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7話 人生を変える最後のチャンス

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「ここは、『わくわくスクールメモリー』の世界です」
 
 なんとなくそうじゃないかとは思っていた。
 だけど、三木さんからはっきり言われ、予想以上に衝撃を受けてしまう。
 
「何でゲームの中に入れるんですか?」
「分かりません」
「分からないって……」
「呪われてるって言ったじゃないですか。プログラミング通りにゲームが作動しないし、おかしいんですよ」
 
 そんなことあるの?
 科学が発達して人間が仮想世界で暮らす、なんて日がもしかしたらいつかは来るのかもしれない。でも、そういう感じでもなさそうだし、呪いって何?
 
「ですが、生身の人間の行動でこの世界は変わるみたいなんですよ」
「なるほど。外側からバグを直そうとしても直らないから、バッドエンドだらけのゲームを内側から変えようというわけですね」
「理解が早くて助かります」
 
 三木さんは猫目を細め、満足気に笑う。
 私が考えていたお仕事とは、全く違うことをやらされるみたい。思わずため息をつきたくなってしまった。
 
「でも、あの……、困ります。こんなの聞いてませんし、私、……出来ません」
 
 高校生だったのは十年も前なのに、上手くやれる気がしない。それにいくらゲームとはいっても、本物みたいな高校生の男の子と恋愛なんて出来ないよ。
 
 高校生の時に彼氏なんていなかったし、……。大学生の時に付き合って即フラれた彼氏(?)がいるぐらいで、まともな恋愛経験もない。
 
 そんな私がバッドエンドだらけの世界でハッピーエンドを迎える? そんなの、絶対無理だよ。
 
「そうですか、分かりました」
 
 わりとあっさり引いてくれた? と、思ったのも束の間。
 
「また、無職に戻るんですね?」
 
 三木さんはすっと目を細め、私の心臓をえぐった。
 もう、みんなして無職無職って。一番言われたくないことを言わないでくれるかな。実際無職だから、言われても仕方ないんだけどね……。
 
「出来ないとおっしゃるのなら、仕方ありません。無理強いは出来ませんから。でも、花井さんは本当にそれでよろしいんですね? 三十才目前にして無職、お母様もさぞご心配でしょう」
「ちょ……っ。こんな道端で無職無職連呼しないでくださいよ。あと、私はまだ二十七才ですからっ」
 
 キョロキョロと辺りを見回して誰もいないことを確認してから、三木さんに詰め寄った。三木さんは悪びれもせず、平然とした顔をしている。
 
「僕も花井さんと同じ立場ですよ」
「え?」
「一作目は売れてくれましたが、評判は最悪。二作目の初動は厳しいでしょうね。社運をかけたこのプロジェクトが失敗したら、社は倒産。僕は無職です」
 
 三木さんは、真顔でそんなことを言い始めた。
 
 たしかに、ゲームは評判も大事。
 あそこまで低評価レビューついちゃったら、次作で盛り返すのは相当厳しいよね。
 
「でも、三木さんはまだ若いし、他の会社に再就職出来ますよ」
「失敗作を生み出して、一作で会社を潰した制作チームの人間をどこの会社が雇ってくれるんですか?」
「そう言われると……」
 
 悪い意味で爪痕残しちゃったし、もしまたゲーム会社に再就職したいのなら、三木さんは私以上に厳しい状況なのかも。とは言っても、三木さんとは友達でもないし、昔からの知り合いというわけでもないし、会ったばかりの赤の他人。
 
 三木さんが無職になろうが路頭に迷おうが、私に助ける義理はない。でも、……。
 
 無職、か。
 そうだよね。ここでこの仕事を断ったら、また無職に戻るんだよね。

 ニートして親に迷惑かけて、それで最終的に困った私は、髪の毛が大幅に後退した五十代の男性と結婚して、きっと職も夢もない人生を過ごす。
 
 そんな未来を想像したら、ゾッとした。
 
「誰でもこの世界に入れるわけじゃないんですよ」
 
 うつむいて考え込んでいたら三木さんに声をかけられ、私は顔を上げる。
 
「そうなんですか?」
「はい、人生をやり直したいと思っている人だけなんです」
 
 視線を上げると、三木さんのアンバーの瞳と目が合った。
 
 人生をやり直したい……。
 たしかに、私はそう思ってた。
 
 職も夢も彼氏もお金も何もない、失敗ばかりの人生をやり直したいって。いつも逃げてばっかりの自分を変えたいって。
 
 それなのに、また逃げるの?
 せっかく目の前にチャンスがあるのに?
 また無職に逆戻り?
 
「やり、直したいです。人生を変えたいです、私」
「それなら、やりましょう。過去は変えられませんが、未来は変えられます。ハッピーエンドを迎えて、一緒に無職を回避しましょう」
「……はいっ」
 
 怪しいし、訳の分からない状況。断って、無難な会社に再就職出来るようにがんばった方が良かったのかもしれない。
 
 それでも、気がついたら私は頷いていた。
 だって、きっとこれが人生を変える最後のチャンスだと思ったから。
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