四大国物語

マキノトシヒメ

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始まり

第二話乃六

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 ところで、コダマはもう一つの通り名というか、地元の人がほとんどその名の方で呼ぶ名前がある。
「いや、それは…ちょお待ってえな。地元ではまだええけど、公開するんはなあ…」
「なにうてんねん。みんな知っとるわ。ほれ恥ずかしがらんと」
 マリカがコダマのフードを下ろし、マスク部も下げる。そこから出てきた顔は、ぱっと目につくそのパーツ。ヒゲ?
「これはヒゲちゃう。これこそヤマノ家伝統の魔法補助印やねんで」
 ヤマノ家で開発された魔法補助印は、魔法文字を他とは異なる手法で用いており、特に秘密にもしてはいないのだが、外部に伝授もしていないので、実質的に門外不出となっている。
 その数二十種。すべてが解放術のカウンタートラップ対策のための防御印で、すべて鼻ヒゲ形態である。
 今コダマに描かれているのは、三型という初期に開発されたもので、トラップ攻撃を受けたときに瞬時に発動する。魔力の使用量もさほど多くないので、普段は描いたままになっている。形状はナマズひげ形態。カーとしてのピンナップやブロマイドで描かれているのは、ほぼこの印である。
 他にコダマが多用するのは、十一型と十九型である。
 十一型は半自動型で普段は微量の魔力を使い続ける、いわばアイドリング状態で、防御時に一気に効果を出すタイプである。その時に使う魔力は結構大きいが防御時の効果は強力で、九割方のトラップに対抗できる。カイゼルひげ形態。
 そして十九型は確認されているすべてのトラップに対抗できる効果を持った最新の補助印であるが、常時発動型。つまり描き上げた瞬間からフルに魔力が使われ、その量も非常に多い。よって、ストッパーなしに安易に描ける印ではない。どろぼうヒゲ形態。
 魔法補助印はほとんどの魔術師が印師に依頼するが、カーは自分で自分に描き上げる。これもまた、カーとしての資格の一つである。
 と、いうことで、親しみを込めて?地元の人は八代目カーを「ちっさいおっさん」と呼んでいる。
「誰がおっさんやねん! うら若き乙女をつかまえて、おっさんはないやろ」
「ええやん、ええやん。ウチなんか「変なおっさん」呼ばわりやったんやで」
「オバはんが変なんは、ずっとやないかい」
「せやけどなあ、凛々しかったんよ~。シズルちゃんのおヒゲ」
 まあ、そのように魔導師として活動しているときは、ヒゲ(魔法補助印)が描かれているものの、顔立ちは父親似で、目はクリッとしていて全体的に整っていてかわいらしい。
「いやいや、そんな褒めてもなんも出えへんで」
 が、十八歳女子高生には見えない。言ってはなんだが、中学生いや小学生でも通用しそうな顔だちである。
「じゃかあしぃわ!」
 親子ですねえ。

 ヤマノ家の魔導師としての家系の基盤を作ったのが、始祖ヤマノ・シャンタールで、初めてカーを名乗ったのが、シャンタールから七代目にあたる、ヤマノ・センホウである。このセンホウが、カンサイ大帝国に魔導師カーあり、と謳われた初代カーである。この栄誉により、カーの名はヤマノ家に受け継がれる名となった。センホウの直系の孫が、カウンタートラップに倒れたライデンで、ライデンは子供がおらず、ヤマノ家は弟のシンメイが継いだが、カーの名までは継がなかった。それから三世代にわたって、カーの名を継げる魔導師は現れなかった。
 四代目クミク、五代目ジスマンと経て、六代目タマルの時に「カーの毒消し」が開発された。
 タマルの時代に発見された魔石。魔石は魔力を蓄積できる石であるが、世間一般には用途は魔術師用ではなく、一般向けが九割以上を占めている。
 魔石は世界中どこからでも産出する無色透明の鉱石で、始めは水晶の代用も考えられたのだが、硬度と透明度は水晶に劣るため、安価な装飾品として売られていた。しかし、これに魔力を蓄積できることが発見され、さらに魔力を第一段階まで込めた乳白色の法石を持つと、魔術師でなくともクイズ等の選択回答の解答率が上がったり、探し物の感働きが良くなるようになった。このことから、魔石は爆発的に売れるようになり、今では小さな雑貨屋にも置かれているほどである。
 魔石の一般的な形状は楕円体で、直径と長さの比はおよそ1:3。これ以外の形状または、楕円体でも1:3の比を大きく外れるものは、変わり魔石と呼ばれている。ただし、魔力を蓄積する効能自体に変化はない。
 魔石は、産出した鉱石を楕円体にカット、研磨を行ない形を整える。その無色透明の物を三日ほど魔術師が身につけていると、色が乳白色に変化する。これが第一段階。一般的に様々な店の店頭に置かれている魔石である。
 この第一段階(この後の状態に特に数字で表される段階はない)の魔石をさらに魔術師が身につけていると、一週間で色は黄色になる。さらに続けて身につけると色は黄→橙→赤と変わってゆく。ただし、赤になるまでにカットや研磨による表面の微妙な傷や、内部の歪みによってどんどん割れてしまう。赤として残るのは通常で全体の5%。高精度のカット、研磨精製で有名なムラべ・カット製の物でも20%程度である。一旦割れてしまった魔石からは、魔力が拡散してしまい、使い物にならなくなってしまう。意図的に割っても同様である。
 六代目カー、タマルは魔石に魔力のみではなく、魔法を込めることを思い立った。様々な試行錯誤の結果、毒素限定の解放術を込めることに成功。さらにタマルの弟、カンフスが医薬会社、医療機器会社と共同で、込められた魔法を拡散させることなしに、魔石を粉砕する方法を開発した。これによって、体表近くにある毒素(虫刺されから、毒ヘビに噛まれた時の応急措置など)には直接振りかけたり、食中毒のような消化器内の毒素には服用することで対処できるものとなった。魔石そのものは、体表面でも体内でも変質しないので、使用後は洗い流せるし、服用したものは体内に留まることなくそのまま排泄される。この解毒用粉砕魔石は国際保健機関によって、効能が確認されて正式な医薬品として認定された。これが商品名「カーの毒消し」として薬品会社二社に卸され、目立つ商品ではないが、コンスタントに売れるロングセラー商品となっている。
 話が毒消しに行ってしまったが、魔石の話はまだ続きがある。
 赤くなった魔石のまだ先がある。ここまで魔力を込められた魔石は、もう魔術師が身につけている程度では、これ以上魔力は込められない。これ以上込めるためには、意図的に魔力を込める必要がある。魔石に魔法を使うイメージで魔力を込め続けて行くと、色は赤→赤紫→紫と変わる。この赤から紫に変わる時の生存率も5%程度である。かなりの貴重品と言える赤い魔石の95%がただの欠けた石ころになってしまうわけである。当然、紫の魔石を作る挑戦をする者もほとんどおらず、存在すれば、希少価値だけで、国の州、県の年間予算レベルの価値があると言われている。
 そして紫の魔石にさらに魔力が込められると、最後は黒になると言われている。黒い魔石というのは、もはや伝説的で、現存するものはなく、記録にもわずか三件だけしか残されていない。その内一件は記述が不明瞭なところがあり、本当に黒い魔石のことを書いてあるのかどうか、議論の的となっている。

 訓練を終えて、普段着に戻り、親子二人居間で一休み。
「オトンは今日も遅いて?」
「せやなあ。例のセイオウの遺跡調査の方がまだみたいやねん。有名な人ばっかり集めとってスケジュールが合わんて」
 そうこう話をしているときに、マリカの携帯電話が鳴る。
「噂をすれば、やなあ」
 コダマの父、ゼイナムからのものだった。
 ゼイナムはケイブ総科大学の歴史科で教鞭を取り、研究者としても高名である。特にアイネリア文明においては、ワチベンでの第一人者である。
 マリカと結婚するとき、姓はヤマノに変えたが、学者としては、旧姓のままのコダイを使っている。それまでに作成した論文や書籍の関係上のためである。

「コダマちゃん、あれはどうなっとるん?」
「ちょお待って。最近は見てなんだし…」
 コダマは何か服の下から、ごそごそと袋を取り出す。綺麗な柄の小さな巾着で、中から取り出したのは魔石が二個。どちらも橙色になっている。
「もうここまでなったら割れることはないやろね。きっとビックリすんねんで、二人とも」
「いろいろ楽しみやな」
 十八歳の誕生日、カーを襲名したその日から、コダマはこの魔石を身につけていた。首都オサにある様々な工芸品の匠の集まるミ・ナミ通りにある魔石加工販売のムラべ魔石に加工を依頼した十二個の魔石の生き残りである。この店は高精度加工で知られるムラべ・カットの直営店であり、店主はムラべの直系の子孫であり弟子である。
 コダマは赤い魔石になるまで身につけて、その赤い魔石を祖母と叔母、二人の前代カーに贈るよう考えていた。
「せやけど、喜んでもらえるやろか」
「心配あらへん。タマルさん…おばあちゃんは、普段素っ気のうしとるけど、みんなのこと、ちゃあんと好っきゃねんから。せやけど、シズルちゃんはなあ」
「もしやして、物はあかん?」
「ある意味あかんかもな。感激し過ぎて、何されるか、わからへんで。そうやねえ、でぃ~~~ーーーぷ、キッスくらいは覚悟しといて…」
「…やめとこかな」
 ヤマノ家に夕映えが当たり、静かな時間が過ぎていった。
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