四大国物語

マキノトシヒメ

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外竜大戦篇

第四話乃一

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 セイオウにはミマスミナミセイオウアシビという、セイオウ固有種の低木がある。花は紫と赤のきれいなグラデーションとなるのだが、いかんせん形が悪く、植え込みくらいにしか使われない。他ではただ若木の頃に引っこ抜かれて捨てられる、一般的なサイズの雑木である。
 秋になると綿毛の付いた種を飛ばす、風媒木である。しかし、冬を越し、春になって芽吹いた新芽を馬が食べてしまうと、食中毒を起こす。この木の新芽は味がよく、馬以外(と言っても、馬も美味しいから食べてしまうのだが)の牛や羊などの草食動物はもとより、人が食べてもそこそこであり、料理レシピもいくつかあるのだ。馬以外には全く影響はないのだがこの木のために、セイオウでは馬が育たない。風に乗ってどこからともなくやってくる種を完全に駆除するのはまず不可能である。成長し30cmを越すあたりから毒はほとんどなくなるのだが、そこまで成長した物は、人間も含めてどの動物もほとんど食べることのないものと化す。
 野生で生えているミマスミナミセイオウアシビはセイオウ固有種であるため、広域的根絶的駆除は禁止されている。ただ、多くの場所に群生しているので一般的な駆除は問題ない。
 そんな中、そのミマスミナミセイオウアシビを植込みに使用した、一周600mのトラック競技場がある。セイオウ唯一の競馬場である。そんな木を使って競馬場を、と思われるであろうが、この競馬場で競馬が開催されるのは年に一回だけ。十月の「国王杯記念競馬」そのためだけの王族所有の、言わば私的設備なのである。国際的に有名な名馬による一週間の間の競馬によるお祭りである。競馬そのものはオープン開催で、安価な入場料だけで誰でも入場することができる。入場料や投票券ほかの収益は、プールされて来年の馬を呼び寄せるための費用となる。設備の運営、管理は全て王家の私的財産で賄われており、年一回のお祭りは、当然観光にも貢献している。
 この競馬場のセイオウアシビも当然、秋になれは大量に種を飛ばし、春は競馬場全体から新芽が芽吹く。
 これをどのように対処しているのかというと、実は一定期間、誰でも取り放題なのである。ルールは地面を荒らさないことと、取り合いによる争いをしないこと(王家の土地であるのだから、ロープを張ったり、柵を立てたりするのは論外)。それさえ守れるのであれば、業者がごっそり独り占めというのもアリなのである。
 これだけで九割がたの新芽は取り去られる。その次は王家所有の牛を放牧。その段階で99%取り尽くされてしまうのだ。残りは普通に人の手で処理すれば良い。別に多少育ってしまってからでも、遅くないのであるから。
 さて、この競馬場の隣には、もう一つ公営競技場がある。こちらはサイバリオ都営のものであるが、その形態は競馬場とはまるで異なる様相である。一言で言えば細長い。それに尽きる。幅3m×10コースのトラックが3セット。圧巻はその距離で、2000mに渡る直線のコースなのである。土地としての関係上、わずかなアップダウンがあるが、基本は平坦路である。このようなコースで何をやっているのか、それはこの競技場の名前を見れば一目瞭然である。
 都営サイバリオ中央競牛場。
 牛ーー!!
 そう、馬の育たないセイオウにおいては、農耕、運搬には牛が使われていた。当然のように競走馬ならぬ競走牛の発生もあったわけである。速く走るためにサラブレッドの改良が行われたように、セイオウでは、速く走るための競走牛の品種改良が進んだ。
 かの世界三カ国時代、セイオウを占領したエンガルの司令官が競走牛の美しいシルエットに目を白黒させた(なぜならその牛はホルスタインカラーだったから、という笑い話もある)という。
 竸牛レースはいまやセイオウでは一般的で、国内百カ所以上の公営竸牛場がある。
 竸牛レースのルールは簡単である。2000mの直線セパレートコースをただ一着目指して突っ走るだけ。競馬のような、一旦狙う相手の後ろにつくといったような駆け引きはない。隣のコースにいれば、並走して様子を見るということもできなくもないが、コース幅は3mもあるのだから、密着することはない。もちろん、他の牛の力量を考えて、どのようなペースで走るかという考えは必要となる。

 某日、都営サイバリオ中央竸牛場、第六レース、マキトシ王女記念。
 このレースには、マキトシ姫の持ち牛、ホンマニヨイワンワが出走する。
 貴賓席で観戦するマキトシ姫。今日はクリルも同席している。リンデンはマネージメントであちこちかけずりまわっていた。
 ファンファーレが鳴りわたり、レースが開始される。全頭いいスタートを切ったが、六コースのホンマニヨイワンワがグイグイとリードを広げる。先行逃げ切りの戦法のようだ。
「よっしゃあ! いったれやああ!」
 喉も張り裂けんばかりの大声で、マキトシ姫が声援する。マキトシ姫は牛券は買っていないし、誰かに買ってもらってもいない。単純に自分の持ち牛を応援しての声援である。マキトシ姫自身はギャンブルに興味はないのだが、姫のように何らかの関係者は投票券を買えないことになっている。法律や規則で決まっているわけではないが、競技の公平性を守る、自浄ルールである。
 1500mを過ぎて、二位の牛に一牛身半リード。差は変わらず、このまま逃げ切りかと思われたが、中盤四位くらいをキープしていた黒い牛が一気に二位の牛も抜き去り、トップに迫る。
「来たあっ!」
 今度はクリルが立ち上がる。
 残り300m、その黒い牛、ドウモスイマセンは更に差を詰め、差は半牛身だ。
「行けー、行けー! コータ行けー!」
「あかああん、けっぱれぇ!」
 残り100m、ついに牛身が並ぶ。ここでホンマニヨイワンワの操手がムチを入れる。ムチと言っても、合成皮革で牛の尾を模したもので、牛の背を撫でるだけなのだが、牛によってはスピードアップするから不思議である。
 並ばれそのまま抜かれるかと思われたホンマニヨイワンワだったが、ドウモスイマセンと同体で走り続ける。もうマキトシ姫もクリルも声援を忘れ、手を握り合ったまま、レースを映す画面を凝視している。
 そしてゴール!
 二人の目には同着、差はわからなかった。着順表示も、写真判定の表示が出たまま、なかなか決定しない。
「うう~どないなっとんねん」
「コータ、コータ」
 着順決定。
 一着:ドウモスイマセン
 二着:ホンマニヨイワンワ/角
 三着:アチャラカモクゼン/2.5
「勝ったあ~、コータえらい!」
つの差~? こんだけやないかいこんだけぇ」
 マキトシ姫は親指と人差し指をちょっとだけ広げて、そのままテーブルに突っ伏した。
「なぁ、クリル」
「何でしょう姫さま」
「コータってなんやねん」
「コータはドウモスイマセンの家にいた時の名前です。あたしが取り上げたんですよ、あのコは」
 クリルは左腕をグッと上げて右手を添え、ウインクしながら答える。
「あー、そら豪気やなあ」
 マキトシ姫はテーブルに突っ伏したまま、グリグリ動いている。
 その時、けたたましくドアが開いてリンデンが入ってきた。
「姫さま、何やってるんですか。今のレース、勝利杯授与は姫さまのお役目でしょう。あー! お化粧崩れちゃってるじゃないですか。早く直さなきゃ」
 リンデンはマキトシ姫の手を取って、メイク室に急ぐ。
「ちょ、ちょお待ってネエさん。なあクリルも行くやろ」
「いいんですか」
「ええがな、ええがな。そのほうがコータもうれしやろ」
「ありがとうございます」
「速くっ」
 メイクもきちんと直し、勝利杯授与に赴くマキトシ姫。牛主に勝利杯、操手にトロフィーを渡し、更に操手には勝者のご褒美に、ほっぺたにキス。若い操手は顔が真っ赤である。
 ドウモスイマセンことコータは、クリルから月桂冠を模した干し草をもらい、嬉しげにモーモーと鳴いていた。
 次のレースが始まった時、マキトシ姫はホンマニヨイワンワの牛房に行った。ホンマニヨイワンワはマキトシ姫になついており、鼻先を姫に近づける。姫は鼻先を優しくなでてやる。
「ええレースやったなあ。ムチの入れ方も完璧やったやろ」
「しかし、勝てませんでした」
 ホンマニヨイワンワの操手が悔しげに言う。
「しゃあないわ。今日はドウモスイマセンが一枚…いやその半分上手だったちゅうこっちゃ。これ見てみいや」
 マキトシ姫は操手に書類を渡す。
「あっ」
「コースレコードやて。六レースは第一トラックやったやろ。少しやけど、他のトラックより傾斜があるわな。それでもこの竸牛場のコースレコード叩き出したんや。あんさんとホンマニヨイワンワは、相性ええ。バッチリや。なあ、これに懲りんとまた乗ったってや」
 後ろでホンマニヨイワンワも、モーとひと鳴き。
「ほれ、せや言うとるわ」
「ありがとうございます」
 そしてこの操手は、後のレースでホンマニヨイワンワで三連勝。面目躍如と名誉挽回を果たしたのであった。

 しかし、話はこれで終わらなかった。その日の第十一レース、姫はやる事を終えたので、ちょっと遊び気分で、トラック近くの観客席に下りた。トラックを見ていたのでは、レースの一部しかわからず、結局は観客席の反対側にあるマンモスディスプレイを見ることになるのだが、目の前を走り抜ける迫力はやはりこたえられないものがある。
 第十一レースのファンファーレが鳴り、ゲートが開き、牛が走り出る。地響きに近い感じでどんどんと足音が近づいてくる。やはりこの迫力は貴賓席では味わえない。レースは四コースの牛が序盤で他を早くも三牛身差も離すスピードで走っている。
「何やっとんねん。あんなん絶対バテて失速するで」
 しかし、そういう展開にはならなかった。四コースの牛は右に曲がり始め、遂には隣のコースにはみ出す。
「どないしてん」
 この時点で四コースは進路規定違反で失格である。しかし、牛は止まらず、さらにコースをそれて、コース外に出てしまった。そのままマキトシ姫の近くの柵に激突! 観客席から悲鳴が上がる。
「危ない」
 とっさにクリルと私服SPがマキトシ姫をガードする。操手は勢いのまま、柵を越えて観客席まで転げ込んだ。あちこちをぶつけたらしく、頭から血が流れている。
「姫さま下がって」
 SPの一人が姫を後退させようと、操手に背を向けた時であった。
「あっ」
 わずかに叫んでSPは倒れてしまった。操手の手に銀色に光るものが握られていた。一瞬、それが刃物で、SPが刺されたのかと思ったクリルであったが、見ればそれはペーパーナイフ状のもので、刃はついておらず、先端も鋭くはなかった。
「スタンブレードか」
 要はペーパーナイフの金属部がスタンガンの電極になったようなものである。さすがに柄の部分は絶遠されているが、一枚のプレートに見える刃先は細かく電極が分かれており、突きつけたり、側面に触れさせるだけで効果がある。
 姫を狙ったテロかとも思ったクリルであったが、操手の目の色を見てその考えは変わった。左の腰に下げていた、短剣を抜く。この剣は刃引きで切れることはない。しかし、雷光剣の使い手が振るうとなると話は別だ。スタンブレードなら触れさせなければ効果はないが、雷光剣は電雷を放つ事ができる。長剣には及ばないが、殺傷目的でなければ充分な威力がある。
「閃光闘撃」
 実際には技の名前を言う必要はまったくないのだが、クリルもイルスタッドもそういう雰囲気が好きだということで、毎回、技の名前を叫ぶのである。
 電雷一閃。距離をとってはいるものの、周りにいる観客の事も考慮し、威力は抑えている。それでも正確に操手を捉えた電撃によって、操手は膝から崩れ落ちた。
「お見事です」
 SPの一人が倒れた操手を取り押える。威力を抑えたため、意識を失うまでには至らなかったが、抵抗できる状態ではなかった。
「姫様は?」
 クリルが振り向くと、SPに囲まれ出入口からホールに脱出しているところであった。クリルはこれがマキトシ姫を狙ったものではないことを確信していたので、SPに守られてあの位置まで下がれば安心である。クリルは取り押さえられた操手に近寄って、その目付きをもう一度見た。虚ろなままで、視点が定まらない。電撃を受けて気を失いかけているのとは、明らかに異なる様相だった。そしてこの目付きは、取り押さえたSPが見覚えがあった。
「バッド・ドラッグですね。解析術ならはっきりするでしょうが、ワイルド系(戦闘、興奮型)ではないかと思います」
「いつそんな物が? レース前には牛も操手も検査を受けるはずなのに」
 SPは操手の落としたスタンブレードを拾う。
「こいつも大問題ですよ。スタンブレードは当然ですが、武器にもならない本当のペーパーナイフだって持ち込みは出来ないはずです」
「一体何が…」
 この騒ぎのために、第十一レースは無効。違法薬物の使用、武器の持ち込みは警察捜査の対象とまでなり、第十二レース以降の全てのレースが中止となった。競技場としても大損害である。
 だがこれは、この王都サイバリオどころかセイオウ王国、さらには四大国とその周辺国家まで巻き込む事件の始まりに過ぎなかった。
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