四大国物語

マキノトシヒメ

文字の大きさ
上 下
9 / 25
始まり

第二話乃二

しおりを挟む
 解析術というのは、呪術系魔法の一つで、医療全般に用いられている。元々は、魔法をかけられた人に、誰が魔法をかけたのかを捜査するためのものであったが、身体の詳細な状態を確認できる事がわかり、病原菌や病巣の特定、健康診断にも用いられる、今や医療とは切っても切れない関係にある魔法と言える。
 ただ、身体解析はかなり多くの魔力を要する。体の一部であれば問題ないのだが、全身くまなく解析するとなると、普通の呪術師では魔力が保たない。また、それ以前に解析術は連続して行うと段々と精度が落ちる傾向がある。これは、魔力だけではなく、体力の消費によるものである。
 そのため、全身解析は通常呪術師が六人以上必要となる。一人が解析術を行い、別の一人がその呪術師に体力回復の魔法をかける。これによって、精度の低下を防ぐのである。それでも、全体の1/3程度で魔力が尽きてしまう。それで次の呪術師に交代して、という事を繰り返す。この方法が一般的な全身解析であるが、問題点もあった。呪術師が交代し、次の呪術師に変わった時のデータが、つなぎ合わせにくいのである。
 パノラマ写真を通常のカメラで撮ろうとした時、カメラを順にパンさせて撮ってゆくが、写真にしてつなぎ目を合わせるのがうまくいかない事も多い。これに例えて、解析術のパノラマ現象と呼ばれている。
 そこでポーの出番である。三大術師の中でも、魔力の大きさは頭一つ抜きん出ているポーは、これらを全て一人でまかなってしまう。もちろん、解析術を進めて行くと精度が落ちるが、魔法補助印によって、逐次体力回復をかけ、精度を落とさずに、つなぎ目のない全身解析ができるのである。この時は、二つの魔法を同時に使用する事と同じ状況であるため、魔力の使用も逐次行った場合より二倍近く必要となる。ポー以外では三大術師くらいしかできない事である。
 解析術は事なく進行しているかのように見えたが、ポーが声をかけた。
「コノリシュさん、今手はどこに?」
「ああ、すいません。つい…」
 コノリシュ氏は無言で進行する状況に緊張したのか、無意識にロザリオを手にしてしまっていた。
「手はゆっくり戻して下さい。ロザリオはそのまま置いて。はい、よろしいですよ」
 それで緊張も解けたのか、その後は滞りなく解析術は終了した。
 ポーは右手に解析術用メモリー端子を持って、解析術の内容を送り込む。昔は文書や口頭で伝えていたのだが、この方式になって、表現の表し方、受け取り方による食い違いがなくなった。それに、特定の病気に詳しくない呪術師の解析でも問題なくなったのが、最大のメリットである。事実、ポーもナムテン脳症に関しては、さほど詳しいわけではないのだ。このデータは共有化され、センター内の医師であれば誰でも見られるし、権利を持てば、他のセンターからも閲覧できる。
 ポーはディスプレイ端末で転送されたデータに問題がない事を確認した。
「はい。今日の検査はこれで終了ですね。後はサエキ看護師に説明を受けて下さい。それと、明日からはナムテン脳症の専任医師が担当となります。今日はお疲れ様でした」
 ポーは丁寧にお辞儀をして、後はサエキ看護師に託した。
「先に電話ですね。こちらへどうぞ」
 サエキが先に立ち、エレベーターに乗り込む。
「感じのいい先生ですね」
「ええ。三大術師とか呼ばれていても、全然偉ぶらないですし、医師としても腕はいいんですよ。早口みたいなトンデモないギャグをかますのは玉に瑕ですけど」
 それ以外にも、色々とあるのだが、あえて言わない方がコノリシュのためでもあろう。
 エレベーターは二階で止まる。
「二階は総合歓談エリアになっています。電話はあちらにあります。このカードを使ってください。使用方法は電話のところに説明書があります」
 コノリシュ氏の名前が書かれた、名刺サイズのカードである。コノリシュ氏は家や仕事場に電話をかけた。先に大使館からも連絡があったらしく、騒ぎとはなっておらず、また安心したようだった。
 電話を終えて、カードを返そうとしたコノリシュ氏。
「カードはそのままお持ちください。ここの電話を利用されれば、一日一時間まで、海外でも、どんな遠くにかけられても無料です。そのカードで一階の売店も利用できます。そちらの方はそんなに多くの額はチャージされていませんから、必要でしたら、自前で追加されても構いません。追加された分の残りはいつでも清算できます」
「お祈りの時なんかは…」
「竜王神教でしたね。コノリシュさんは個室になっていますので、お部屋で行われても構いませんし、この奥にメディテーションルームもあります。十二番の部屋に竜王神像と託言書が置いてあります。二十四時間利用可能です」
「それはありがたい」
「コノリシュさんはお食事の制限は特にありませんので、お食事は食堂でお願いします。もしもアレルギーや信仰上で食べられないものがあるのでしたら、申告して下さい」
「特にありません」
「それでしたら、基本定食は六種類ありますし、カレーやサラダ等、他に副食もお好きなものをどうぞ。その時もこのカードを提示して下さい。売店で買うものなどで食べ過ぎないように注意は払って下さいね」
「わかりました」
「わからない事がありましたら、ナースステーションか一階の総合案内に聞いて下さい。こちらも二十四時間対応しています」
「わかりました。大丈夫です」
「それでは病室に案内いたします」
 サエキがコノリシュを部屋に案内し、ナースステーションに戻りかけた時であった。
『緊急放送。緊急放送。看護師A班、及びB班は至急地下三号に集合』
 同じ内容が三回放送される。
 サエキは急ぎナースステーションに戻り、専用エレベーターで地下の救急対応室に入る。サエキが最後であったようだ。
 ポーが受け入れる急患の説明を始める。
「状況は交通事故。一番:四十八歳男性、下肢開放骨折、切創打撲多数。意識あり。二番:四十三歳女性、上腕骨折、顔面裂傷、打撲。意識あり。三番:十五歳女性、打撲。意識なし。
一番はA班、モラク医師組。二番はB班、マナリミテ医師組。三番は同対、私が入り、後に一、二番対応します。質問は?」
 誰からも質問はなかった。
「私は印を直してきます」
「あと七分で到着予定」
「かかれ」
 各員が自分の仕事に入る。
 ポーは急いでセンター内の印師の元に向かう。その途中で院内携帯をかける。
「ロクちゃん、強化体力増強印、特急でお願い」
 センター専従の印師ロクトナスは、その道二十五年。十五歳の頃からプロとして働いている印師である。ここ第56国際医療センターには、総勢五十人の魔術師がおり、その印は五人の印師が交代で描いている。ロクトナスは上背も横幅もある巨漢で、髭もじゃの顔は、一目見れば、まず忘れることはないだろう。
「ほい、きっちり頼むね。急患だもんで」
 ポーはさっさと服を脱ぎ、上半身裸になり、ロクトナスに背を向ける。前に描かれていた印はすでにリムーバーで崩して無効化してある。
 ロクトナスもその間に用具を揃え、崩してあった印を手早く消し、新しい印を書き始める。
「うひ、冷た」
「特急なんだから、文句言わない」
 ロクトナスは巨体に似合わず、器用に印を書いて行く。さっきは肩甲骨の上くらいに黄色と白の羽毛のような模様だったが、今度は背中の中ほどに青いコウモリの羽のような図柄である。体力増強系の印はポーがよく使い、背中の色々な位置に描くので、ポーは普段からブラジャーも付けていない。
「はい、終了。すぐ使うからストッパーはいらないな」
「うん。いらない。ほんとロクちゃんは仕事が速いんで助かるわ」
「あのなあ、何度も言うけど俺の方がずっと年上なんだからな。ロクちゃんはないだろう。もっと敬え、こいつ」
「その内にね」
「その内っていつだー。いっつもその内にじゃねえか。おういかん、さっさと行け」
「はーい、ありがとねえ」
 白衣を着直して、ポーは処置室に向かう。医師としてのポーの顔は誠に厳しくも凛々しいものであった。
しおりを挟む

処理中です...