四大国物語

マキノトシヒメ

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外竜大戦篇

第四話乃六

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(小休止)
 お茶の歴史。これもまた歴史的発祥起源はエンガル王国であると言われている。だがこれは、かの世界三カ国時代の時の影響が多分にあり、実際には発祥とされている地は世界各地に存在する。確かに、かの世界三カ国時代のエンガル王国の遠征に紅茶を欠かさずに持って行き、先々で広めた経緯はある。
 しかし、例えばセイオウ王国であれば、エンガルの侵攻を受ける前からお茶の生産はバーズ侯爵の領地に集約され、国内ほとんどの供給をまかなっていた。ここに至るにも様々なごたごたはあったのではあるが。

 セイオウでのお茶は、王宮への献上品として苗が輸入されたのが始まりである。その苗から成長した木から株分けが行なわれ、お茶の生産は百カ所以上の地域で行なわれた。だが、増えすぎた生産のため、生産の抑制が行なわれようとした。しかし、お茶の木はおおもとが王宮の木であり、生産を止めることは基本的にタブー視されていた。さらにお茶の事業所も王宮御用達に準ずるものとして、まともに生産を行っていない所でも優遇されていたのだった。
 この問題に大鉈を振るったのが当時の貴族院で、セイオウ全土の六十五貴族が参画した一大プロジェクトであった。
 …というのは表向きの話である。この時期の貴族院はご多聞にもれず、ドロドロの底なし沼であり謀略の飛びかう魔窟であった。お茶の事業所の改革に乗り出したのは、貴族院筆頭のジュルブレイル公爵である。表向きの内容はこのようなものだった。
 お茶は王宮から株分けされた尊きものである。それをいいことに、まともな品質を保持できない所や、生産すら充分に行なっていない事業所が優遇措置によって不当な利を得ている。良い茶を作る所に行くべき予算が食い荒らされることで、お茶事業所全体の不利益、ひいてはセイオウの不利益につながっている。しかし、現状のままでは、各所に点在しすぎており、管理が難しい。よって、事業所を集約し、管理の徹底と生産地の狭小化による輸送費の削減を行なうこととする。
 至極もっともな内容である。本当にお茶とセイオウのことを思って行なわれた政策であるならば、ジュルブレイル公爵はお茶事業関連の救世主として歴史に名を残す身となったであろう。だが公爵の目的は違う所にあった。静かにその勢力を強めている貴族の一人を貶めるための謀略だったのである。その貴族とはバーズ伯爵家。
 ヒミリア・バーズ伯爵は五年前に、病没した先代に代わり、当時弱冠二十四歳で爵位を受け継いだ。それから五年の間に徹底して領民のための政策を奇策なしに執り行ってきた。それによって、結果的に領地は潤い、派手さは全くないが着実に力をつけてきたのであった。目立つ派手な政策、奇策、リスキーな短期間で効果をもたらす策に走る他の貴族には、いつの間にか追いつかれ、追い越されたことが面白くない。今更時間をかけた策を行なう事などできず、また妙な政策に走り、余計に力を落としてしまう者が続出した。これに待ったをかけようとしたのがジュルブレイル公爵だった。
 お茶事業所の集約地をバーズ伯爵領として、プライドばかり高い事業所の管理をさせて、力を落とさせようというものだった。バーズ伯爵が今まで基本政策のみ着実に行なっており、お茶事業所を廃止させる事などできないと踏んでいた。
 ジュルブレイル公爵の周りに一人でも人を見る目を持ち、公爵に進言する者がいれば、この政策は実施されていなかったかもしれない。

 だが、ヒミリア・バーズ伯爵の実は違った。彼はブレインとして理性的に理論的に互いに、そして伯爵にも意見を言い、さらに自分自身をも否定できる人物を揃えていた。
 今まで基本に忠実な政策を取っていたのは、それが最も効率的であるという結論から行なっていただけに過ぎない。どんな奇策、見た目に悪策であろうとも結果が良いものとなるなら、彼らに避けるべき理由はないのである。
 バーズ伯爵領は、お茶の栽培には必ずしも良い土地であるとは言えなかった。それもまたジュルブレイル公爵がこの政策を進めた理由でもあった。下手に良品を作られては困るのである。
 ジュルブレイル公爵は様々な理由をつけ、バーズ伯爵が断ることもできぬように、断れば特に王家の心象を悪くするように話を持っていったのだった。このあたりの悪知恵は凄まじく、あくまでバーズ伯爵が了承のもとに行なった形とさせたのである。
 これでジュルブレイル公爵はしてやったりであった。うまく行けば、力をつけてきているバーズ伯爵領をも取り込むことまで考えにあった。
 だが、その後のバーズ伯爵の方策は基本どころではなかった。領地にお茶事業所の集約が終わると同時に、まず事業所同士を争わせたのである。無論、暴力的にではない。周囲にある事業所との比較で、生産率、収益率の悪い所は遠慮なく吸収させていった。廃止でなく、合併吸収させたのである。政策的な行動による生産率等の数字が出る以前の段階での合併吸収も推奨した。
 策として他所を妨害するような事をすれば、妨害によって収益率の落ちた所を取り込むこととなるので、簡単に妨害工作はできない。収益率を上げ、品質を上げるため、事業所自身の技術も磨かれていった。そういった品種改良や生産効率上昇のための研鑽のためにはバーズ伯爵は援助を惜しまなかった。品種改良も進み、バーズ伯爵領でのお茶は、より品質も味も良くなり、生産量も少しづつであるが増していた。
 これに慌てたのは、ジュルブレイル公爵側の面々である。結果的に事業所を減らすのは潰すのと同じ、などという苦しい攻撃を仕掛けるも、バーズ伯爵の回答は、次のようなものだった。
「ジュルブレイル公爵も言われたように、まともな物を作っていない業者は、王家に弓引くと同じである。淘汰されてしかるべきである。それでも、私より良い策をお持ちであると言うのなら、喜んで領地ごと差し上げよう」
 引き受けられる者などいるわけがない。下手な手を打って、品質でも生産量でも落とすようなことがあれば、面目丸つぶれであり、そうなるには間違いなかったからでもある。
 結局、ジュルブレイル公爵自身もこれ以上の策を打ち出せず、バーズ伯爵の名声を高めるだけの結果となってしまった。お茶事業の改善の功労として、この時にバーズ家は侯爵の位を授けられることとなる。ジュルブレイル公爵家も起案者として栄誉を受けているが、その後は表舞台に立つことはなく、歴史の中でいつしか消えていった。
 ときにイン伯爵家は何をやっていたかというと、こういった文官系の策略には付き合うつもりもなく、他の武官系の貴族同様、高みの見物のつもりであった。ところが、バーズ伯爵の見事なまでの理論的言動及び行動は、わかりやすく痛快なものであったことから、バーズ家発案の評決の多くに賛同票を入れている。政策等には直接的な関わりを持たなかったが、いつの間にかバーズ伯爵側も無欲な粋な形での協力を知ることとなり、武官と文官の間柄ながら、長年の友好関係につながっていったのである。
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