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月に叢雲花に風 6
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「言わなかった私も私なんだけど。この感想文の宿題、点数はつけないから。」
感想文提出後、最初の授業で横橋先生がそう宣言した。
またも教室がざわっとする。我が校で、成績に関係しないことに興味を抱く人間は、どれほどいるのだろう?
こんな事を言ってしまったら、次回からの提出者は激減するのではないだろうか?
「ただ、本を読む事や、その時思った事を書き起こしておくっていう事は、国語能力の向上にはもちろん、今の年齢の自分というのを知って、成長していくためにはとっても役立つ事だから。受験勉強の生き抜きにやってみて。今回、皆、かなりきちんとした、優良な感想文ばかりだったけど。あとで自分が読み返して、自分の本心を知ることが出来るような感想文を期待してるわね。」
横橋先生はそう言い残すと、教室を出ていった。
あとで読み返して…
なんて、今まで思ったことなかった。そもそも読書感想文って返ってくる事はないのではないだろうか?夏休みなどの宿題でコンクールに出すくらいでしか書かないのが読書感想文だ。
賞を取れば皆の前で読まされたり、本に載せられる事があるだろうけど、普通は2度と目にする事は無いもののような気がする。
先生が読み返して、と言うということは、あれ、返ってくるんや。
などと思っていたら、目の前に、それこそ先日提出した原稿用紙がポンと置かれた。今日の日直が、各生徒の席に配っているところだった。
返ってくるの、はや。まぁ、点数付けやんのやったら、適当に読んだだけか…
と、何気なく手に取ってみる。
自分が書いた文章の後ろに、細かい文字で何か書き込んである。
パッと隣の席の男子を見ると、彼も感想文の最後に書き足されたであろう、先生からの文章を目で追っている所だった。
先生、全員にわざわざ返事かいたわけ?すごいな。
ここでは返事を読む気にならなかったので、とりあえずファイルに挟み、机にしまう。
すると、前から美咲がパタパタとやってきた。
「先生からの返事、あった?」
いきなりニコニコしながら聞いてくるので、やや脱力してしまう。
「うん、あったみたいやけど、まだ見てへんよ。美咲はなんか書いてあったん?」
その前に、美咲は本を読み終えたのか?が気にはなったけど。
「あったで!ちょっと途中でつまらんくなって読めんかったから、そう書いて出したんやけど。」
美咲のこういうところが怖い。読まなかった上に、それをそのまま素直に書いてしまうとか、ちょっと中々出来ることではないと思うけれど。
「先生、なんて?」
美咲は一旦明日菜をみて、それから原稿用紙に目を落とす。
「読めなかった、という記録を残すのは良いことだ、ってさ。それがその時の自分には必要なかったって事だから、数年後に読みたくなるかどうか、楽しみだ、か…。で、次は夏目漱石の夢十夜をよんだら?だってさ。短編で、夢の話だから、面白いよ、だって。えー、夏目漱石って、こころでしょ?あれは、キツい。」
読めなかった、事に対して何とお説教がつくのかと思えば、それを記録しておく事を良い、とは新しい着眼点だった。読めない事が悪いわけで、読めない理由に気を払うなんて事、今までなかったけど。興味が向かないって事は必要がないから、というのは確かに納得かもしれない。
「美咲、夏目漱石は明るい時と暗い時があって、こころ以外は結構ユーモラスだったりするよ。夢十夜は、夢をそのまま書いてるから、ユーモラスとも違うけど、幻想的?みたいな。短いしいいかも。」
美咲は、へー、じゃ、借りてみようかな…と言いながら、原稿用紙を折り畳んだ。
「先生、一人一人にこんなん書いとったら、めちゃくちゃ大変やったやろーなぁ。」
ポケットからポッキーの袋を取り出して、それを1本口にくわえ、もう1本を明日菜の口に差し込んだ。
あ、高級なやつだ。めっちゃチョコが分厚い。
自分への先生からの返事がすごく気にはなったけど。誰かのいる所で読むのは、美咲の前でも嫌な気がして、とりあえず、家に帰るまでは読むのを待つ事にした。
感想文提出後、最初の授業で横橋先生がそう宣言した。
またも教室がざわっとする。我が校で、成績に関係しないことに興味を抱く人間は、どれほどいるのだろう?
こんな事を言ってしまったら、次回からの提出者は激減するのではないだろうか?
「ただ、本を読む事や、その時思った事を書き起こしておくっていう事は、国語能力の向上にはもちろん、今の年齢の自分というのを知って、成長していくためにはとっても役立つ事だから。受験勉強の生き抜きにやってみて。今回、皆、かなりきちんとした、優良な感想文ばかりだったけど。あとで自分が読み返して、自分の本心を知ることが出来るような感想文を期待してるわね。」
横橋先生はそう言い残すと、教室を出ていった。
あとで読み返して…
なんて、今まで思ったことなかった。そもそも読書感想文って返ってくる事はないのではないだろうか?夏休みなどの宿題でコンクールに出すくらいでしか書かないのが読書感想文だ。
賞を取れば皆の前で読まされたり、本に載せられる事があるだろうけど、普通は2度と目にする事は無いもののような気がする。
先生が読み返して、と言うということは、あれ、返ってくるんや。
などと思っていたら、目の前に、それこそ先日提出した原稿用紙がポンと置かれた。今日の日直が、各生徒の席に配っているところだった。
返ってくるの、はや。まぁ、点数付けやんのやったら、適当に読んだだけか…
と、何気なく手に取ってみる。
自分が書いた文章の後ろに、細かい文字で何か書き込んである。
パッと隣の席の男子を見ると、彼も感想文の最後に書き足されたであろう、先生からの文章を目で追っている所だった。
先生、全員にわざわざ返事かいたわけ?すごいな。
ここでは返事を読む気にならなかったので、とりあえずファイルに挟み、机にしまう。
すると、前から美咲がパタパタとやってきた。
「先生からの返事、あった?」
いきなりニコニコしながら聞いてくるので、やや脱力してしまう。
「うん、あったみたいやけど、まだ見てへんよ。美咲はなんか書いてあったん?」
その前に、美咲は本を読み終えたのか?が気にはなったけど。
「あったで!ちょっと途中でつまらんくなって読めんかったから、そう書いて出したんやけど。」
美咲のこういうところが怖い。読まなかった上に、それをそのまま素直に書いてしまうとか、ちょっと中々出来ることではないと思うけれど。
「先生、なんて?」
美咲は一旦明日菜をみて、それから原稿用紙に目を落とす。
「読めなかった、という記録を残すのは良いことだ、ってさ。それがその時の自分には必要なかったって事だから、数年後に読みたくなるかどうか、楽しみだ、か…。で、次は夏目漱石の夢十夜をよんだら?だってさ。短編で、夢の話だから、面白いよ、だって。えー、夏目漱石って、こころでしょ?あれは、キツい。」
読めなかった、事に対して何とお説教がつくのかと思えば、それを記録しておく事を良い、とは新しい着眼点だった。読めない事が悪いわけで、読めない理由に気を払うなんて事、今までなかったけど。興味が向かないって事は必要がないから、というのは確かに納得かもしれない。
「美咲、夏目漱石は明るい時と暗い時があって、こころ以外は結構ユーモラスだったりするよ。夢十夜は、夢をそのまま書いてるから、ユーモラスとも違うけど、幻想的?みたいな。短いしいいかも。」
美咲は、へー、じゃ、借りてみようかな…と言いながら、原稿用紙を折り畳んだ。
「先生、一人一人にこんなん書いとったら、めちゃくちゃ大変やったやろーなぁ。」
ポケットからポッキーの袋を取り出して、それを1本口にくわえ、もう1本を明日菜の口に差し込んだ。
あ、高級なやつだ。めっちゃチョコが分厚い。
自分への先生からの返事がすごく気にはなったけど。誰かのいる所で読むのは、美咲の前でも嫌な気がして、とりあえず、家に帰るまでは読むのを待つ事にした。
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