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1、シンデレラ代わってくださいと言われましても

EP3 馬鹿馬鹿しい話

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「運命の人などと馬鹿馬鹿しい。その運命の人が豊かな暮らしを保証してくれるのか? 恋がしたいのなら、結婚してからいくらでも恋人を作れるだろう」
 
 結婚相手以外の異性と交わる不義密通は、我が国では重罪だ。
 
 しかし、そんなことは建前だけで、実際には至るところに不倫・不貞がはびこっている。そんなことは、小さな子どもでさえ知っていることだ。
 
 結婚は、愛する人と結ばれるものではなく、自分の身分価値を高めるための手段でしかない。
 
 男は出世に有利となるような家柄の娘を望み、女は身分の高い方に見初められることを望む。
 
 そんな形での「結婚」に、愛なんてものがあるはずもなく、男も女も暗黙の了解でお互い浮気相手を作って、束の間のスリルを楽しむのだ。 
 
 道徳・真心なんて建前で、結婚生活の真実なんてそんなものだとシンデレラも知っているはずなのに、運命の人などと馬鹿馬鹿しい。
 
 そんなもののためにニホンとやらに帰ろうとし、私をけしかけるなんてどう考えても馬鹿げている。
 
「お兄様は、本当の恋をしたことがないからそんなことをおっしゃるのです。本当の恋は、この人のためなら全てを失ってもいいと思うくらいに身を焦がすような恋であり、それでいておだやかな愛に包まれる極上のものです」
「お前はそれを知っていると言うのか」
「はい。それこそ身分の差も年の差もどうでもよくなり、決して抗えないものなのです」
 
 シンデレラは確信を持ったように告げる。
 
 無知で愚かなほどに夢見がちなシンデレラを諭していたはずだったのに、哀れむような視線を向けられ、まるで私の方が間違っているかのように錯覚してしまう。
 
 私よりも三つも年下で、まだ16の末妹に哀れまれ、腹立たしい気持ちもある。しかし、それよりも、彼女の言葉に図星をさされたようでギクリとしてしまった。
 
 裏切り、出世欲に自己顕示欲ばかりの我が国でも、シンデレラの言うような本当の恋とやらがあるという話を聞いたことがある。
 
 それは、お互いの身分や生まれさえも関係なく抗うことのできないものであり、身を焦がすほどに激しい感情に支配され、後におだやかな愛情に包まれるという。
 
 まあ、そんなことは所詮空想事にしか過ぎないだろうが。もしも実在したとしても、男装の騎士として生きる私には関係こない話だ。
 
 私は男として女と結婚することはもちろんないが、女として結婚することもない。いかに身分の高い方でも国の定めで男装の騎士に手を出すことは許されない、と決まっている。それを覆すことができるのは、王族の方か、王族にごく近い身分の方だけ。
 
 だから、私は生涯誰とも恋をすることも結婚することもなく、騎士として国のために尽くすことが定められている。
 
 本当の恋などと私には関係ないが……。
 ただ、もしも本当の恋というものがあるならば、それはどんなものなのだろうか?
 
 特別な日のみに食すことができるケーキやパイのように甘いものだろうか? 
 それとも、砂糖を全く入れない飲み物のように苦く切ないものだろうか?
 
「どうかお願いでございますお兄様。この灰かぶりを少しでも哀れだと思われるなら、一度だけでもシンデレラとして舞踏会に行って頂けませんか?」
 
 本当の恋とやらについて考え込んでいると、シンデレラに再びすがるように訴えられる。
 
 そんなにニホンに残してきた恋人が恋しいのだろうか?
 
 その気持ちを理解してやることはできないが、血が繋がっていないとはいえ幼少の頃より共に育ってきた妹だ。
 
 その妹にここまで懇願されては、一度くらいはその望みを叶えてやりたいと思わなくもないが……。
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