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駆けぬける青春
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リノオリエ学園高等部三年A組トモカ・ブレイド。
彼女は高校受験によってリノオリエ学園高等部に入学した編入入学組である。彼女自身がリノオリエ学園に対するあこがれを持っており、受験はここ一本にしぼっていた。そして見事に合格。夢の、という表現は大げさかもしれないが、明るい高等部生活が待っているはずであった。
確かに初めはまわりが見ず知らずの者ばかりでとまどいもあったが、最初のクラス編成でコダマとその悪友であるマチルダと同じクラスとなり、席がマチルダの隣になったこともあって、最初にマチルダに声をかけられた。性格や趣味は全く異なるのであるが、あれこれと話をするうちに意気投合し、そこからクラス全体にもなじむことができた。
成績はそこそこ優秀くらいであるが、部活である陸上部では中距離ランナーとして台頭し、地区大会ではトップクラスの走りを見せた。性格は控えめなほうで出しゃばることはあまりせず、こつこつと努力するタイプである。
入学して三か月が過ぎ、友人も増えてこれから本当に楽しい学園生活を過ごす日々となるはずであったが、トモカは悲劇に襲われた。
夏休みに一家総出で父の実家であるタバン州ヒルメイジ市に向かう高速バスに乗っていた。父の実家にはほぼ毎年夏休みに行っているなじみの所であり、祖父母とも仲が良く、当地の友人もいる。そんな当たり前の行事を楽しく過ごすはずであったが、そのバスで交通事故が起こった。
バスが峠のややコーナーの多い地点にさしかかったとき、天候が急変して霧が発生し、前方で発生した追突事故を避けようとしたバスが横転してしまったのだった。幸い、バスの乗客に死者こそ出なかったが、負傷者は多数。トモカの両親と弟は軽傷で済んだが、トモカは左腕と左足を骨折する重傷を負った。特に左ひざのダメージは深刻で、後遺症が残る危険もあった。
しかし、トモカは夏休みの残りを治療に専念し、学園への復帰を夏休み終了後一週間で成し遂げたのだった。これには学園の障害者対策も寄与している。建物そのものがバリアフリー構造がとられており、車椅子に対応したスクールバスの送迎もある。トモカももちろん、最初は車椅子での登園であった。
だが、この時まだトモカはあせりが大きかった。早く治して陸上に復帰するという思いが強すぎて、かなりピリピリしていたのがまわりにもわかった。さすがに周囲に当たり散らすようなことはなかったが、あまり親交の深くない友人はトモカを避けるようになっていた。治療に集中するのと同じ熱意で学業にも挑んでいたトモカは、その二学期の学期末試験でトップの成績を収めるまでになる。だが、左ひざの調子は上がらず、車椅子を離れることはできたが、陸上部に復帰するにはまだまだ遠いように感じられた。この時、友人と呼べる関係であったのは、マチルダとコダマだけになっていた。
コダマ自身にも悩みがあった。カーを継ぐ資格としての術師としての力量は充分にあり、治療にも用いられる呪術系の魔法も多数習得していただけに、トモカを助けたい気持ちでいっぱいだったのだ。だが、この時コダマは学園において自分だけで魔法を使用することを禁じられていた。禁止したのは学園側ではなく、師であり祖母であるタマルであった。当時の当代カーのシズルも、母であるマリカもそのことに同意していた。
コダマはまだ十五歳。大きな力を持っているとはいえ、実際に魔導師として動くためには多くの経験が必要であり、他からの指導なき時に魔法を用いることは害にしかならないという考えからだった。また、魔導師として活躍している各人が通って来た道でもあった。ちょっとした傷の手当といった応急的なものは校医の指導の下で何度か行なったことはあるが、トモカの治療は長期的な目で見なければならないし、そもそも学園ではなく病院の範疇のものである。病院には熟練の優れた呪術師がいる。経験の浅いコダマの出番はないのである。
そういったコダマの悩みもトモカに伝染してしまったのか、二人がぶつかってしまったことがある。だがその二人を助けたのがマチルダだった。普段は何事にも楽天的で何も考えていないようにも見えるマチルダであるが、お互いが相手を思うゆえに相手の得意分野にまで踏み込んだ言葉になってしまったことを指摘し反省を促し(そこに至るまでに多少実力行使的な行為もあったのだが)、二人の仲が裂けてしまうことを回避したのだった。
その日を境に、トモカに余裕が出始めた。ピリピリとした雰囲気が薄れ、治療に熱心なのは変わらなかったが、またまわりとも笑顔で話し出すことができるようになった。若干成績は落ちてしまったが、それはトモカが新しい目標を見つけて、そちらに勉強の時間を割いていたためだった。トモカは自分のその経験を活かして、トレーナーとしての勉強を始めたのだった。
二年生に進級したとき、トモカは松葉杖からも離れて、ゆっくりと自分の足だけで園内を歩けるようになっていた。学園へはまだスクールバスを使っていたが、部活にも復帰していた。無論、まだ走ることはできなかったが、マネージャー兼トレーナーとして自分のできることに動いていたのだ。
そして三年生となった今では、マネージャーの仕事は後輩に任せて、トレーナーとして、またランナーとしての復帰も目指して、ゆっくりであるがトラックを走る姿を見ることができるまでに回復した。通学もスクールバスではなく、自転車や徒歩で行なっている。また今回のケガの経験は登園している障害者へのアドバイスや補助に役立っており、中等部以下の児童、生徒からはやさしいお姉さんとして評判も高くなっている。
「自分、車椅子を使うんは初めてやろ」
トモカは今、中等部に向かっていた男子の車椅子を押しながら話しをしていた。
「は…はい」
「タイヤで漕ぐんは危ないで。確かにその方が力は入りやすいんやけど、手ぇ挟むこともあるんでな。手ぇまでケガしたら目ぇも当てられへんで」
「せやけど、リング使てたら、速う行けへんもんやさかい」
「速うなくてええねん。そんために通路はちゃあんと整備されとるし、スクールバスの出迎えもあるやろ。焦る気持ちはようわかるわ。ウチもそうやったからなあ。せやけど、焦っても治るんは余計に遅なるだけやで。友達はな、同じ速さで行けんからって下に見たりはせんて」
トモカは中等部の入り口で車椅子を離した。その子が納得したかどうかはわからないが、それでもトモカの見える内ではトモカのアドバイスに従っていたようである。
「おはようさん。やさしい、お・ね・え・さ・ま」
「なんや、マチルダかいな」
「ええなあ。「友達は同じ速さで行けんでも下に見たりはせんて」。かーっ、名セリフやんかあ」
「じゃかあしいわ。そういう心ない一言がウチの繊細なハートをえぐりよるんやで」
「褒めたったのにい。ウチの友人を思う心が伝わらんとは。ああなんてひゃっこいハートの持ち主なんやろ。トモカはぁ」
「まだ言うか。この口、この口が言いよるんか」
「いでででで。かんにん、かんにん」
マチルダもトモカも笑顔でじゃれあっている。という間に始業のチャイムが鳴った。
「やばっ。遅刻してまうで」
「待たんかいゴラァ。友達がいのないやっちゃでホンマ」
その二人の後ろからもけたたましい足音が近づいてきた。
「遅刻、遅刻ー!」
「コダマもかいな」
「ウチらホンマ」
「「「アホやなあァ」」」
(了)
彼女は高校受験によってリノオリエ学園高等部に入学した編入入学組である。彼女自身がリノオリエ学園に対するあこがれを持っており、受験はここ一本にしぼっていた。そして見事に合格。夢の、という表現は大げさかもしれないが、明るい高等部生活が待っているはずであった。
確かに初めはまわりが見ず知らずの者ばかりでとまどいもあったが、最初のクラス編成でコダマとその悪友であるマチルダと同じクラスとなり、席がマチルダの隣になったこともあって、最初にマチルダに声をかけられた。性格や趣味は全く異なるのであるが、あれこれと話をするうちに意気投合し、そこからクラス全体にもなじむことができた。
成績はそこそこ優秀くらいであるが、部活である陸上部では中距離ランナーとして台頭し、地区大会ではトップクラスの走りを見せた。性格は控えめなほうで出しゃばることはあまりせず、こつこつと努力するタイプである。
入学して三か月が過ぎ、友人も増えてこれから本当に楽しい学園生活を過ごす日々となるはずであったが、トモカは悲劇に襲われた。
夏休みに一家総出で父の実家であるタバン州ヒルメイジ市に向かう高速バスに乗っていた。父の実家にはほぼ毎年夏休みに行っているなじみの所であり、祖父母とも仲が良く、当地の友人もいる。そんな当たり前の行事を楽しく過ごすはずであったが、そのバスで交通事故が起こった。
バスが峠のややコーナーの多い地点にさしかかったとき、天候が急変して霧が発生し、前方で発生した追突事故を避けようとしたバスが横転してしまったのだった。幸い、バスの乗客に死者こそ出なかったが、負傷者は多数。トモカの両親と弟は軽傷で済んだが、トモカは左腕と左足を骨折する重傷を負った。特に左ひざのダメージは深刻で、後遺症が残る危険もあった。
しかし、トモカは夏休みの残りを治療に専念し、学園への復帰を夏休み終了後一週間で成し遂げたのだった。これには学園の障害者対策も寄与している。建物そのものがバリアフリー構造がとられており、車椅子に対応したスクールバスの送迎もある。トモカももちろん、最初は車椅子での登園であった。
だが、この時まだトモカはあせりが大きかった。早く治して陸上に復帰するという思いが強すぎて、かなりピリピリしていたのがまわりにもわかった。さすがに周囲に当たり散らすようなことはなかったが、あまり親交の深くない友人はトモカを避けるようになっていた。治療に集中するのと同じ熱意で学業にも挑んでいたトモカは、その二学期の学期末試験でトップの成績を収めるまでになる。だが、左ひざの調子は上がらず、車椅子を離れることはできたが、陸上部に復帰するにはまだまだ遠いように感じられた。この時、友人と呼べる関係であったのは、マチルダとコダマだけになっていた。
コダマ自身にも悩みがあった。カーを継ぐ資格としての術師としての力量は充分にあり、治療にも用いられる呪術系の魔法も多数習得していただけに、トモカを助けたい気持ちでいっぱいだったのだ。だが、この時コダマは学園において自分だけで魔法を使用することを禁じられていた。禁止したのは学園側ではなく、師であり祖母であるタマルであった。当時の当代カーのシズルも、母であるマリカもそのことに同意していた。
コダマはまだ十五歳。大きな力を持っているとはいえ、実際に魔導師として動くためには多くの経験が必要であり、他からの指導なき時に魔法を用いることは害にしかならないという考えからだった。また、魔導師として活躍している各人が通って来た道でもあった。ちょっとした傷の手当といった応急的なものは校医の指導の下で何度か行なったことはあるが、トモカの治療は長期的な目で見なければならないし、そもそも学園ではなく病院の範疇のものである。病院には熟練の優れた呪術師がいる。経験の浅いコダマの出番はないのである。
そういったコダマの悩みもトモカに伝染してしまったのか、二人がぶつかってしまったことがある。だがその二人を助けたのがマチルダだった。普段は何事にも楽天的で何も考えていないようにも見えるマチルダであるが、お互いが相手を思うゆえに相手の得意分野にまで踏み込んだ言葉になってしまったことを指摘し反省を促し(そこに至るまでに多少実力行使的な行為もあったのだが)、二人の仲が裂けてしまうことを回避したのだった。
その日を境に、トモカに余裕が出始めた。ピリピリとした雰囲気が薄れ、治療に熱心なのは変わらなかったが、またまわりとも笑顔で話し出すことができるようになった。若干成績は落ちてしまったが、それはトモカが新しい目標を見つけて、そちらに勉強の時間を割いていたためだった。トモカは自分のその経験を活かして、トレーナーとしての勉強を始めたのだった。
二年生に進級したとき、トモカは松葉杖からも離れて、ゆっくりと自分の足だけで園内を歩けるようになっていた。学園へはまだスクールバスを使っていたが、部活にも復帰していた。無論、まだ走ることはできなかったが、マネージャー兼トレーナーとして自分のできることに動いていたのだ。
そして三年生となった今では、マネージャーの仕事は後輩に任せて、トレーナーとして、またランナーとしての復帰も目指して、ゆっくりであるがトラックを走る姿を見ることができるまでに回復した。通学もスクールバスではなく、自転車や徒歩で行なっている。また今回のケガの経験は登園している障害者へのアドバイスや補助に役立っており、中等部以下の児童、生徒からはやさしいお姉さんとして評判も高くなっている。
「自分、車椅子を使うんは初めてやろ」
トモカは今、中等部に向かっていた男子の車椅子を押しながら話しをしていた。
「は…はい」
「タイヤで漕ぐんは危ないで。確かにその方が力は入りやすいんやけど、手ぇ挟むこともあるんでな。手ぇまでケガしたら目ぇも当てられへんで」
「せやけど、リング使てたら、速う行けへんもんやさかい」
「速うなくてええねん。そんために通路はちゃあんと整備されとるし、スクールバスの出迎えもあるやろ。焦る気持ちはようわかるわ。ウチもそうやったからなあ。せやけど、焦っても治るんは余計に遅なるだけやで。友達はな、同じ速さで行けんからって下に見たりはせんて」
トモカは中等部の入り口で車椅子を離した。その子が納得したかどうかはわからないが、それでもトモカの見える内ではトモカのアドバイスに従っていたようである。
「おはようさん。やさしい、お・ね・え・さ・ま」
「なんや、マチルダかいな」
「ええなあ。「友達は同じ速さで行けんでも下に見たりはせんて」。かーっ、名セリフやんかあ」
「じゃかあしいわ。そういう心ない一言がウチの繊細なハートをえぐりよるんやで」
「褒めたったのにい。ウチの友人を思う心が伝わらんとは。ああなんてひゃっこいハートの持ち主なんやろ。トモカはぁ」
「まだ言うか。この口、この口が言いよるんか」
「いでででで。かんにん、かんにん」
マチルダもトモカも笑顔でじゃれあっている。という間に始業のチャイムが鳴った。
「やばっ。遅刻してまうで」
「待たんかいゴラァ。友達がいのないやっちゃでホンマ」
その二人の後ろからもけたたましい足音が近づいてきた。
「遅刻、遅刻ー!」
「コダマもかいな」
「ウチらホンマ」
「「「アホやなあァ」」」
(了)
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