もしもいつも通りの明日が来なかったとしても

春音優月

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Stage2 始動

story19 普通の女の子としての最後の時間

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 翌日、御堂先生に手術を受けることにしましたと伝えると、数時間後には手術が決行されることになってしまった。
 
「手術を受けてサイキックとして目覚めたら、途中で任務を放棄することは許されません。
そして、これは一番大事なことですが、これから行う手術は必ず成功するとは言い切れません。全て納得頂いていますね」
「はい」
 
 手術室に入る前、その扉の前で御堂先生にいくつか注意事項を伝えられ、最後の確認にも迷いなく頷く。
 
 私の片手には手術前の準備のための点滴が刺されていて、手術用の服にも着替え、肩の辺りまである髪の毛は白い被り物に全て入れている。
 
 手術を受ける準備は万全で、手術室の中ではきっと看護士さんたちが準備をしてくれている。
 
 ここまでお膳立てされた状況で今さら引き返すことなんて出来ないし、私なりに覚悟を決めてきたつもり。
 
 この扉を開けて、私は自分の未来を切り拓く。
 
 いよいよ運命の扉を開けようとしたその時、慌ただしく誰かが走ってきて、未来へ進む第一歩があっさりと阻まれてしまう。私たちの方に近づいてきたのはブレットで、彼は御堂先生に頭を下げた。
 
「Dr. Mido,sorry for bothering you when you are so busy. Can't you talk to her a little?(御堂先生、お忙しいなか申し訳ありません。少しだけ彼女と話す時間を頂けませんか?)」
 
 御堂先生にそうお願いした後、私の方を見たブレットと視線が合う。話って、私と? 昨日の今日で気まずいんだけど、何の話なんだろう……。
 
「Here you go. Then I will remove.(どうぞ。それでは、私は外しますね)」
 
 御堂先生が私たちと少し離れたところに行くと、ブレットが私との距離を詰める。
 
「You decided to have surgery.(手術受けることにしたんだな)」
「Yes.I don't know if it will succeed, but I'll do what I can.(うん。成功するかは分からないけど、やれることはやってみるよ)」
 
 ブレットから聞かれたことを肯定すると、彼はひとつ頷いた後、私から視線をそらした。
 
「I see. That ... I'm sorry yesterday.I said insensitive without thinking about your feelings.(そうか。その……昨日は悪かった。お前の気持ちも考えずに無神経なことを言った)」
「NO! That's not true.I think I said something more insensitive. I'm sorry,…… and thank you.(そんんなことないよ! むしろ私の方がずっと無神経なことを言ったと思う。ごめんね、……それから、ありがとう)」
 
 謝らなきゃいけないのは私の方なのに、ブレットの方から謝られちゃった。すぐに私も謝罪とお礼を伝えたけれど、ブレットは一言それに返事をしただけで、会話が続かなくなってしまう。
 
 話したいことはたくさんあるはずなのに、言葉が出てこない。
 
「お話中のところ申し訳ないんですが、そろそろよろしいでしょうか」
 
 結局ブレットとはそれ以上会話が弾むことはなく、御堂先生に手術室に入るよう促されてしまった。先生たちの時間の都合もあるだろうし、いつまでも話し込んでるわけにもいかないよね。
 
 じゃあ、とブレットに軽く頭を下げて手術室の中に入ろうと背を向けた瞬間、後ろからミナ!と呼びかけられた。
 
「Don't have to think about when you failed. Be sure to live and meet again!(失敗した時のことは考えなくていい。必ず生きてまた会おう!)」
 
 振り向くと、ブレットがまっすぐに私を見つめていて、なんだか胸がいっぱいになる。
 
「うん……!Thank you, Brett. I was happy to come to see you.(ありがとう、ブレット。会いに来てくれて嬉しかった)」
 
 昨日のことで嫌われたかもしれないって思ってたのに、わざわざ手術前に会いにきてくれて嬉しかった。そう素直に伝えると、ブレットは軽く手を上げる。
 
 ありがとう、ブレット。
 私は、生きるよ。
 
「それでは、いきましょうか」
 
 御堂先生に声をかけられて手術室に入ると、中では看護士さん二人が待っていた。手術台の上に寝転ぶようにとの指示に従うと、しっかりと体を固定される。
 
 固くて冷たい手術台の上で仰向けになっていると、いよいよだと感じて緊張してきた。
 
 今が、私が普通の女の子でいられる最後の瞬間なんだね。次に目を覚ましたら、私はサイキックとして戦わなければいけない。
 
 もしも大人たちに利用されているだけだとしても、どんなに残酷な現実が待っていたとしても、それでも戦わなくちゃいけないんだ。
 
 こうすることでしか、私の未来を切り拓く方法はないから。だから、……。
 
 手のひらを握って天上の丸いライトを見ていると、感慨にふけっている暇もほとんどなく、マスクのようなものを被せられた。
 
「ゆっくり息を吸ってー、吐いてー……」
 
 御堂先生の指示通りに呼吸していると、しだいに天井がぼやけてくる。
 先生と看護士さんたちの話し声がやけに遠く感じるなぁ。目の前の銀色のライトもだんだんぼやけて……。
 
 ———意識が、遠ざかっていく……。
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