四大国物語

マキノトシヒメ

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外竜大戦篇

第四話乃四

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 ワチベン共和国、ケイブ市の私立リノオリエ学園。歴史のある学園で、幼年部(幼稚園年代)から大学まで揃える一大総合学園である。当然敷地も広大で、設備も多彩に揃えられている。セレブ系の子弟も結構多いが、学園全体の雰囲気として、活動的でオープンな環境であるので、あまり気取ったような、人を見下すようなタイプの者には馴染めない。学年的な上下関係は礼儀的に存在するが、それでも互いに敬う心を忘れぬようにすることが学園の基本方針である。

 学園の高等部三年A組。授業が終わり、皆それぞれ所属するクラブや同好会に向かう。一方、そういった部活に参加していない、いわゆる帰宅部もいる。
「なあ、コダマ。今日なんか予定あるん?」
 コダマと同じクラスのマチルダが話しかけてくる。マチルダとは幼年部からの友人で、いわゆる幼なじみの間柄である。
「特になんもあらへんで。なんぞおもろいことでもあるん?」
「『ダサンド』に、えらいイケメンのニイちゃんがバイトに入ったんやて。行かん手ぇはないやろ」
「ほほう、それはスルーでけん話でんなあ」
「え、なんなん。ウチも行ってええ?」
「おートモカ、いこいこ。よっしゃ。ほならイケメン眼福ツアー、レッツらゴーや」
 リノオリエ学園には中等部、高等部から入学する者も多い。トモカは高等部になって学園に入学してきた一人だ。最初にマチルダと席が隣になり、すぐにコダマとも友人関係となった。
 繁華街に向かう道すがら、雑談に花が咲く。
「せやけど、今日はホンマまいったで。捕まるんはいつもの話として、いきなり説教かましてきてんねんで」
「なんや、また捕まっとったんかい。毎度毎度の事とはいえ、まあだコダマんこと知らんのがおるんや」
「中等部の三年。さすがに高等部では知らんのはおらんわ」
「つ、ついに中等部出てきよったかあ」
 トモカはこらえきれずに、笑い出す。
「そんで? 中坊に何説教かまされてん?」
「『わいにもうっかりな妹がおんねんけど、学部間違うようなことまではせえへんで。道迷うたんなら、周りにいるニイさん、ネエさんに聞いたら親切に教えてくれるさかいに、恥ずかしがらんとな』やって」
「説教うより、アニキの言動そのままやな」
「んで?」
「高等部に行くうたら、『お兄さんかお姉さんに用かいな。ほたら職員室行くんが早いやろ』で、職員室に連行や。ウチのうこと何も聞かへんねん。そいつ、ガタイは一丁前にデカイんで、なんもできんかったわ」
「あー、中等部も三年とかなったら、デカイのもおるからねえ」
「職員室で先生から、何べんウチが高等部の生徒や聞かされても、信じひんねんアイツ。もう火球術でぶっ飛ばしたろかおもたわ」
「物騒やなあ。コダマが火球術なんぞ使つこたら、職員室火の海やで」
「ま、今日は全面休養になっとるから、勘弁したったわ」
「休養やなかったら、やっとったんかい」
「せやなあ。100パーセントまでいかんけど」
「どんくらい?」
「九分九厘」
「ほとんどやないかい!」
「いやいや、九割一厘残っとるで」
「そんなんはいらんわ」
 そうこうする間に、三人は店に到着。ダサンドは大手チェーンの喫茶店である。メニューは豊富でリーズナブルな価格なので、この時間は下校途中の学生で賑わっている。三人は注文を済ませて、店内を見渡せる席に陣取り、ぐるりと見渡す。
「イケメンのニイちゃん、まだおらへんのかいな」
「マチルダ、目ぇなんか飢えとるでぇ。なんぞあったんかいな」
「よう聞いてくれはった。またや。またダメやったんやああ…」
「今年の撃沈四回目…やったっけ」
「よしよし。次こそええ人がめっかりますように」
「トモカ~おかあはんみたいや~おおきに~」
「誰がオカンやねん」
 と、不意にトモカがマチルダをばんばんと叩く。
「マチルダ、あれ、あれ。あん人見ぃや」
 マチルダはトモカの指差した方を見る。
「おおー! レベル高いやないかー」
 マチルダとトモカの正面に座っていたコダマからは、丁度背中向きになってしまっている。コダマは振り向いてその方を向いた。
「うひっ」
 パッとコダマは正面に向き直して、メニューを顔を隠すように開く。
「コダマなにしとるん?」
「しいっ! ここにウチはおらへん」
「あ、ニイちゃん、こっちんで」
 そのアルバイトの男性は三人の方へ歩いてくる。そして、三人の前で止まり、コダマの肩に手を置く。コダマはちょっとビクッとする。
「めっけ」
「…めっかっちゃった…」
「え? え? コダマの知っとる人?」
 アルバイトの男性はニッコリと話しかける。
「コダマちゃんのお友達?」
「同じクラスでぇす」
「コダマとどういったご関係で?」
「うーん、恋人?」
 マチルダとトモカ、手を握り合って、キャー、とか騒ぐ。
「ちゃうわ!」
「ちゃうのん?」
「ひっどいコダマちゃん。お互い一糸もまとわんと、おフロも一緒に入った仲やのに」
「おおおおおー」
「そらまだ、ウチが二つか三つの頃の話やろが」
「…あれ? もしやして、コダマの話によう出てくる、イトコの兄やん?」
「ピンポーン、大正解。ほな、正解者の皆には、これをプレゼント」
 胸ポケットから何かチケットを出した。
「5%割引券? しょぼっ」
「コダマがいらんのやったら、ウチがもろとく」
「いらんうとらんわ。しょぼいうただけや」
「イトコの兄やんて、確か三人おるんよね。どの人なん?」
 コダマの従兄弟、つまりシズルの子供である。シズルは早くに結婚し、子宝にも恵まれ、男の子を三人もうけた。マリカが結婚したのは、シズルが三人目がお腹の中にいる時で、三人目が産まれ、その後マリカも懐妊し、コダマが産まれたわけである。
 ここでアルバイトをしているのは三男のユウマである。
「ケイブ総科大学でっか? エリートはんやんかぁ」
「せやけど、なんでアルバイトしてはるんでっか? ヤマノさん家て、かなりお金持ちでっしゃろ」
「家が金持ちやからって、自由に使えるわけやないからね。欲しいもんがあったら稼がなあかん。ええ大学行かしてもろとるだけでも感謝しとるねん。それ以上はワガママやて」
 その時、後ろから咳払いが聞こえた。
「ごめんな。ちょお長話しすぎたわ。ほな、コダマちゃんをこれからもよろしうな」
 ユウマは取って返し、空いていたトレーや食器をテキパキと片付ける。動きに無駄が少なくきれいに見える…というか微妙になまめかしい?
「ユウマさん、カッコええやないか~」
「ズルい、コダマ。一緒におフロ入ったて」
「せやから、それはウチがちっさいときの話やっちゅうとんねん」
「今もちっさいやん」
「そうそう、せやから昨日も、って入るかー!」
「せやけど…」
 マチルダ、何か人差し指を立てて、くいくいっと、こっち来いの動きをする。コダマとトモカ、テーブルでマチルダと顔を付き合わせる体勢になる。
「ちょおおネエ入ってへん?」
 小声で話すマチルダ。
「マチルダ、わかるか~」
「言われると確かになあ」
 トモカも同意する。もちろん、小声で。
「今年んなって、段々おかしなってきてん。ようわけがわからんてなあ」
「なんか魔法でビャッとかでけんの?」
「やれたらシュッとやっとるわ。ウチやのうても、オバはんやババちゃんでもええやろし」
「うわー、三世代カーかいな。なんかこわなるなあ」
「それにそうゆうの、神統系やねん。ウチも使えるは使えよるけど、相性悪いねん」
「どうなんの?」
ねむうなる。ちゅうか、寝る」
「あかんやん」
「あかんねん」
 その時、外で何か騒がしい音がした。外を見ると、機動隊が列をなして走って行く。そして、そこに混じって、顔見知りがいたのをコダマは見逃さなかった。
「なにが起こってん?」
「外に出ん方がええで。ヤバいわ、かなり」
 コダマは席を立ち、カバンからリストバンドを出して装着する。魔法文字が描かれている。
「ユウマ兄やん、さっきん機動隊の中に魔術師二人おったわ。いきなり二人連れとるなんて、かなりの緊急事態や。応援がいるかもしらんで、行くで」
「うん、気ぃつけてな」
 ユウマはぽん、とコダマの頭を撫でるようにして見送る。
「兄やん、おおきに」
 ユウマも魔導師の資格を持っている。今コダマに魔力回復の魔法をかけたのだった。できればそういった魔法ではなく、自然に自分自身の回復を待つのが一番なのだが、昨日の訓練でかなり魔力を使っていて、充分に回復していない。そのため今日は休養日になっていたのだ。
「コダマがんばれー」
「けっぱりやあ」
 マチルダとトモカの声が聞こえた。コダマはグッとこぶしを握り、親指は立てて二人に突き出す。
 が、親指は下を向いている。
「逆や逆! なにボケかましとんねん!」
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