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初っ切り
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イン伯爵主催、第四回イン領剣術祭り、闘技大会壮年の部第一試合。
クリオステル・インvsハーバート・オーラ(仕込み)←(本当に「仕込み」の言葉が垂れ幕やパンフレットに書かれていたらしい)
闘技大会が行われる闘技場は、隣接して三ヶ所設けられていたが、今闘技場に立っているのは中央の第二闘技場にいる二人だけで、周りは大勢の観客で埋め尽くされている。
「元王宮団剣士長の剣技とくと味わうがいい。老齢と舐めてかかると辛酸を舐めるは貴様の方ぞ」
イン伯爵は剣を地に立て大見得で言い放つ。すっくと立つその姿は今年六十六歳になるとはとても見えない。イン伯爵が、元王宮団剣士長であるのは、ここにいる皆の知るところである。
「人を貴様呼ばわりする無礼は目をつぶってやろう。まあ、年寄りの冷や水ってもんの見本にしてやるわ」
ハーバートは、しゃがんで剣を肩に抱えたまま言を返す。この姿勢の方がよっぽど無礼だと思うのだが。対するハーバートも、イン伯爵と同世代の王宮団剣士で、後に紹介するが、その特技ゆえの異名を持つ高名な剣士である。当然のことながら、この場に集まる人の中でハーバートを知らぬ者はほとんどいない。やや恰幅のある体になっているが、剣を構える姿勢を見れば、怠けてなどいなかったのは一目瞭然である。
「それでは第一試合を始めます。両者、剣を捧げて礼」
審判が二人の間に立ち、礼を促す。そして闘技場の外に出る。二人は剣を捧げて、剣士の正式礼をとる。
「はじめ」
二人はまず軽く剣を合わせてから、一歩後退。そして剣技が始まる。
二回、三回と剣が打ち合わされる。最初に仕掛けたのはイン伯爵。ハーバートの剣撃を受け流し、ハーバートの体勢が少し崩れたところにすかさず、強烈な斬撃を見舞う。しかしハーバートは片足を軸にして体を半回転ひねり、体の位置を瞬時に変える。そして必殺の突きを放つ。イン伯爵はわずか半歩のステップで、体すれすれのところで突きを回避。右上上段から袈裟懸けの一撃を見舞う。ハーバートはこれを真っ向、剣で受け止める。剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。互いに体の前で剣を構えた力の押し合いが始まる。しかし、互角と見た二人は同時に剣を引き、後ろへ跳ぶ。
観客から拍手喝采が巻き起こる。二人の剣の迫力に圧倒されるばかりである。それもそのはずで、今二人が行なったのは、王宮団剣技の上級剣技で「天、三の形」と呼ばれているものである。実戦用の高度な形である。
「ふん、なかなかやりよるではないか。だが、勝負はこれからだ」
イン伯爵は剣を最上段に構えて、斬りこもうとしたが、何か足元がおぼつかない。フラフラしたり、片足ケンケンになりながら、段々と後退してゆく。
「おっとっとっ」
「どこまで行くんだ~」
イン伯爵は闘技場の端近くまで行ってやっと止まった。肩で息をしている。
「ぬうっ、わしをここまで追いつめるとは」
「いや、何もしてないって」
会場から笑いが起こる。これからしばらくはこのパターンが続く。
イン伯爵は二歩ばかり戻って、再び剣を最上段に持って行こうとした。
「グキッ、こ、腰があっ」
セリフに「グキッ」まで入れるのは如何なものかという向きもあったのだが、財前、会場からも若干失笑が漏れる。イン伯爵は腰を押さえ、片膝を着いた。
「おいおい、大丈夫か?」
ハーバートは「なぜか」剣をその場に置いて、イン伯爵のもとへ駆け寄る。しかし伯爵、ハーバートが近づくと卑怯にも突きの不意打ちを見舞った。
「とう」
「うわあっ」
ハーバートは何とか突きをかわすものの、尻もちを着いてしまう。すかさずイン伯爵は軽やかに立ち上がる。
「ぐはははは! 騙されよったなあ。わしを年寄りと舐めてかかるからこうなるのじゃ。最早貴様に残された道はただ一つ、死あるのみじゃ!」
観客のあちこちから、ブーイングが起きる。しかし、ブーイングをしている人たちの顔も何か楽しげだ。
「うわー、なんて悪役なセリフ~」
「うるさいわ。さあ貴様の命も最早風前の灯火。念仏でも唱えるがいいわ」
イン伯爵がまたも剣を最上段に構える。今度は微塵もふらつくこともない。
「あ、うちはカリスム教なんで、念仏じゃないんだけど」
「うん? そうか? な、ならば…ええい面倒。貴様の信じる神に祈るがいい」
「あ、カリスム教の場合は神じゃなくって…」
「やかましい! とにかくその体勢では反撃もかなうまい、やあっ!」
イン伯爵の剣を持つ手に力がこもる。ハーバートは尻もちを着いたままで、片膝だけ立てている。
「何の。奥義、真剣白刃取り!」
会場の数カ所から「おおー」といった歓声がわき起こる。ハーバートは剣士となった後に、各国をめぐり、剣の修行をしていた。その中でジプルヤンニで習得したのが、この真剣白刃取りである。そして「無刀の剣士」という異名を持つほどの技のキレを誇っていた。後年になって、ハーバートは真剣白刃取りを後世に伝えようとしたが、まともに使いこなせる者は現れず、セイオウにおいては、彼一代切りの技となってしまった。今でもセイオウにおいて、まともな真剣白刃取りを見せることができるのは、ハーバートのみである。
ハーバートはその不安定な体勢のままで、両手を繰り出す。その素早さは昔日のキレのままだ。そして顔面の斜め上で、パァンと手が合わされ、ものの見事に剣を受け止めて…
いない。
イン伯爵の剣は動き出したばかりで、まだまだ繰り出されていなかった。
「早い早い」
「あ、早かった?」
「もう一回な」
「おう。もう一回な」
今回の見せ場、大技を見られるかと緊張が走っていた会場が一気に緩み、あちこちでくすくすと笑いが起こる。
「その体勢では、反撃もかなうまい。やああっ!」
「何の。真剣白刃…」
「ばっさあぁ~」
「ぎゃあああ!」
今度はハーバートの手がまだ頭の横にあるあたりで、イン伯爵の剣は振り下ろされてしまった。わはははと会場に笑いが走る。
「今度は遅いわ! ハーバートよ、その腕なまったか」
「いやオラなまっでなんかねえだ」
「腕じゃ腕~! て、切られてなかったか」
「ぎゃあああああ、てえ、そろそろ真面目にやんねえ?」
「いや、もう一つネタがあるんだが」
「みんなちょっと引いてるって」
二人してぐる~っと大げさに周りを見わたす。確かにちょっと微妙な雰囲気ではある。
「真面目にいこか」
「そうしよか」
イン伯爵はひとつセキ払いをして続ける。
「その体勢では反撃もかなうまい! たああっ!」
イン伯爵の今度の斬撃は前2回のものよりはるかに速く、強烈だった。
「何の。真剣白刃取り!」
ハーバートの手もそれに負けることのない速度で応戦する。ばしいっ!とハーバートの手が合わせられた時、イン伯爵の剣が見事にとらえられた。
わああっという歓声が場内を満たす。
実際には切れる事のない刃引きの剣を用いているとはいえ、材質はそのままの剣である。素人が下手に真似をしても、あの剣速ならば、たとえ受け止められたとしても骨折は免れないであろう。まさに「無刀の剣士」たる技のキレは健在であった。
ハーバートは剣を挟んだままで、じわじわと起き上がり剣を奪いにかかる。しかし、イン伯爵も自分の剣に固執せずに、体勢を崩される前に自ら剣を手放し、ハーバートが放置していた剣を手にする。
ここからまた剣撃の応酬が始まる。今度二人が行なっているのは、「天、降竜」という式典用、観劇用の形である。とはいえ、体捌きや剣速は上級者でなくば再現することはできない。また、観劇用であるため、その迫力と流れの美しさは、実戦用の形の比ではない。時間も先に見せた「天、三の形」に比べて長い。
観客から自然と手拍子がわき起こる。観劇用の形である故に、このような観戦者の参加も可能なのだ。
そしてまた二人の剣が打ち合わされ、動きが止まる。手拍子が止み、あたりが静寂に包まれる。
「時間です」
審判からの声がかかり、試合は終了。
余談であるが、本来の「天、降竜」の終わりはこのような形ではなく、これはこの大会用のアレンジである。
二人は握手、剣士の礼をして互いの健闘を褒め称える。勝敗は引き分け。この大会において引き分けは両者とも負け扱いで、次の試合には進めない。ただし、引き分けが適用されるのは基本的にこの仕込み試合だけで、他の試合は多数の審判員によって厳正に勝敗が決定されるようになっている。素人参加の大会であるとはいえ、イン伯爵はそういう点には決して手は抜かない。
「それでは二十分後より各闘技場においてトーナメントを開催します。出場者のご家族の方、関係者の方には優先席を設けてありますので、予め渡してあります優先席観戦券をご提示下さい。観戦中の注意事項ですが…」
さて、これからが試合の本番である。
(了)
クリオステル・インvsハーバート・オーラ(仕込み)←(本当に「仕込み」の言葉が垂れ幕やパンフレットに書かれていたらしい)
闘技大会が行われる闘技場は、隣接して三ヶ所設けられていたが、今闘技場に立っているのは中央の第二闘技場にいる二人だけで、周りは大勢の観客で埋め尽くされている。
「元王宮団剣士長の剣技とくと味わうがいい。老齢と舐めてかかると辛酸を舐めるは貴様の方ぞ」
イン伯爵は剣を地に立て大見得で言い放つ。すっくと立つその姿は今年六十六歳になるとはとても見えない。イン伯爵が、元王宮団剣士長であるのは、ここにいる皆の知るところである。
「人を貴様呼ばわりする無礼は目をつぶってやろう。まあ、年寄りの冷や水ってもんの見本にしてやるわ」
ハーバートは、しゃがんで剣を肩に抱えたまま言を返す。この姿勢の方がよっぽど無礼だと思うのだが。対するハーバートも、イン伯爵と同世代の王宮団剣士で、後に紹介するが、その特技ゆえの異名を持つ高名な剣士である。当然のことながら、この場に集まる人の中でハーバートを知らぬ者はほとんどいない。やや恰幅のある体になっているが、剣を構える姿勢を見れば、怠けてなどいなかったのは一目瞭然である。
「それでは第一試合を始めます。両者、剣を捧げて礼」
審判が二人の間に立ち、礼を促す。そして闘技場の外に出る。二人は剣を捧げて、剣士の正式礼をとる。
「はじめ」
二人はまず軽く剣を合わせてから、一歩後退。そして剣技が始まる。
二回、三回と剣が打ち合わされる。最初に仕掛けたのはイン伯爵。ハーバートの剣撃を受け流し、ハーバートの体勢が少し崩れたところにすかさず、強烈な斬撃を見舞う。しかしハーバートは片足を軸にして体を半回転ひねり、体の位置を瞬時に変える。そして必殺の突きを放つ。イン伯爵はわずか半歩のステップで、体すれすれのところで突きを回避。右上上段から袈裟懸けの一撃を見舞う。ハーバートはこれを真っ向、剣で受け止める。剣と剣が激しくぶつかり合い、火花が散る。互いに体の前で剣を構えた力の押し合いが始まる。しかし、互角と見た二人は同時に剣を引き、後ろへ跳ぶ。
観客から拍手喝采が巻き起こる。二人の剣の迫力に圧倒されるばかりである。それもそのはずで、今二人が行なったのは、王宮団剣技の上級剣技で「天、三の形」と呼ばれているものである。実戦用の高度な形である。
「ふん、なかなかやりよるではないか。だが、勝負はこれからだ」
イン伯爵は剣を最上段に構えて、斬りこもうとしたが、何か足元がおぼつかない。フラフラしたり、片足ケンケンになりながら、段々と後退してゆく。
「おっとっとっ」
「どこまで行くんだ~」
イン伯爵は闘技場の端近くまで行ってやっと止まった。肩で息をしている。
「ぬうっ、わしをここまで追いつめるとは」
「いや、何もしてないって」
会場から笑いが起こる。これからしばらくはこのパターンが続く。
イン伯爵は二歩ばかり戻って、再び剣を最上段に持って行こうとした。
「グキッ、こ、腰があっ」
セリフに「グキッ」まで入れるのは如何なものかという向きもあったのだが、財前、会場からも若干失笑が漏れる。イン伯爵は腰を押さえ、片膝を着いた。
「おいおい、大丈夫か?」
ハーバートは「なぜか」剣をその場に置いて、イン伯爵のもとへ駆け寄る。しかし伯爵、ハーバートが近づくと卑怯にも突きの不意打ちを見舞った。
「とう」
「うわあっ」
ハーバートは何とか突きをかわすものの、尻もちを着いてしまう。すかさずイン伯爵は軽やかに立ち上がる。
「ぐはははは! 騙されよったなあ。わしを年寄りと舐めてかかるからこうなるのじゃ。最早貴様に残された道はただ一つ、死あるのみじゃ!」
観客のあちこちから、ブーイングが起きる。しかし、ブーイングをしている人たちの顔も何か楽しげだ。
「うわー、なんて悪役なセリフ~」
「うるさいわ。さあ貴様の命も最早風前の灯火。念仏でも唱えるがいいわ」
イン伯爵がまたも剣を最上段に構える。今度は微塵もふらつくこともない。
「あ、うちはカリスム教なんで、念仏じゃないんだけど」
「うん? そうか? な、ならば…ええい面倒。貴様の信じる神に祈るがいい」
「あ、カリスム教の場合は神じゃなくって…」
「やかましい! とにかくその体勢では反撃もかなうまい、やあっ!」
イン伯爵の剣を持つ手に力がこもる。ハーバートは尻もちを着いたままで、片膝だけ立てている。
「何の。奥義、真剣白刃取り!」
会場の数カ所から「おおー」といった歓声がわき起こる。ハーバートは剣士となった後に、各国をめぐり、剣の修行をしていた。その中でジプルヤンニで習得したのが、この真剣白刃取りである。そして「無刀の剣士」という異名を持つほどの技のキレを誇っていた。後年になって、ハーバートは真剣白刃取りを後世に伝えようとしたが、まともに使いこなせる者は現れず、セイオウにおいては、彼一代切りの技となってしまった。今でもセイオウにおいて、まともな真剣白刃取りを見せることができるのは、ハーバートのみである。
ハーバートはその不安定な体勢のままで、両手を繰り出す。その素早さは昔日のキレのままだ。そして顔面の斜め上で、パァンと手が合わされ、ものの見事に剣を受け止めて…
いない。
イン伯爵の剣は動き出したばかりで、まだまだ繰り出されていなかった。
「早い早い」
「あ、早かった?」
「もう一回な」
「おう。もう一回な」
今回の見せ場、大技を見られるかと緊張が走っていた会場が一気に緩み、あちこちでくすくすと笑いが起こる。
「その体勢では、反撃もかなうまい。やああっ!」
「何の。真剣白刃…」
「ばっさあぁ~」
「ぎゃあああ!」
今度はハーバートの手がまだ頭の横にあるあたりで、イン伯爵の剣は振り下ろされてしまった。わはははと会場に笑いが走る。
「今度は遅いわ! ハーバートよ、その腕なまったか」
「いやオラなまっでなんかねえだ」
「腕じゃ腕~! て、切られてなかったか」
「ぎゃあああああ、てえ、そろそろ真面目にやんねえ?」
「いや、もう一つネタがあるんだが」
「みんなちょっと引いてるって」
二人してぐる~っと大げさに周りを見わたす。確かにちょっと微妙な雰囲気ではある。
「真面目にいこか」
「そうしよか」
イン伯爵はひとつセキ払いをして続ける。
「その体勢では反撃もかなうまい! たああっ!」
イン伯爵の今度の斬撃は前2回のものよりはるかに速く、強烈だった。
「何の。真剣白刃取り!」
ハーバートの手もそれに負けることのない速度で応戦する。ばしいっ!とハーバートの手が合わせられた時、イン伯爵の剣が見事にとらえられた。
わああっという歓声が場内を満たす。
実際には切れる事のない刃引きの剣を用いているとはいえ、材質はそのままの剣である。素人が下手に真似をしても、あの剣速ならば、たとえ受け止められたとしても骨折は免れないであろう。まさに「無刀の剣士」たる技のキレは健在であった。
ハーバートは剣を挟んだままで、じわじわと起き上がり剣を奪いにかかる。しかし、イン伯爵も自分の剣に固執せずに、体勢を崩される前に自ら剣を手放し、ハーバートが放置していた剣を手にする。
ここからまた剣撃の応酬が始まる。今度二人が行なっているのは、「天、降竜」という式典用、観劇用の形である。とはいえ、体捌きや剣速は上級者でなくば再現することはできない。また、観劇用であるため、その迫力と流れの美しさは、実戦用の形の比ではない。時間も先に見せた「天、三の形」に比べて長い。
観客から自然と手拍子がわき起こる。観劇用の形である故に、このような観戦者の参加も可能なのだ。
そしてまた二人の剣が打ち合わされ、動きが止まる。手拍子が止み、あたりが静寂に包まれる。
「時間です」
審判からの声がかかり、試合は終了。
余談であるが、本来の「天、降竜」の終わりはこのような形ではなく、これはこの大会用のアレンジである。
二人は握手、剣士の礼をして互いの健闘を褒め称える。勝敗は引き分け。この大会において引き分けは両者とも負け扱いで、次の試合には進めない。ただし、引き分けが適用されるのは基本的にこの仕込み試合だけで、他の試合は多数の審判員によって厳正に勝敗が決定されるようになっている。素人参加の大会であるとはいえ、イン伯爵はそういう点には決して手は抜かない。
「それでは二十分後より各闘技場においてトーナメントを開催します。出場者のご家族の方、関係者の方には優先席を設けてありますので、予め渡してあります優先席観戦券をご提示下さい。観戦中の注意事項ですが…」
さて、これからが試合の本番である。
(了)
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