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「きゃあっ」
第二書庫に入ってきた時は、誰もいないと思っていたのに。とっさに飛び起きる。すると、相手の方も同じようにしたみたいで、10センチ以上は高い位置にあるお顔が私を見下ろしていた。
プラチナブロンドの髪。涼しげなエメラルドグリーンの瞳。少し冷たい印象だけど端正な顔立ちの男性は、第三王子殿下のオーフェンさまだった。
以前伺った話によると175センチはあるらしいけど、今はもう少し背が伸びたのかもしれない。最近新調された、黒襟と金色ボタンのついたグレーの軍服がよくお似合いだった。
何度拝見しても、私が子どもの頃に小説を読んだ時にイメージしていた王子様みたいな方だと思う。本からそのまま出てきたみたいな理想の王子様。
「オーウェンさま」
オーウェンさまを拝見すると、自然と顔が熱くなってしまう。気づかれていないと良いのだけれど。
「ここは寝るところじゃない」
オーウェンさまがため息まじりにおっしゃった。またみっともない姿をお見せして、呆れられてしまったかも。
「ミーシャさまの行方を占おうと思っていましたの」
あわてて笑顔を作って、取り繕うように申し上げる。
「ミーシャ?」
「宰相令嬢さまの愛猫さまです」
「占うために、書庫の床に這いつくばる必要があったんだね」
オーウェンさまはさっきまで私が這いつくばっていた床に視線を落とされ、もう一度私の顔を注視される。……うっ。
「ええ、それは、その、猫の気持ちになりきる必要があったんです」
苦し紛れに言い訳をして、笑って誤魔化す。
「へぇ。大変そうだね」
オーウェンさまは私をお見つめになられたまま、そっけなくおっしゃった。
オーウェンさまの緑色の瞳は全てを見透かすかのようで、時々全てご存知なのではないかと思ってしまう。でも、もしエセ魔術師だとバレていたら、とっくに私は王宮を追い出されているんだろうけど。
「そうなのです。では、私はこれで……」
これ以上話していたら、ボロが出そう。オーウェンさまに背を向け、そそくさと立ち去ろうとする。
「それで、どんな猫なの?」
けれど、後ろから声をかけられ、振り向く。
「イエローとブルーのオッドアイで、首に赤いリボンを巻いた長毛の白猫さまです」
「その猫なら、見かけたかもしれないな」
言いながら、オーウェンさまは本棚の裏に移動された。――と思ったんだけど、裏側にもお姿が見当たらない。
「オーウェンさま?」
どこにいかれたのだろう。
キョロキョロと辺りを見渡してみても、オーウェンさまがいらっしゃる気配もない。
「いたよ、フェリシア」
「ひゃあっ」
なぜか前からオーウェンさまが現れて、身体がビクリと飛び跳ねた。どうしてそんなところから……。
不思議に思いつつ、二度見する。
オーウェンさまは、白猫のミーシャさまを抱えていた。オーウェンさまの腕の中に、フワフワの白猫。あまり想像出来ない組み合わせなのに、なんだか――。
「か、かわ……」
うっかり『可愛い』と口走りそうになってしまった口を、あわてて両手で押さえる。
「この猫で合ってる?」
オーウェンさまはそんな私を不審な目で見ながらも、そう質問された。
「ええ。宰相令嬢さまもきっと安心なさいます」
ずっと書庫に隠れてたのかな。とにかく見つかってよかった。私は大きく頷いてみせる。
「猫は苦手だから、早く受け取って」
苦手と言いつつ、ミーシャさまを抱くオーウェンさまの手はお優しい。
オーウェンさまから渡されたミーシャさまをそっと抱き抱える。小さな声で『ニャー』と鳴いただけで、何の抵抗もなく、腕の中におさまってくれた。
お利口で、可愛い猫だ。ちょっと王宮の中を散歩していただけだったのかな?
オーウェンさまに頭を下げて、今度こそ立ち去ろうとする。
「それと、またフェリシアの意見を聞かせてほしい」
踵を返す直前、オーウェンさまはそうおっしゃった。
「時間が空いた時でいいから」
私がお答えする前に、彼は言葉を重ねる。
「私でよろしければ」
ミーシャさまを抱えながら、返事をした。
他の王宮の方と同じように、オーウェンさまからのご相談も時々受けることがある。オーウェンさまからのご相談は他の方々とは少し違っていて、彼が携わられている外交や内政の話がほとんどだった。
オーウェンさまは、とても聡明なお方だ。私よりも一つ年下なのに、そうは思えないほどしっかりしていらっしゃって、いつでも冷静で。
正直私のような政治のせの字も分からない者の意見なんてわざわざ聞かなくても、とは思うのだけど。『政治に関わっていない人の意見が聞きたいから』と、なぜかよく私にお声がけくださる。
大変光栄でありがたいことではあるものの、もう白魔術なにも関係ないような……。
オーウェンさまのことは昔から存じているのに、いまだにお考えが理解出来ない。女性にもそっけなくて政治以外は興味はなさそうなのに、不思議と私には話しかけてくださるのはどうしてなのかな。
やっぱり白魔術師としての技量を疑われていて、私をはかられているのかな。私が魔術師として王宮に招かれたのはオーウェンさまがきっかけだったから、責任を感じられているのかもしれない。
オーウェンさまと初めてお会いしたのは、今から八年前。オーウェンさまは十歳、そして私は十一歳の時だった。
第二書庫に入ってきた時は、誰もいないと思っていたのに。とっさに飛び起きる。すると、相手の方も同じようにしたみたいで、10センチ以上は高い位置にあるお顔が私を見下ろしていた。
プラチナブロンドの髪。涼しげなエメラルドグリーンの瞳。少し冷たい印象だけど端正な顔立ちの男性は、第三王子殿下のオーフェンさまだった。
以前伺った話によると175センチはあるらしいけど、今はもう少し背が伸びたのかもしれない。最近新調された、黒襟と金色ボタンのついたグレーの軍服がよくお似合いだった。
何度拝見しても、私が子どもの頃に小説を読んだ時にイメージしていた王子様みたいな方だと思う。本からそのまま出てきたみたいな理想の王子様。
「オーウェンさま」
オーウェンさまを拝見すると、自然と顔が熱くなってしまう。気づかれていないと良いのだけれど。
「ここは寝るところじゃない」
オーウェンさまがため息まじりにおっしゃった。またみっともない姿をお見せして、呆れられてしまったかも。
「ミーシャさまの行方を占おうと思っていましたの」
あわてて笑顔を作って、取り繕うように申し上げる。
「ミーシャ?」
「宰相令嬢さまの愛猫さまです」
「占うために、書庫の床に這いつくばる必要があったんだね」
オーウェンさまはさっきまで私が這いつくばっていた床に視線を落とされ、もう一度私の顔を注視される。……うっ。
「ええ、それは、その、猫の気持ちになりきる必要があったんです」
苦し紛れに言い訳をして、笑って誤魔化す。
「へぇ。大変そうだね」
オーウェンさまは私をお見つめになられたまま、そっけなくおっしゃった。
オーウェンさまの緑色の瞳は全てを見透かすかのようで、時々全てご存知なのではないかと思ってしまう。でも、もしエセ魔術師だとバレていたら、とっくに私は王宮を追い出されているんだろうけど。
「そうなのです。では、私はこれで……」
これ以上話していたら、ボロが出そう。オーウェンさまに背を向け、そそくさと立ち去ろうとする。
「それで、どんな猫なの?」
けれど、後ろから声をかけられ、振り向く。
「イエローとブルーのオッドアイで、首に赤いリボンを巻いた長毛の白猫さまです」
「その猫なら、見かけたかもしれないな」
言いながら、オーウェンさまは本棚の裏に移動された。――と思ったんだけど、裏側にもお姿が見当たらない。
「オーウェンさま?」
どこにいかれたのだろう。
キョロキョロと辺りを見渡してみても、オーウェンさまがいらっしゃる気配もない。
「いたよ、フェリシア」
「ひゃあっ」
なぜか前からオーウェンさまが現れて、身体がビクリと飛び跳ねた。どうしてそんなところから……。
不思議に思いつつ、二度見する。
オーウェンさまは、白猫のミーシャさまを抱えていた。オーウェンさまの腕の中に、フワフワの白猫。あまり想像出来ない組み合わせなのに、なんだか――。
「か、かわ……」
うっかり『可愛い』と口走りそうになってしまった口を、あわてて両手で押さえる。
「この猫で合ってる?」
オーウェンさまはそんな私を不審な目で見ながらも、そう質問された。
「ええ。宰相令嬢さまもきっと安心なさいます」
ずっと書庫に隠れてたのかな。とにかく見つかってよかった。私は大きく頷いてみせる。
「猫は苦手だから、早く受け取って」
苦手と言いつつ、ミーシャさまを抱くオーウェンさまの手はお優しい。
オーウェンさまから渡されたミーシャさまをそっと抱き抱える。小さな声で『ニャー』と鳴いただけで、何の抵抗もなく、腕の中におさまってくれた。
お利口で、可愛い猫だ。ちょっと王宮の中を散歩していただけだったのかな?
オーウェンさまに頭を下げて、今度こそ立ち去ろうとする。
「それと、またフェリシアの意見を聞かせてほしい」
踵を返す直前、オーウェンさまはそうおっしゃった。
「時間が空いた時でいいから」
私がお答えする前に、彼は言葉を重ねる。
「私でよろしければ」
ミーシャさまを抱えながら、返事をした。
他の王宮の方と同じように、オーウェンさまからのご相談も時々受けることがある。オーウェンさまからのご相談は他の方々とは少し違っていて、彼が携わられている外交や内政の話がほとんどだった。
オーウェンさまは、とても聡明なお方だ。私よりも一つ年下なのに、そうは思えないほどしっかりしていらっしゃって、いつでも冷静で。
正直私のような政治のせの字も分からない者の意見なんてわざわざ聞かなくても、とは思うのだけど。『政治に関わっていない人の意見が聞きたいから』と、なぜかよく私にお声がけくださる。
大変光栄でありがたいことではあるものの、もう白魔術なにも関係ないような……。
オーウェンさまのことは昔から存じているのに、いまだにお考えが理解出来ない。女性にもそっけなくて政治以外は興味はなさそうなのに、不思議と私には話しかけてくださるのはどうしてなのかな。
やっぱり白魔術師としての技量を疑われていて、私をはかられているのかな。私が魔術師として王宮に招かれたのはオーウェンさまがきっかけだったから、責任を感じられているのかもしれない。
オーウェンさまと初めてお会いしたのは、今から八年前。オーウェンさまは十歳、そして私は十一歳の時だった。
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