上品さがにじみ出ているのに、いたずらっぽく笑うそのお顔はなぜか親しみやすさがあって、不思議なお方だ。
 
 しかし、本当にどうして高貴なお方がバルコニーから現れたのだろうか? 舞踏会に行くつもりなら、正門から行くはずだが……。
 
「何で舞踏会に行かないでこんなとこから現れたのかって思ってる?」
 
 考え込んでいると、まさに考えていたことを当てられてギクリとしてしまう。人の心を読む力でもお持ちなのだろうか?
 
「いえ、そのような……はい」  
 
 一瞬否定しようかと思ったが、その透き通った瞳に見つめられると全て見透かされているような気がして否定しても無駄な気がしてきた。素直に頷くと、くすりと笑われる。
 
「舞踏会も最初はおいしいもの食べられるし良いんだけど、毎日毎日だと飽きてくるんだよね。自慢話ばっかだし聞いててもつまらなくて。だからさ、こっそり抜け出しちゃった」
 
 そういうものなのだろうか?
 
 お城での舞踏会だなんて、私にとっては夢のまた夢だった。舞踏会に招かれるだけでとても光栄なことだけれど、上流階級の方にとってはそうでもないのだろうか。そういう、ものなのだろうか。
 
 あっけらかんとお伝えされて、こっちがあっけにとられてしまったが、案外そういうものなのかもしれないな。
 
「抜け出したことがバレないようにこっそり戻ってきたら、人がいるから驚いたよ。ここにいたところを見ると、君も僕と同じ?」
「いえ、私は……」
 
 途中まで言いかけたが、あわてて口をつぐむ。一体何を言うつもりだ、私は。
 
 妹の頼みで王子様と結ばれるために舞踏会にきた、と?
 
 まさかそんなことが言えるわけもないし、それに、このお方に私の正体を知られたくない。
 
 本当の私は、美しい姫でも高貴な身分の娘でもなく、ただの貧乏騎士だと。なぜかこのお方にはそれを知られたくないのだ。どこのどなたかも存じ上げないのに、自分の正体を知られ幻滅されるのが怖い。
 
 口を開きかけただけで何も言葉を発しないでいると、綺麗なアクアマリンの二つの目に不思議そうに見つめられる。
 
 私の正体は知られたくないが、その目に見つめられると、なぜかここから離れたくない気持ちになるから不思議だ。
 
 相反する気持ちと葛藤していると、お城の中の音楽がアップテンポのものからゆったりとしたものに変わっていく。
 
「せっかくなので、一曲踊っていただけませんか?」
「え?」
 
 アクアマリンの瞳を持つそのお方は、固まったまま言葉を発さなくなった私をじっと見つめていたけれど、音楽が変わった途端に何か思いついたようにいたずらっぽく笑い、私に手を差し出す。
 
 ダンスは貴族の嗜みではあるが、貧乏な家ではそんな余裕もなく、またそんな機会もなかった。お誘いに応じたところで、どうせ恥を晒すだけ。
 
 それは分っていたが、アクアマリンの瞳に誘われるようにうなずき、気づいたら私はそのお手をとっていた。
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