気弱リーマンのフォークは年下大学生のケーキに(性的な意味で)おいしく食べられる

春音優月

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2、ケーキとフォーク

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 勢いで出てきてしまったけど、今さら戻るわけにも行かず、僕はトボトボと階段の方へ向かう。
 
 やっぱり僕なんかが来ない方が良かったのかな。せっかくマッチングパーティーに来たのに、『ケーキ』に声さえもかけられない。あげくの果てには、『ケーキ』だと勘違いされる始末。

 きっとさっきの男性も、僕と同じ『フォーク』なんだろうな。

 世界には、僕みたいに途中で味覚を失ってしまう人がごく稀に存在するらしい。僕たちみたいな人を『フォーク』と呼ぶそうだ。

 生きていく分には問題ないけれど、何を食べても心から満たされることはない。

 そんな僕たち『フォーク』が唯一味を感じられるのが、『ケーキ』と呼ばれる人たちだ。
 
 人それぞれに味の違う『ケーキ』の体液は、『フォーク』にとって極上品。

 『フォーク』も『ケーキ』も数が少ない上に、隠していることが多いから、日常生活では中々出会えない。

 だから、食べられたい欲を持つ『ケーキ』と食べたい欲を持つ『フォーク』のマッチングパーティーがあるんだけど、見事撃沈。

 僕だけの甘い甘い『ケーキ』がほしい、とは思うのに。どうしても、声がかけられない。

 こんなんじゃ相性の良い『ケーキ』とのマッチングなんて、一生無理だろうな。

 あ~あ、味気のない人生確定かぁ。

 ものすごく悲観的なことを考えていたら、誰かが小走りで駆け上がってくる音が聞こえてきた。

 しばらくして上がってきたのは、大学生くらいに見える男の子。

 背が高くて、成人男性の平均身長にわずかに満たない僕とは十センチ以上は差がありそう。水色の長袖ニットの下からは、赤いフードがチラリと見えている。

 パッと見でもさわやかな雰囲気のイケメンで、モテそうだ。

 すれ違いざま、彼は暗めの金髪頭をペコリと下げた。

 このパーティーに来てるってことは、彼もきっと『フォーク』なんだろうな。僕とは違って、『フォーク』らしい『フォーク』。

 僕も軽く会釈を返して、彼の横を通り過ぎる。

 その瞬間、甘くて心地の良い香りがふわりと漂ってきた。ほんのり苦いのに、優しくてまろやかなキャラメルみたいな匂い。

 ――え? この香り、彼から……?

 てっきり『フォーク』だと思っていたのに。
 少し驚いて、彼の顔をマジマジと見つめてしまう。

 キリッと整った眉毛の下には、くっきり二重で形の良いヘーゼルブラウンの瞳。鼻筋はしっかり通っていて、唇は少し薄め。

 じっくり見ると、ますますかっこいい。

「お兄さん、『フォーク』ですか?」

 よっぽどジロジロ見すぎてしまっていたのかな。彼も僕の顔をじっと見ていた。

「え、あ、ち、ちが……あ、はいっ」

 動揺して、僕はどっちつかずの答えを返してしまう。すると、彼がおかしそうに笑った。

「どっちなんですか」

 あ、かわいい。
 くしゃりと笑った顔がすごく可愛くて、さらに目が離せなくなってしまう。

「お兄さんみたいな可愛い『フォーク』が『俺《ケーキ》』を物欲しそうな目で見てくるの、めちゃめちゃ興奮します」
「え……?」

 言いながら、彼が一段一段上がってくる。
 
 ほんのりと欲が灯ったヘーゼルブラウンの瞳。
 彼との距離が近づく度、焦げたキャラメルのような匂いが強く薫る。

 すごくドキドキして、心臓が破裂しそうで、一歩も動けない。

「試食、してみますか?」

 至近距離でそう動いた彼の唇が、ゆっくりと近づいてくる。僕が答える前に、少し薄めの唇を押し当てられた。

 強い、強いキャラメルの香りがぶわぁっと薫って、甘みをわずかに感じる。砂糖と、溶けたキャラメルの味……?

 味を感じたのは、いつぶりかな。
 おいしい。もっとほしい。

 無意識のうちに、彼のニットの袖にしがみついてしまう。そうしたら、ぎゅっと腰を抱かれ、ぬるりと舌が入ってきた。

 とろとろに溶けたキャラメルが、口の中いっぱいに広がる。むせ返るほどの甘い匂い。

 もう十年近く満たされなかった身体に甘い蜜を一気に流し込まれ、頭がクラクラしてきた。

 幸せというよりも、おかしくなる。
 何も考えられなくなる。
 もっとこの甘いものがほしくて、ただ、それだけ。

 彼の舌で口腔全体を舐め回され、舌を吸われ、その度に口の中が甘くなる。

 『フォーク』は、捕食者。
 『ケーキ』は、被食者。

 僕《フォーク》が食べる側のはずなのに、これじゃ僕《フォーク》の方が彼《ケーキ》に食べられてるみたいだ。

 ようやく唇が離れていった時には、足の力がすっかり抜けてしまっていた。彼がさっと支えてくれなかったら、僕は階段から転げ落ちていたと思う。

 すごかった……。これが、『ケーキ』なんだ。
 一口食べただけで、幸せになれる。
 お腹いっぱいになったのに、もっとほしい。

 まだぼんやりとしたまま、彼の唇をじっと見つめてしまっていた。しばらくして、ちゅっと軽く唇が重なる。

 それから、キスができそうなくらいの距離で、彼は言った。

「やっと見つけた」

 見つけたって、何を?

「抜けませんか」

 右耳に息を吹き込まれ、耳の中まで甘くなった気がした。
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