四大国物語

マキノトシヒメ

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始まり

第二話乃四

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「このような感じですが…」
 言葉を続けようとしたフミヲを会長が止めた。
「ご期待には沿えなかったでしょうか」
「いいえ。全くその逆です。あなたは私も思わなかった、最高の答えを出して下さった」
「では、なぜ…」
 だがその時、またフミヲの脳裏に別のイメージが浮かぶ。今度は動きのある映像だった。そしてフミヲの目から涙がこぼれる。フミヲは思わず会長の手を離していた。
「どうしましたか」
「失礼しました。なんでもありません」
 フミヲは涙を拭う。見えたものはどのような言い方をしても良い内容にはできないと思ったので、黙っていた。
「単刀直入に伺います。あなたほどの魔術師がなぜ、このような占いを? それも先ほどアルバイトだと言われたが」
「魔術師…あたしが、ですか?」
「登録されていない?」
「いや、登録も何も、魔法なんて習ったこともないですし、別に習おうとも思いませんでしたし」
「あなたが先ほど答えを出されたのは、間違いなく魔法です。占術系の過去問術ですよ」
「ええ? いや、そう言われましても…。そういえば、学生さんにも魔法かとか言われたような」
 まだフミヲは、魔法を使ったという事にピンと来ていない。
 フミヲの出した答え。それは会長の非常に思い出深いものだった。会長が細君と結婚した当時は、会長(もちろん当時は何の役職もない)は中堅よりやや下程度の占術師で、収入もそんなに多くはなかった。当然、旅行など夢のまた夢といった状況である。彼は魔法の技量を高め、細君も働いて家計を助けていた。その甲斐あって結婚二十年目にして、占術師としての力量も持ち、協会においてゆとりある役職も得ることができ、細君も外に働きに出る必要はなくなった。その記念にやっと二人きりでの旅行に出かけた先にあったのが、桜の名所であるマナカスル街道で、その満開の桜の花の下で賞味した当地の名物がハルグンパイであった。
「でしたら、きちんとした指導を受けられた方がいい。何なら、私が指導してもかまいません」
「えーと、失礼ですが、どちら様なのでしょうか」
「これは申し遅れました。私、ザムテーク魔法協会で会長を務めさせていただいている、トラグ・ハローランと申します」
「会長さんですか」
「あなたはものすごい魔力をお持ちだ。しかも習得する意思もなかったにもかかわらず、自然にまた見事に魔法を使っておられる」
「いやあの、ちょっと待って下さい」
「アルバイトを続けられると?」
「まあ続け…ようにも、ここは今日で最後なんですけどねえ」
「なんですと!」
 もうそれからの会長、ハローランの押しはものすごいものだった。
「魔法協会の会長として、また占術師の端くれとして、このようなことを言うのはおかしいかもしれませんが、これは運命ですよ。もし一日違っていたら、私とあなたは出会うことはなかったかもしれない」
「わ、わかりました。わかりました。おまかせしますんで」
「おお、来てくださいますか」
「でも、使い物にならなくても知りませんよ。あ、その時はせめて協会の事務員くらいには使ってもらえませんか」
 こうしてフミヲは魔術師としては遅咲きの二十二歳で占術師となる。会長ハローランはもちろん、多くの占術師と呪術師、神統師に師事を受け、半年後にはその魔力の大きさは元より、魔力の制御に関してもその精度は他の追随を許さぬほどであった。
「占術師として身を立てるのであれば、呪術系はあまり重要とは言わないが、この二つは覚えておいて損はない。音声変位術と体力変換術だ。音声変位は喉を痛めた人、元から声の出しにくい人の話を聞くときに重宝する。体力変換は長時間の仕事なんかでの体力補充だな」
「魔力集中印。君ならばこの魔法補助印も使いこなせるだろう。ただ、この印は常時発動型で、湯水のごとく魔力を使う。君でも油断していると魔力切れを起こすぞ。それでも特に予測術の的中率は倍以上に上がる」
 術師名テスナをもらい、占術師としての活動も軌道に乗り始めた頃、フミヲは会長からの呼び出しを受けた。
 ときに余談であるが、例のフミヲがアルバイトをした占い師だが、彼女も占術師としての才能を持っていた。能力はさほど高いものではなかったが、様々なビジネスプランを持っており、多くの企画を取り行なった。その中で、占術師だけでなく、占い師の地位向上までも果たしたのである。
 フミヲが会長室に行くと、早速ハローランが出迎えた。
「フミヲ、良く来てくれた」
 会長はフミヲに座るように促す。会長がフミヲと呼ぶということは、占術師テスナとして呼ばれたわけではないということだ。
「君はこの半年で、本当に素晴らしい成長を遂げた」
「いえ、皆さんのお教えのおかげです」
「謙遜しなくていい。君の才能は確かだった。しかし、今からよくよく考えると、違法すれすれでもあったのだよね」
「はい。まったく冷や汗ものです。知らないということは怖いですね。赤面仕切りです」
 要は無許可の占術師の営業ということにもなりかねなかったのだ。
「実際、魔法そのものの知識もなかった事だし、もう気にする事はないよ。それと君の後から来たリーティシュ君、おっと占術師カノイか。彼女は本当に面白い企画を出してくれる。この老体ここに来て、まったく嬉しい限りだよ」
 それからいくつか、世間話程度の話が続き、ふと会話が途切れる。
「会長…」
「うむ」
「本当の件は、それではないんですよね」
「わかっていたか」
「私をフミヲと呼ばれたときに、そうだと思いました。テスナの名をいただいて以来、会長は私を術師名でのみ呼ばれていましたから」
「ならば、言ってしまおう。君と初めて出会った時、君は私をみて「マナカスルの桜」と「ハルグンパイ」という答えを出してくれた。おかげで妻と仲直りもできたよ。しかし、君はその後で苦しげな表情をして涙も流していた。あの時、まだ私の手は握られていた。君からは話はなかったが…何を見たんだい」
 フミヲは言葉に詰まった。叶うならば、言いたくはない。避けたい話であった。
「…」
「フミヲ、私も占術師だ。多くの人に様々な事を告げてきた。自分が何を言われようとも、取り乱さぬ心算はできているつもりだ」
 フミヲは膝に手を置き、うなだれた様子のままで、声を絞り出すように言う。
「会長は結婚されて…どのくらいになられましたか」
「うん? まあ、長いね。そう…再来年で五十年になるか」
「…金婚式は、…かないません」
 フミヲの目が涙で潤む。膝の上に乗せられていた両手は硬く握り締められていた。やはりその答えは会長にとっても重いものに間違いなかった。
 二人の間に沈黙が流れる。
 口火を切ったのは会長の方だった。
「そうか…。私か、それとも」
「奥様です」
 それがフミヲの限界であった。はらはらと涙が流れ落ちてゆく。
 
 フミヲと会長が出会ったときにフミヲが見たイメージ。それは葬列であった。
 術師として一人前の技量を身に着けた後にも、何度か条件を変えて予測術を視たが、結果が変わることはなかったのである。
 会長とは家族ぐるみの交友があり、細君とも親しい関係にある。故に、このことは今まで誰にも一切話はしなかった。

 会長はゆっくりと立ち上がり、優しくフミヲの肩に手をかける。
「ありがとう。良く言ってくれた。今まで辛かっただろう。もう隠さなくてもいいんだよ。私の事は心配ない。決して目をそらす事なく、立ち向かって行くから」
 そう言って、会長はコートを手に取った。
「君は落ち着くまでいなさい。部屋は開けたままでもいいから。私は今日は家に帰るよ」
「会長…」
「さっきも言ったが、心配はいらない。またハルグンパイでも買って帰るとするよ」

 その日から四十年の歳月が流れた。今はその部屋の主はテーである。ほとんど協会にも立ち寄れないので、部屋は主のいない、空き部屋状態である。
「テレビなんて誰が発明したものだか。まったく」
「テー様も占術師になられる前は、テレビをご覧になっていたのではないですか?」
「まあ、それはそうだけど…。なってからも見てたけど…」
「私がお家に来た時にはもうテレビは有りませんでしたよね」
「うん、まあ、それは、いろいろと、あってねえ」
 微妙にテーの目が泳ぐ。
「何を隠してるんですか」
「カ、カクシテ、ナンカ、ナイワヨ」
「バレバレです」
 いよいよテーの目線がルルーから逃げて行く。しかし、テーに最早逃げ場なし。
「あのねえ…嫌なの」
 いつもは冷静なテー、耳が真っ赤になっている。
「嫌? テレビがですか?」
「自分が映ってるの見るのが…」
「はい?」
「だってえ、歳が増すごとにシワが増えるし、白髪が増えるし、動きはにぶくなるし、胸はたれるし、そんなのが、ぜぇんぶ見えちゃうのよ」
「いえ、胸は今でもお綺麗です」
「他は? ねえ他は?」
「…ノーコメ…。あ、いや、人生の深みが増して、人としての魅力が一層増したと言いますか」
「いらなーい! 人生の深みなんていらないったら、いらなーい!」
 テー、もう駄々っ子みたいに腕を振り回している。下手な人に見られたら、明日のタブロイド紙の一面間違いなしである。こんなんで次の収録は大丈夫なのだろうかと思われるのだが、ZBCに到着して、降り立ったテーは、いつもの冷静沈着な(に見える)テーであった。スタジオ入りし、各人くまなく笑みで挨拶を交わす。
 うーむ、さすがは年の功である。
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