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14話 近づく距離

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 渡辺圭佑くんの家に行ってから二週間後の日曜日。
 
 本当なら今日は家にいるはずだったんだけど、学校でサッカー部の練習試合があるらしく、暇ならきて!と半強制的に珠希ちゃんに連れてこられてしまった。
 
 今は部活もバイトもしてないから、実際暇なんだけどね……。
 
 全然嫌じゃないんだけど、珠希ちゃんには他にもたくさん友達がいるのに、どうして私なんかを誘ってくれるのかな。
 
 それに、珠希ちゃんってサッカー好きだった? 圭佑くんと珠希ちゃんが仲良いのは知ってるけど、珠希ちゃんからサッカーの話って聞いたことないけどなあ。
 
 試合前に目が合った圭佑くんに手を振ると、軽くだけど圭佑くんもこちらに手を振り返してくれた。
 
 実は圭佑くんの例の事件があってから、圭佑くんとも以前よりも話す機会が増えたんだ。
 和也くんもそうだけど圭佑くんともお互い名前で呼び合うようになったし、たまに教室でも話しかけてくれるようになった。
 
 あの日圭佑くんがカミングアウトしてから……
 
 本人が堂々としていることもあって、あれ以上誰かが何かを言ってきたりはなかったけど、やっぱり全部元通りってわけにはいかなかった。
 
 あれから、女子も男子も圭佑くんに対して腫れ物に触るような扱い。
 男子の何人かは圭佑くんと友達に戻ったけど、何人かはよそよそしくなったり、距離をおかれたりしているみたい。

 ある意味うちのクラスのみんなは圭佑くんに気を使っているというか、暗黙の了解で例のことには触れてはいけないみたいな空気になっているんだ。
 
 圭佑くん本人は、想定してた状況よりは全然マシだと言っていたけど、どうなんだろう。

 みんなどう接していたらいいのか分からないのかもしれないし、おおっぴらにイジメはないからまだいいのかな。圭佑くんが気にしてないならいいんだけど……。
 
「ねえ、あのマネージャー、絶対石川先輩に気があると思わない?」
 
「え? どうだろう……」 
 
「もう石川先輩かっこよすぎ! ね! そう思わない?」
 
「……石川先輩って誰?」  
 
 そんなことを考えている間にも、珠希ちゃんは試合中のサッカー部の人を見て黄色い声を上げている。この前まで元カレがどうのって言ってたような気がするけど、相変わらず切り替えが早くてうらやましいな。
 
 次の珠希ちゃんのお目当ては石川先輩?とかいう人で、どうやらサッカー部の三年生らしい。
   
 珠希ちゃんは試合の勝敗よりも石川先輩が気になるみたいだし、私もサッカーのルールがよく分からなくていまいちついていけてない。
 色々ポジションがあるみたいだけど、キーパーとその他の人のくらいしか分からないんだよね。
 
 分かったのは、圭佑くんはゴールキーパーってこと。それから、和也くんのユニフォーム姿はよく似合っていてかっこいい……ってことくらい。
 制服を着ている和也くんもかっこいいけど、ユニフォームを着てサッカーしている和也くんもかっこいいな……。
 
「ねえ、つっきー聞いてる~? つっきーってば! もう、和也にばかり見とれてないでよ~」
 
「あ、ごめ……じゃなくて、見とれてたわけじゃ……。試合に集中してたんだよ」
 
 からかうようにそんなことを言われて、あわててごまかしたけど、珠希ちゃんはニヤニヤ顔。
 
 実際ちょっと図星だったりも……、いや、だって、ルールも分からないし、他にどこを見ればいいのかも分からないし、和也くんってどこにいても目立つから……。
 
「はいはい、まいいや。それよりさ~、まだ和也と番号交換してないの?」
 
「うん、わざわざ聞くような機会もないし」
 
「え~! 機会なんて、そんなのいくらでもあるでしょ」
 
 不満げな珠希ちゃんに返す言葉もなく、苦笑いしかできない。

 ただ私が聞けてないというだけで、たしかに機会はいくらでもあるかもしれない。
 教室でも話しかけてくれるようになったし、それに友達になったんだから連絡先ぐらい知ってたっていいと思うし、普通に聞けばいいんだけど……。
 
「珠希ちゃんは、和也くんと番号交換したの?」
 
「え? うん」
 
 いつのまに……。何でもないことのように頷いた珠希ちゃんに、ちょっとショックを受けてしまった。
 
 珠希ちゃんは違うクラスだから、同じクラスの私の方が圧倒的に和也くんと話す機会が多いのに、いまだに聞けてない私って……。
 
 圭佑くんの連絡先は知ってる。
 圭佑くんの家に行った日の夜に、珠希ちゃんから私の連絡先を聞いたという圭佑くんからお礼のメッセージがきたから。
 
 だから、この中では和也くんだけ知らないんだよね……。
 
「……そうなんだね。でも、私は特に和也くんに連絡することもないし、知らなくてもいいかなって.」
 
 何かあったら圭佑くんや珠希ちゃんを通して連絡できるし、わざわざふたりでメールする内容もないし……。

 本当は知りたいけど、やっぱり聞く勇気がなくて言い訳をしていると、そんなのダメ!と珠希ちゃんに詰め寄られた。
 
「好きなら聞かなきゃ!」
 
「え? あの、和也くんは憧れてるだけで、好きってわけじゃないよ」
 
 和也くんはすごく素敵な人だし、友達になってからはますますいいなって思うようになったけど、でもそれは芸能人に対する憧れのようなもの。そもそも、私が和也くんを好きなんて恐れ多いし……。
 
「好きなようにしか見えないよ~?」
 
「好きは好きだけど、恋愛とかじゃなくて、なんかもう尊敬の域というか、と、とにかくそんな感じなの。だから、珠希ちゃんが考えてるような気持ちはないから」
 
「どっちでもいいけど、今日こそ和也に聞かなきゃ絶交だから。あ、試合終わったみたいよ?
自転車置き場のとこで待ってよ」
 
 えぇ……。絶交って、そんなムチャクチャな……。
 
 珠希ちゃんとしゃべっていたら、いつのまにか試合が終わってしまっている。
 結局ろくに試合を見ないまま、試合が終わっちゃった……。和也くん、圭佑くん、ごめんなさい。
 
 *
 
 そのあと、結局珠希ちゃんは石川先輩とかいう人を見つけてそっちに行っちゃって、圭佑くんと和也くんの三人で帰ることになった。
 
 途中で圭佑くんがCDショップに寄りたいっていうから来たけど、なんかもう圭佑くんからすごく圧を感じる。

 わざわざ和也くんと私から少し距離を開けたところにいるだけじゃなくて、行け!ってジェスチャーで合図してくるし。
 
 珠希ちゃんだけじゃなく、圭佑くんもなの?
 ここまでお膳立てしてるのに何もしない気か?という、圭佑くんからの無言の圧がすごい……。
 
 珠希ちゃんも圭佑くんも圧がすごいし、本気で今日こそ聞かないとどんな目にあうのか分からないし、この機会に聞かなかったらたぶんずっと聞けないよね。私だって、本当は……。
 
「……和也くん。何見てるの?」
 
 今日こそ聞こうと一大決心をして、CDを持っている和也くんに声をかける。
 
「ん? ああ、これとこれ買おうかなって。月子は何か買うの?」
 
「私は今回は特に……あれ? 和也くん、そのグループ好きなの? それ両方とも同じやつだよね?」
 
 和也くんが手に持っていたのは、MiracleというグループのCDだった。人数の多いグループで、メンバーの名前までは私は知らないけど、流行った曲も多いし、出している曲はいくつか知っている。
 
 和也くんが買おうとしているのはジャケットのバージョンが違うだけで、タイトルは同じなんだけど、両方とも買うのかな?
 
 私はそこまで好きなアーティストはいないし、ジャケット写真が違うだけの同じCDを二枚以上買ったりしたことないから、一瞬不思議に思っちゃったけど......。
 
 考えてみたら、ファンの人ならバージョン違いも全部買うんだろうし、別におかしくはないよね。そう納得したんだけど、当の本人の和也くんは、私が指摘すると、まじまじとタイトルの部分を見ている。
 
「……うわ本当だ、両方とも同じだ。間違えて同じやつ買うとこだった。ありがとう」
 
 和也くんは恥ずかしそうに笑うと、二枚持っていたうちの一枚を棚に戻す。
 
 ……和也くんでもそういうことあるんだね。

 私もよく見ずに借りて、同じDVD二枚借りたりとかたまにやっちゃう。  
 
 和也くんも、意外とうっかりさんだったりするのかな? 自分のうっかりミスは笑えないけど、和也くんのうっかりはなんか可愛いなっていうか、微笑ましいな。
 
 だけど、どうやら和也くんの照れ笑顔に萌えている場合ではなかったらしい。

 棚の影からのぞいている圭佑くんからの圧がいっそう強くなったことを感じてハッとする。
 
「と、ところで和也くん! あの、スマホの番号か、あの……あれ、教えてほしい」
 
 あああ……。あせって、変な切り出しかたしちゃったし、いくら何でもいきなりすぎだよね……。
 
 和也くんも突然そんなことを言い出した私にちょっと驚いているみたい。
 
 うう……、沈黙が気まずい。
 ダメだったかな。
 
「もちろんいいけど、俺メールとかほとんどしないよ」
 
 何も言ってくれない和也くんに落ち込んでいると、しばらくの沈黙ののちに、和也くんはまた照れたように笑いながらスマホを取り出した。
 
「う、うん、全然いいよ! 電話するから!」
 
 電話とか何話していいのか分からないし、友達ともほとんどしたことないけど……っ。 

 自分でも何言ってるんだろうって思ったけど、勢いのままそんなことを言ってしまった。
 
「電話? じゃあ、俺も電話するな」
 
 ……和也くんと本当に電話できるのかな。
 社交辞令かもしれないけど、それでも嬉しいな。
 
 さわやかな笑顔の和也くんがかっこよすぎて、見なくても赤くなってるのが分かるくらいに私の顔は火照っていた。
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