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1、シンデレラ代わってくださいと言われましても
EP1 シンデレラの事情
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現在我が国では、五人いらっしゃる王子様たちの花嫁探しのため、国をきっての舞踏会が連日開かれている真っ最中だ。
年頃の貴族の娘たちは一度は舞踏会に招待され、こぞって着飾りお城に出かけていく。
一週間連続で開催されていたお城の舞踏会も、いよいよ今日が最終日。
最終日になってようやく貧乏貴族の我が一族も舞踏会に招かれ、母上と二人の妹たちは無い金をかき集めて仕立てた新しいドレスを着て、いそいそと出かけていったのだ。
母上も二人の妹たちも出払った今夜、家に残っているのは、休暇で里帰りしている私と義理の妹のシンデレラのみ。
末妹のシンデレラは義理の父上の連れ子だが、その父が亡くなってからの彼女は後ろ楯を失い、家で唯一血の繋がらない厄介者として母上や妹たちに疎まれてきた。
貧乏ゆえに手伝いの者も雇えない我が家の家事を一手にさせられ、掃除をするために床に這いつくばり頭から灰をかぶる姿を妹たちにからかわれても文句ひとつ言わない内向的な性格だと思っていたが……。
今夜のシンデレラは、いつもの彼女と同一人物だとはとても思えなかった。
「さっきから一体何を言っているんだお前は」
二人きりになった途端に訳の分からない話を繰り返すシンデレラを咎めると、シンデレラは再び身を乗りだし同じ言葉を繰り返す。
「ですから何度も申し上げている通り、私の前世は日本人で、日本に帰りたいのでございます」
普段の彼女からは信じられないくらいに興奮した様子で、またも聞き慣れない単語がその口から飛び出し、思わずくらりとした。
「だから、その「ニホン」とは、一体どこにある国かと聞いている」
「ここシルビアからはずっとずっと離れたところにある国。転生でもしない限りはたどり着けないところにございます」
そんな国の名前は聞いたこともないし、そもそも転生は厳しい魂の修行をつまれた徳のある方か、たぐいまれなる魔力の持ち主のみに許されるときく。
魔女や魔法使いのような異形のものや高貴な身分の方ならともかく、一介の貧乏貴族にしか過ぎないシンデレラが前世を語るとは、おこがましいにもほどがある。
「お前が何を言っているのか理解できない。だがお前が転生できるほどの魔力の持ち主だというなら、今世を終えてからまた転生したら良いのではないか?」
我が妹とはいえ、こんな世迷いごとにまともに付き合うのもバカバカしい。ため息をついて話を切り上げようとすると、シンデレラにがしりと腕をつかまれる。
「ですから、それでは遅いのでお兄様に相談させて頂いてる次第でございます。
先ほどから何度も申し上げております通り、今世をこのまま終えて転生できるのかも分かりませんし、転生できたとしても日本に帰れるかも分かりません。私には日本に残してきた恋人がいるので、今すぐ!今すぐに帰りたいのでございます!
そのためには五人いらっしゃる王子様のうちのお一人と結ばれ、シルビアを平和に導くというお役目を果たさねばならないのです! それが私のサポート役の方から授かった今世の使命なのです!」
なんと身の程知らずな......。
いくら貴族とはいえ、すすだらけの灰かぶり娘が王子様と結ばれたいなどとは高望みにもほどがある。
しかも、それが今世の使命だと?
どこからそんな発想が出てくるのか理解に苦しむ。
しかし、可能性すらないとはいえ、夢を見るのは自由だ。
高貴な身分の方に見初められることは、年頃の娘にとっては最も憧れることで、女として一番の幸せ。身分制度の強い我が国で女が良い暮らしをするためには、それが貧乏暮らしを脱するための唯一の方法だ。
「内気なお前が王子様と結ばれたいなどと大それたことを言い出すとは驚いたが、気持ちは理解しなくもない。
私が馬を出すから、今からでも舞踏会に行ったらどうだ? 母上たちが帰ってくるまでに帰ってきたらいい。ドレスを一着も持っていないわけではないだろう」
私の腕をつかんでいるすすだらけの手をそっと外し、夢見がちなシンデレラを優しく諭すと、とたんシンデレラは眉を寄せて首を横にふった。
「私には心に決めている人がおりますゆえ、それはできません」
シンデレラはきっぱりとそう言い切り、またも私の腕をつかむ。なぜか無性に嫌な予感がして、さりげなくその手を外そうにも信じられないくらいの力で掴まれている。
騎士として鍛えている私を上回るとは、ただの灰かぶり娘のくせに一体どこにそんな力を秘めていたというのだ。あながち転生者だという話もたわごとではないのかもしれないな。
「結局何が言いたいのだお前は」
「私の代わりに、お姉さまにシンデレラとして王子様と結ばれて頂きたいのです」
そうすれば私はニホンに帰れます、とすがるような目で見られ、めまいがしそうになる。
何だそれは......。意味が分からないし、代役が条件を果たしても帰れるなんて、さすがにいい加減過ぎるのではないだろうか。
「断る。それに、私は姉などではない。私は男だ」
「そんな、お姉さま! どうか後生ですから、アンジェ」
「その名前で呼ぶなと言ったはずだ。私の名前はアンディだ、それ以外の名はない」
女の身と共に捨てたはずの名前を呼ぼうとしていたシンデレラをにらむと、シンデレラは今までの勢いを失ったように押し黙った。
年頃の貴族の娘たちは一度は舞踏会に招待され、こぞって着飾りお城に出かけていく。
一週間連続で開催されていたお城の舞踏会も、いよいよ今日が最終日。
最終日になってようやく貧乏貴族の我が一族も舞踏会に招かれ、母上と二人の妹たちは無い金をかき集めて仕立てた新しいドレスを着て、いそいそと出かけていったのだ。
母上も二人の妹たちも出払った今夜、家に残っているのは、休暇で里帰りしている私と義理の妹のシンデレラのみ。
末妹のシンデレラは義理の父上の連れ子だが、その父が亡くなってからの彼女は後ろ楯を失い、家で唯一血の繋がらない厄介者として母上や妹たちに疎まれてきた。
貧乏ゆえに手伝いの者も雇えない我が家の家事を一手にさせられ、掃除をするために床に這いつくばり頭から灰をかぶる姿を妹たちにからかわれても文句ひとつ言わない内向的な性格だと思っていたが……。
今夜のシンデレラは、いつもの彼女と同一人物だとはとても思えなかった。
「さっきから一体何を言っているんだお前は」
二人きりになった途端に訳の分からない話を繰り返すシンデレラを咎めると、シンデレラは再び身を乗りだし同じ言葉を繰り返す。
「ですから何度も申し上げている通り、私の前世は日本人で、日本に帰りたいのでございます」
普段の彼女からは信じられないくらいに興奮した様子で、またも聞き慣れない単語がその口から飛び出し、思わずくらりとした。
「だから、その「ニホン」とは、一体どこにある国かと聞いている」
「ここシルビアからはずっとずっと離れたところにある国。転生でもしない限りはたどり着けないところにございます」
そんな国の名前は聞いたこともないし、そもそも転生は厳しい魂の修行をつまれた徳のある方か、たぐいまれなる魔力の持ち主のみに許されるときく。
魔女や魔法使いのような異形のものや高貴な身分の方ならともかく、一介の貧乏貴族にしか過ぎないシンデレラが前世を語るとは、おこがましいにもほどがある。
「お前が何を言っているのか理解できない。だがお前が転生できるほどの魔力の持ち主だというなら、今世を終えてからまた転生したら良いのではないか?」
我が妹とはいえ、こんな世迷いごとにまともに付き合うのもバカバカしい。ため息をついて話を切り上げようとすると、シンデレラにがしりと腕をつかまれる。
「ですから、それでは遅いのでお兄様に相談させて頂いてる次第でございます。
先ほどから何度も申し上げております通り、今世をこのまま終えて転生できるのかも分かりませんし、転生できたとしても日本に帰れるかも分かりません。私には日本に残してきた恋人がいるので、今すぐ!今すぐに帰りたいのでございます!
そのためには五人いらっしゃる王子様のうちのお一人と結ばれ、シルビアを平和に導くというお役目を果たさねばならないのです! それが私のサポート役の方から授かった今世の使命なのです!」
なんと身の程知らずな......。
いくら貴族とはいえ、すすだらけの灰かぶり娘が王子様と結ばれたいなどとは高望みにもほどがある。
しかも、それが今世の使命だと?
どこからそんな発想が出てくるのか理解に苦しむ。
しかし、可能性すらないとはいえ、夢を見るのは自由だ。
高貴な身分の方に見初められることは、年頃の娘にとっては最も憧れることで、女として一番の幸せ。身分制度の強い我が国で女が良い暮らしをするためには、それが貧乏暮らしを脱するための唯一の方法だ。
「内気なお前が王子様と結ばれたいなどと大それたことを言い出すとは驚いたが、気持ちは理解しなくもない。
私が馬を出すから、今からでも舞踏会に行ったらどうだ? 母上たちが帰ってくるまでに帰ってきたらいい。ドレスを一着も持っていないわけではないだろう」
私の腕をつかんでいるすすだらけの手をそっと外し、夢見がちなシンデレラを優しく諭すと、とたんシンデレラは眉を寄せて首を横にふった。
「私には心に決めている人がおりますゆえ、それはできません」
シンデレラはきっぱりとそう言い切り、またも私の腕をつかむ。なぜか無性に嫌な予感がして、さりげなくその手を外そうにも信じられないくらいの力で掴まれている。
騎士として鍛えている私を上回るとは、ただの灰かぶり娘のくせに一体どこにそんな力を秘めていたというのだ。あながち転生者だという話もたわごとではないのかもしれないな。
「結局何が言いたいのだお前は」
「私の代わりに、お姉さまにシンデレラとして王子様と結ばれて頂きたいのです」
そうすれば私はニホンに帰れます、とすがるような目で見られ、めまいがしそうになる。
何だそれは......。意味が分からないし、代役が条件を果たしても帰れるなんて、さすがにいい加減過ぎるのではないだろうか。
「断る。それに、私は姉などではない。私は男だ」
「そんな、お姉さま! どうか後生ですから、アンジェ」
「その名前で呼ぶなと言ったはずだ。私の名前はアンディだ、それ以外の名はない」
女の身と共に捨てたはずの名前を呼ぼうとしていたシンデレラをにらむと、シンデレラは今までの勢いを失ったように押し黙った。
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