月に叢雲花に風

つきねこ

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月に叢雲花に風 3

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ベッドにうつ伏せに転がって、肘で体を支える。この体制は本を読むのにはいいけど、長時間続けていると腕や肩が痛くなるのが難点なんよな…。
そんな事を思いながら、とりあえず、横橋先生の貸してくれたというか、置いていった本を、枕の上に置いてみた。
詩集なんて、今までちゃんと読んだ事はない。
本は割と何でも読む方だ。いわゆる文豪と言われる作家の物から、古典、流行り物、ファンタジー、童話、神話、ライトノベル、エッセイと目について気になれば、とにかく読む。
ただ、詩集に関しては、ちょっと気恥ずかしさがあると言ったらいいのか…
以前、ボードレールの悪の華をちらっと読んで、私のような凡人にはその陶酔型の美しさは入っていけん、と諦めた。
それ以来、詩集は興味を持つことがなかったのだけども。

詩かぁ…でも、先生が貸してくれたんやからな、読まずに返すんはちょっとなぁ

適当に何個か読んで、返しちゃうかなぁ、なんて考えながら、中をのぞいてみる。四部構成になっているようだ。
井伏鱒二自身の創作詩は、井伏鱒二の詩集なのだからあって当たり前だが、ちょっと気になるのが訳詩という部分だ。
海外の詩を訳しているんかな?
創作の中に、訳を載せるってのは作家としてどうなんやろ?
とやや気にかかる。

そうなると、やっぱりちょっと見てみたい気持ちになり、ちょっと見てみる事にした。
ドリトル先生の訳もやってたしなぁ…なんて
思いながら、適当にパラパラと進めていく。

すると、ある一文が目に飛び込んでき。

あぁ、井伏鱒二だったんだ…とピンとした空気の膜に覆われてしまったような気になった。

「サヨナラ」ダケガ人生ダ

良く聞く言葉だと思う。意味深で、本当はどんな意味の文なんやろ?と、長く気になりながら、でも、誰に聞くでもなく、そのままになっていた言葉。

そうか、ほんまはカタカナやったんや…

訳詩は、英語などの詩ではなく、漢詩を井伏鱒二がかなり彼流に訳したものだった。
どれも独特な彼の世界観が反映されていて、元の作者も驚いたろうなぁと思うものが沢山あった。
中には漢詩の訳なのに、アサガヤアタリとか、出てくるのには苦笑しつつも、井伏鱒二のファンになってしまいそうだ。
本当に漢詩を自分として楽しんでるのがありありと分かる訳だ。

ああ、でも。やっぱりこの訳詩は格別…

干武陵という人の「勧酒」を訳したのが、例の「サヨナラ」ダケガという詩だった。

元の詩の訳は実は知っていた。
戦争に行く友達とお酒を酌み交わす歌だったと思うけど。
この金の盃を君に勧める、といった始まりだ。
でも、知っていて、なお、今までこれがサヨナラ…とは繋がらなかったのだ。
それだけ、井伏鱒二の訳は自由だ。テストなら、まず点はもらえないだろう。

ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

花が咲く頃には風が吹く。
ああ、本当に、今この瞬間にも私たちは嵐にさらわれてしまうのかもしれない。
まだ高校2年、来年は普通に3年生になっているはずだけど。そして、卒業して、大学に行ったり行かなかったり…
そんな事、どれだけ予定を立てたって、誰にだって保証なんかできっこない。それを証拠に、一昨年の私たちが、今の状況を想像だにしなかったでしょう?

厄除け詩集の厄除けは、厄除けお守りのように持ち歩いて欲しいの意味だそうだ。何となく義務感とプレッシャーで開いた本だったけれど、気がつくと没頭していた。創作詩も、なんとも切なさとおかしさが混ざった不思議な呑気さで、何度も何度も読み返してしまう。

はっと時計を見ると、丁度12時になったところだった。
これは、もう、兄は帰ってこないだろう。ご飯を食べるか食べないかくらいの連絡はよこして欲しいもんだ。
残った夕飯は、明日のお弁当にする事にして、私はそのまま布団に潜り込んだ。
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