どんな選択肢を選んでも失敗エンドを迎える現代学園物乙女ゲームのヒロインになりましたが、ハッピーエンドを目指したいと思います!

春音優月

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6話 始業式

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「杏~、いつまで寝てるの? 早く起きないと、学校に遅れるわよ」
 
 気持ち良く寝てたのに、お母さんの大声で目が覚める。
 
 学校? 高校も大学もとっくに卒業したはずなのに、お母さん何言ってるんだろ。
 
「杏! いい加減に起きなさい。始業式から遅刻なんてダメよ」
 
 何を言ってるのか全く分からないけど、部屋の外からしつこく名前を呼ばれ、しぶしぶ身体を起こす。
 
 机の上に置いてあったスマホをチェックすると、「四月六日 七時半」と表示されていた。
 
 四月六日……? だったかな?
 引きこもりニート期間が長いせいか、時間や曜日の感覚が鈍くなってるんだよね。
 
 日付やお母さんの発言に違和感を覚えながらも、ベッドからおりる。そのとき、何気なく見た鏡にうつった自分の姿に驚き、二度見してしまう。
 
「ん? ……え!?」
 
 見覚えのないピンク色のチェックのパジャマ。
 胸の辺りまであるピンクブラウンの髪は昨日までバサバサだったはずなのに、艶々になっている。可もなく不可もない、何の特徴もない顔立ちはそのままだけど、だいぶ幼く見える。
 
「え、え? 何で?」
 
 顔を触ってみたら、明らかに昨日までとは弾力が違う。まるで十代の時みたいな触り心地。
 
 何でこんなことに……? 夢?
 そもそも昨日は荷物をまとめて会社に行って、それから三木さんと話して……。
 
 あれ? 昨日っていつ寝た?
 三木さんと話して、ゲーム機を渡された後の記憶がない。
 
 
 わけがわからないまま、一階に降りていく。
 
 キッチンに立っているお母さんの後ろ姿に「おはよう」と声をかける。すると、お母さんがくるりと振り向いた。
 
「やっと起きたのね。あら、まだパジャマなの? 早く制服に着替えないと、朝ごはん食べる時間なくなるよ」
 
 そう言ったお母さんは明らかに昨日までよりも若返っていて、私は言葉を失ってしまう。お母さんまで……。
 
 どうなってるの?
 
 しばらく呆然と突っ立っていたと思う。そんな私に、お母さんは訝しげな視線を向けてきた。
 
「いつまで寝ぼけてるの。早く支度しなさい」
「う、うん……」
 
 どうなってるのか聞きたかったのに。お母さんがあまりに急かしてくるので、聞けなかった。
 
 促されるままに朝ごはんを食べ、顔を洗い、二階のクローゼットにかけてあった制服に着替える。
 
 白いフリルのついた紺色のスカートを履き、白のYシャツを着て、赤いリボンを結ぶ。最後に、紺色のブレザーを羽織った。
 
 この制服って、私がつい最近やってた乙女ゲームの学園のものだよね。そうなると、……。
 
 制服を着て考え込んでいたら、また下から「杏~!」とお母さんに大きな声で呼ばれ、家から追い出されてしまった。
 

 
 早く学校に行けって言われても、どこに行けばいいんだろう。今さら家の中にも戻れないし。
 
 困っていると隣の家のドアが開き、玄関から誰かが出てくる。
 
 赤色のネクタイをしめている男の人は、私と同じ紺色のブレザーを着ていた。じっと見ていると、彼と目が合う。
 
 ミルクティーベージュの猫っ毛、猫みたいにきゅっと目尻の上がったアンバーの瞳。たしかに知っているはずの彼は、私が知っている男の人よりも少しだけ雰囲気が幼い。
 
「三木さん……?」
「おはようございます」
「おはようござ……じゃなくて、高校生の制服なんか着て何やってるんですか」
 
 顔色一つ変えずに挨拶なんかしてきたから、つい私も普通に挨拶しそうになってしまった。どう考えても呑気に挨拶なんてしてる場合じゃないよね。
 
「花井さんだって着てるじゃないですか」
 
 そう指摘され、少し恥ずかしくなってしまう。
 ブレザーを着るのなんて十年振りだよ。
 
「う……っ。これは、そうじゃなくて……。って、制服の話がしたいんじゃないんです。何で、私も三木さんも若返ってるんですか?」
 
 話の途中でそんな場合じゃないんだったと思い出し、三木さんに詰め寄る。三木さんは猫みたいな目をわずかに細め、ため息混じりにこう言った。
 
「高校生として生活してもらうと言ったはずですよ」
「そう、ですけど。でも、こんな、まるで本物みたいな……。どうなってるのか全然分からないです」
 
 VRにしても、こんなにリアルに感じるものなの? 歩いたり触ったり、食べたり、人と話をしたりする感覚も、現実みたいにはっきりしている。
 
 こんなの、なりきりプレイとかVRの範疇を完全に超えてるよ。
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