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1、シンデレラ代わってくださいと言われましても

EP2 男装騎士

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 騎士は高貴な身分のものにのみ許された職業であり、農民や商人といった庶民とは一線を画した存在でなければいけない。
 
 それゆえ貴族の家系のものは、一家に一人は必ず騎士を出さなければいけないという決まりがある。
 
 多くは長男が騎士となるのが慣習ではあるが、長男が病弱であった場合などは、次男三男以下の兄弟が騎士となる。その家の長女が十を超えても男兄弟が生まれなかった場合は、長女は男装し、騎士とならなければいけない。
 
 それが、我が国の定めだ。
 
 この家の長女として生まれ、男兄弟もいない私は、幼い頃から騎士として生きることが定められていた。
 
 だから、十の誕生日を迎えたあの日から、私は女としての自分と共に生まれ持った名前も捨てたのだ。
 
 捨てたはずの忌々しい名前を呼ぼうとしたシンデレラをにらむと、シンデレラは申し訳なさそうに視線をそらし頭を下げた。
 
「申し訳ございませんお兄さま。ですが、私は……」
「そもそも代役でも良いならば、何も私ではなくても他のお前の姉に頼めばいいではないか」
 
 何も男として生きている私ではなくても、他にもっと適任のものがいる。何か言おうとしたシンデレラの言葉をさえぎると、シンデレラは勢いよく首を横にふった。
 
「他のお姉さまには頼みたくありません! 
いつも私を蔑み、意地の汚い方たちが王子様と結ばれるだなんて考えただけでも許されないことです。私はアンディお兄さまにこそ王子様と結ばれてほしいのです。私に対する態度はお厳しくとも、さりげなく私を助け守ってくれたお優しいアンディお兄さまに」
「優しさなどではない。血の繋がった実の妹たちが弱いものをいたぶっている姿を見るのが不快だっただけだ」
 
 シンデレラの言葉を否定するも、シンデレラはすすだらけの両手で私の右手をつかみ、それが優しさと言うのですとまっすぐに私を見つめる。
 
「お優しいアンディお兄様にこそ、王子様と結ばれてほしいのです。そして、あわよくば私も日本に帰りたい」
「付け加えたことの方が本音だろう?」
「お兄様、どうかお願いいたします。愛する人の元へと帰りたい私の気持ちをご理解ください。
もしも王子様と結ばれたら、お兄様も幸せでございますよね? 女として生まれたからには、身分の高い方に見初められることが一番の幸せだと、お兄様はそうお考えなのでしょう」
 
 私の指摘に一瞬悪い顔をした気がするが、シンデレラはわざとらしいくらいにけなげな態度で私に懇願する。
 
 それほどまでに愛する者の元へと帰りたいというのか。全く理解ができないが……。
 
「だから、私はもう女ではないと言ったであろう。
そもそも、その“愛する人“とは、そこまでしなければならないほど価値のある方なのか? よほど身分の高い方なのか?」
「身分はそこまで高くはありませんが、私はあの方を一目見た時から恋に落ちました。愛することを抗うことができない、私にとって運命の人なのです」
 
 シンデレラはすすだらけの顔がキラキラして見えるくらいに目を輝かせ、うっとりと両の手を合わせる。一応話は聞いてみたが、やはり全く理解ができないな。
 
 身分によって人生が大きく変わる我が国に生まれ育って、そのような夢見がちなことは言えないはずだ。シンデレラの前世の「ニホン」とやらは、一体どんな国なのだろうか?
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