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4、やっぱりダメなお姉さんが好き

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 円香さんを好きな気持ちも捨てるし、もう自分から会いに行かない。そう決めたはずだったのに、あれから二週間経っても、俺は毎日円香さんのことばかりを考えていた。

 大教室の後ろの方で講義が始まるのを待っている最中も、スマホばかりをチェックしてしまう。
 
 つい未練がましく『この前好きなのやめるって言ったの、やっぱり取り消したい。明日会えない?』なんて昨日の夜送ってしまったけど、円香さんからの返事はない。
 
 つーか、マジでしつこすぎだろ俺。
 自分でも寒気がする。

 これで何度目になるか分からないため息を吐く。
 
「暗いなぁ。まだ円香さん引きずってんの?」

 そんな俺をあざ笑うかのように、隣に座っていた悪友の晴人が肩をくんできた。

「円香さんの話はするなって言っただろ」

 目を細めて晴人を見て、ヤツの手を振り払う。

 十二年も片想いこじらせてるんだ。
 そう簡単に忘れられるか。

「まあまあ。そんな寂しいお前に朗報があるぞ。今日合コンあるんだけど、行かない?」
「行かない」
「なんでよ、いいじゃん。今日バイトないんだろ? 失恋を忘れるためには新しい恋! そう決まってんの」

 行かないって言ってるのに、しつこく誘ってくる晴人。
 無視を決め込もうと思ったものの、待てよと思い直す。

 新しい恋か。円香さんにはきっぱりフラれたし、返事もこないし、いい加減前に進むべきなのかな。
 
 合コンは以前一回行ったきりで、何の収穫もなかった。けど、もしかしたら今度は好きになれるような子がいるかもしれない。

 『行く』と返事をしようとしたその時、手に持っていたスマホが光った。

『いいよ』

 そんなメッセージを送ってきた相手は、諦めたくても諦めきれない片想いの相手――円香さんだった。

 何が『いい』んだろう。
 好きでいていいってこと?
 今日会うのがってこと?

 円香さんの真意は分からなかったけど、『今日行く』と返信をしてから、晴人の方に視線を向ける。
 
「やっぱ行くのやめる」
「はいはい、勝手にして。もう俺にはお前を止められないわ」

 円香さんのとこに行くなんて一言も言ってないのに、きっとバレてるんだろうな。晴人は呆れたような目で俺を見ていた。

 ◇

 四限が終わって、明日のゼミの準備を済ませ、円香さんの家に着いたのが午後七時。

 いつものように合鍵で入ろうかとも思ったけど、この前あんな別れ方をしてしまったし、二週間ぶりだし。ガラにもなく、ちょっと遠慮して、チャイムを鳴らす。

 ほどなくして、円香さんがドアを開けてくれた。
 
 今日はすっぴんでゆるゆるスウェットのボサボサ頭じゃなくて、薄めだけどメイクもちゃんとしてるし、髪も綺麗に巻かれている。服だって、初めて見るニットのワンピースだ。上品なデザインなのに、腕のレース部分から見える素肌が色っぽくて、ドキドキしてしまう。

「あ、……。どうも」
「えっと、うん。久しぶり?」

 会話が続かなくて、気まずい感じになってしまった。
 考えてみたら、二週間も会わないなんて初めてだもんな。

「とりあえず入る?」

 しばらく玄関で立ち往生していたけれど、円香さんが促してくれて、ようやく俺は家の中に入ることができた。

 二週間ぶりに入った円香さんの部屋は、めずらしく片付いていた。

 クローゼットのドアの隙間からゴミ袋の切れ端が微妙にはみ出ていて、俺が来る前に無理矢理押し込んだ形跡が見られる。どうせ色々なものをひとまとめにかき集めて、ぶち込んだんだろう。だから、いつも大事なものをなくすんだよ。

 クロも猫ハウスに引きこもってるし、手持ち無沙汰になってキョロキョロしていたら、円香さんがキッチンから黒い物体を持ってきた。

「これ、バレンタインのチョコレート」

 テーブルの上に置かれたのは、ホールのままのチョコレートのスポンジケーキだ。バレンタイン、もう一週間以上過ぎてるんだけどな。

 というか、手作り? 円香さんが?

「え? ああ、ありがとう」

 円香さんは毎年バレンタインには何かしらくれるけど、いつも市販品だ。

 これ、大丈夫? ちゃんと食える?
 見た目はまともそうだけど……。

 若干不安になりつつも、円香さんの手作りを食べないなんて選択肢が俺にあるわけもなく、スポンジケーキをフォークでさす。

「どう? どう?」

 一口含んで固まった俺を覗き込むようにして、円香さんがじーっと見つめてくる。
 
 正直に言うと、クッソまずい。
 パサパサだし、全く味がないし、どうしたらこんな風に作れるのか聞きたいレベルだ。

「うん……、ありがとう。嬉しいよ」

 おいしいとはお世辞にも言えなくて、とりあえずお礼だけは伝えておく。

 だけど、料理が大嫌いな円香さんが作ってくれただけで、もう死んでもいいぐらいに嬉しい。それに、俺のために手の込んだケーキを作ってくれて、家を片付けてくれて、わざわざ化粧までしていて、少しだけ期待もしてしまう。
 
「円香さん、今日くれたメッセージなんだけどさ」

 どういう意味の『いいよ』なのか聞こうとして、口を開く。けれど、俺よりも先に円香さんが言葉を発した。

「この二週間、忍くんが言ってくれたことをずっと考えてたの」
 
 伏し目がちに言って、円香さんは言葉を続けた。

「忍くんは、私にはもったいないぐらい良い人だよ。だから、この前も嬉しかったけど、とっさに引いちゃって」

 俺に言葉を挟む隙も与えず、円香さんは話し続ける。

「だけどね、忍くんは何回も告白してくれてたのに、私は一度も気持ちを伝えたことがなかったのはずるいよね。本当は、だんだん大人になっていく忍くんをいつのまにか好きになってた。もし、忍くんもまだ同じ気持ちでいてくれるなら」
「そんなの――」
  
 『同じ気持ちに決まってる』って言おうとしたら、『私から言わせて』って遮られてしまった。

 まだダメなのかよ。

「十二も年上だし、家事もできないダメなお姉さんだけど、料理も掃除も少しずつがんばる。だから――」

 円香さんは俺に向かって右手を伸ばし、手を広げた。
 手のひらの上には、黒い宝石が一粒埋め込まれている銀白色の指輪。
 
「大学卒業したら、私と結婚してくださいっ」

 マジか……、円香さん。
 もしかして、なんて、淡い期待はしていた。
 この流れは、いけるんじゃないかって。

 でもさ、まさかの逆プロポーズかよ。
 予想をあっさりと超えてくるな。

 大きく息を吐いてから、俺は円香さんから指輪を受け取る。それから、その白くて小さな手を握った。

「俺こそ、結婚してください」

 円香さんはキョトンとしていたけど、しばらくして少しだけ瞳を潤ませる。
 
「ダメなお姉さんでもいいの?」
「そのままの円香さんが好きだよ。だらしなくて、ちょっとダメなお姉さんで、可愛くて綺麗で優しい円香さんが良い」

 優しくて面倒見の良いお姉さんなのに、自分のことになるとまるでダメで、放っておけない。ダメで、綺麗で、可愛い円香さんが一生好きだ。

 円香さんを引き寄せ、いつのまにか俺よりも小さくなっていた身体をぎゅっと抱きしめる。

 この十二年スキンシップはそれなりにあったし、酔ってる時は距離感が近くなるのもあって、抱きしめるのはこれが初めてじゃない。

 だけど、初めて恋人として触れることを許されて、円香さんが俺の腕の中に大人しく収まってくれていると思うと、感動で泣きそうだ。
 
 あと三年、我慢できるかな。
 三年経ったら、円香さんがくれたものに負けないくらいの指輪をプレゼントするんだ。

 心の中でこっそり誓って、俺は円香さんをさらに強く抱きしめた。

           『完』
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