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月に叢雲花に風 1
しおりを挟む春を過ぎ、そろそろ初夏とはいえ、まだちょっと寒い日が続いている。
長く伸ばしたカーディガンの袖に、両手をすっぽり隠して、でもスカート丈は諦めない私たちは、古い図書室の効かない暖房に閉口していたとは思う。
「寒すぎへん?ここ。だいたい、なんで毎月こんなん書かなあかん訳?」
昼休みも終わり間近。
美咲は、大きな声でわぁわぁと文句をいいたてた。
私はこれこれ、とたしなめながら、静かにするように促した。
先程から、寒いだの、面倒だの、わいわい騒いでいる美咲だけど、まだ、読む本さえも決まっていないようだ。
「なんでもええんちゃう?とにかく、毎月やし。とりあえず何か読んで書いとけば。」
私は、すでに借りるつもりの三冊を近場の机の上に置くと、美咲の見ている棚を覗き込んだ。
ノンフィクションのコーナーだ。
ちゃんと読み切れるのか?もっとゆるい感じのいわゆるライトノベルとかのタイプの方が良さそうな気もするけど。
まぁ、私の意見を美咲が聞くことはないであろうから、その意見はとりあえず仕舞い込んでおく。
それから、しばらくわあわあ言いながらも、本を探して、結局、美咲は芸能人の誰やらが書いた暴露本みたいなのを選んだ。
暴露本に対して、どんな感想を書くのか、個人的にかなり興味は湧く…。
私は、前から読み続けているシリーズ物の最新刊と、題名が情緒的で気になった物と、お気に入りの作家のまだ読んでいなかった物を借りた。とりあえず、これで三ヶ月分の読書感想文は、クリアだ。
四月になり、新しいクラスに変わるには変わったが、クラスのメンバーはそう大きく変わらなかった。
もともと望む進路によって決めた選択科目でクラスが別れているのだから、メンバーが変わらないのは当たり前といえば当たり前なのだが。
そんな中、現代国語の先生は変わった。
なんとなく学年毎に決まった先生が、毎年そのまま持ち上がりになる中で、私たちのクラスは、去年までは見たことのなかった先生になった。
横橋先生。
多分30代前半?ちっちゃな背で、目が大きな女の先生。天パーなのか、髪はふわふわしていて、前髪もクセがある。年齢としてはどうかと思うけど、不思議としっくりくるポニテの事が多くて。そのくるくるしたテールを、私は密かに、リスっぽいと思っていた。
そんな横橋先生は、四月の最初の授業で、クラスの連中、男子からも女子からも、かなりのブーイングを食らった。
4月の最初の授業に現れると、自己紹介もそこそこに「5月から3月まで、毎月読書感想文を出してねー」(本当に軽いテンションでこう言った)という宿題を言い渡したからだ。
毎月、一つ。
遅れたら次の月でもいいから、とにかく一年で、11冊の本を読み、読書感想文を書け、という事。
それはそれは、すごいブーイングだった。しかし、もう何年もやってきているのであろう横橋先生は、全く動じる事なく、ニコニコと笑って、さっさと騒ぎの収拾をつけ、ぱっぱと授業を始めてしまった。
全くお見事だった。
そして、もう5月に入ってしまった訳で。
普段から本を読む私には余裕の宿題だったけど、普段全く読まない、つまり全く読書に興味がなく、かつ余裕のない美咲に付き合って、貴重な昼寝タイムの昼休みに、図書室での本選びに付き合っているのだ。
読書感想文なんて、決まった型にはめてポンポンと書いちゃえばいいんだから、悩む事なんて、まずないでしょうに…。なんとも、つまんない宿題だわ。
そう思って、ふっと顔を上げた時だった。ちょうど、隣の棚に現れた、その件の横橋先生と目があったのだ。
おっ…と。
思わず、顎をひく。不意打ち過ぎて、知らん顔が出来なかった。
「あら。」
先生はちょこちょことこちらへ近づいてくると、何か借りるの?と言いながら、隣に収まった。
やっぱ、リスっぽい。
「あー、そうですね。宿題用に。」
横橋先生は、満面の笑みを浮かべて、あらあらあら、と言った。
「そうなんだー。それじゃ、宿題用にはならないかもしれないけど、面白いの紹介してあげる。」
そう言って、一冊の本をポンと渡して来た。
いや、宿題用にならないのを渡すって、変なことを言うなぁ、と思わず先生を見返してしまった。
「だって、明日菜さん、本好きでしょ?」
ちょっと、衝撃だった。
まず、教師という職業は、親しさや距離感に関係なく、人の下の名をすぐに平気で呼べるものだ、ということ。
そして、横橋先生、なぜ、私が本好きと知っているのだろう?
「それ、私の本だから、返すのはいつでもいいよー。」
そう言って、先生は肩をポンポンと叩くとちょこちょこと行ってしまった。ポニーテールが勢いよく左右に揺れていた。
残された形で、手に渡された本を見ると、
井伏鱒二「厄除け詩集」と書いてある。
井伏鱒二って、山椒魚の?だよね。あ、あとドリトル先生の翻訳もそうだったかなぁ…。しかし、厄除けって、なんなんだ?
ぼーっと眺めていると、チャイムの音がして現実に引き戻される。
「やば、予鈴やん。」
私と美咲は、急いで教室に戻った。
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