四大国物語

マキノトシヒメ

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第一話乃三

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 世に言う三大術師あり。
 魔術師は慣例として、本名でなく通り名、いわゆる術師名を使用する事が多い。高名な魔術師は本名でなく、その術師名で知られている。
 三大術師、呪術師ポー、占術師テー、魔導師カー。
 いずれもが、高名で人望も厚く、魔術師としての能力も一流の腕を持つ。特筆すべきは、その魔力の大きさで、魔力の大きさで魔術師を分類すると「三大術師とその他」となると言われるほどに、三大術師の魔力の大きさは突出している。
 特に占術師テーは御年六十二歳の古参の魔術師で、長年孤高の存在として、魔術師全体の象徴的存在として敬われてきた。当人は「これ以外の能がなかったもので」と謙虚な態度を崩すことなく、周りの喧騒はよそに、あくまで静かに己のなすべき事に集中してきた。
 近年になり、呪術師ポーの出現、魔導師カーの台頭があり、三大術師と並べ称される運びとなったが、ポーは魔術師としてでなく本業である医師として。カーは伝統ある魔導師の家系に恥じぬように、それぞれの道において研鑽している。
 ここでまた多少時間をいただき、三大術師各人の紹介をさせていただく。

 占術師テー。ジプルヤンニ出身六十二歳。イオン首都ザムテーク在住。四十年前に当時のザムテーク魔法協会の会長によって、偶然に見出される。それまでは本人は魔法を習った事もなかった。
 就職でイオンに出てきたものの、会社が倒産。フリーターとして生活する中、占い師の場所取りのアルバイトをする中で、前述の会長との出会いがあり、その後は会長他多くの魔術師に師事を受け、そのたぐいまれなる魔力の大きさと、コントロールの精度は他に追随を全く許さなかった、天才型の魔術師である。

 呪術師ポー。イオン出身二十九歳。ノツ北部カムキン州ナル市在住。カムキン州オディアク盆地のほぼ中央にあるナル市郊外の第56国際医療センターに勤務する医師である。
 医師を目指し、イオンの大学の医学科に入学。そこそこ優秀という程度の学生であったのだが、教授のつてでノツのサルペル中央大学総合医療科に転籍が叶う。そこにおいて外部講師として教鞭をとっていた呪術師カマタと出会い、呪術の師事を受けることとなる。魔力の大きさは、三大術師の中においても秀でているが、コントロールはあまりうまくなく、とにかく魔力をじゃんじゃん使う、大雑把なタイプである。
 呪術により医療の可能性に広い目を向けられるようになり、一般医学に関してもメキメキと頭角を表すようになった。呪術を抜きにしても「優秀な」と呼ぶにふさわしい医師となっている。

 魔導師カー。ワチベン出身十八歳。ワチベン首都オサに隣接するケイブ市在住。ケイブ市に古くからある魔導師の名門ヤマノ家において、カーの名はその時々において優秀と認められた者が受け継ぐ、由緒正しい名である。時にはカーの名を受けるにふさわしい者がなく、空席となる時代もあった。当代のカーは八代目となる。幼少の頃から祖母である六代目カーの手ほどきを受け、九歳で基本魔道系の魔法を習得。十二歳で呪術系、占術系、神統系を習得。十四歳から高度な魔法の習得を始め、十八歳の誕生日においてカーの名を受け継ぐ運びとなった。魔術師として英才教育を受けてきたエリートである。三大術師に並べられる魔力の大きさはもちろん、多彩な術を使いこなし、魔導師として白兵戦戦闘もこなす、正になんでもありの魔術師である。
 しかし、その素顔は、資産家でもある家庭にふさわしいお嬢様学校に通う普通の女子高生である。別にカーであることは秘密でもなんでもなく、学校関係者、クラスメート、誰でも当たり前に知るところであり、普段は話題にも上らないほど、カーの名は親しまれているのである。

 記述し忘れたが、三大術師、全員女性である。
 三大術師が全員女性であることをもって、魔術師女性優位を唱える者もいるが、古くからの統計で、これは全く否定されている。古今東西、魔術師における男女比はほぼ1:1で、高名な魔術師も男女ともに多い。
 三大術師に関するように、ごく一部だけに目を向けて、いずれかを優位と見る説はときおり出てくるのだが、魔法協会における正確な統計データを見れば一目瞭然、差はないことは明白である。いかに三大術師が大きな魔力を誇っているとしても、登録されている魔術師だけで三百万人ともなる数の前では、全体の傾向を動かすほどのものはないのである。

 話を三大術師とマキトシ姫の呪いに戻す。
 呪いには国際法によって、重大な罰則が規定されているのであるが、ここに一つだけ問題というか、抜け道と言えるものがあった。呪いは申告罪で、特に呪いを受けた当人が、呪いであるとの認識がなければ、罪として成立しないのである。呪いであること知らされた時のマキトシ姫(当時十六歳)の言動は以下のものである。

「ええんとちゃう? もうウチがこんなんやっちゅうのはみんな知っとる事やし、別に死ぬようなこっちゃないんやろ。逆にウチ自身名物みたいになるんちゃうんかなあ。観光名所マキトシ姫ちゅうてなあ。あはははは」

 やけっぱちでもなんでもない。マキトシ姫は元々こういう、よく言えば前向きな性格なのである。
 そして、マキトシ姫の語るカンサイ語によって、カンサイ語に対するセイオウ国民の認識も変わった。以前は押しの強い、なんか怖い言葉ととられていたものが、親しみのある、なんか風情のある言葉という捉え方をされるようになったのである。これにより、マキトシ姫自身も自称ワチベン/サイベン親善大使と名乗りをあげたが、後日本当に外交省から正式にカンサイ語圏親善大使を要請され、マキトシ姫も二つ返事で了承した。それを機に以前はただ事務レベル、四大国であるからという程度の国交に過ぎなかったセイオウとワチベンの関係であったが、一気に民間交流が進み、今では民政ともに良好な関係を保っている。
 これには、マキトシ姫及び関係者が正規には呪いを公表していないことも関与している。だが、緘口令が出ているわけでもなく、マスコミ等が記事にすることも多々ある。明らかに異なる内容に関しては訂正が強く求められるが、憶測程度の内容は放置されている。三大術師及びその所在国に対して、セイオウ国民が憎悪感情を起こさぬよう対策を施したのである。
 さて、それでは三大術師側はどういったスタンスで向かっているのかというと、このマキトシ姫の呪いに関しては、三人ともにノーコメント。正しくはノーコメントである事も現さず、徹底的にスルーしている。マキトシ姫が呪いであるとの認識を示していないために、三人の罪を問うことはできない。
 しかし、もしもマキトシ姫が呪いであると告発すれば、三人の資格剥奪は勿論、長期投獄や多額の賠償金は必須となろう。裁判の動向によってはマキトシ姫が一国の王位継承者である事もかんがみて影響は広大かつ重大であるとして、死刑までもあり得る。
 なぜこのような、自滅行為ともなりうる事を行ったのか、それに関しても三人ともに沈黙を保っている。マスコミは憶測だけの記事を並べ立てるが、明確な後ろ盾のあるものは一つもなく、騒ぎになっても、すぐに他のニュースに埋もれ消えてしまうのであった。

 マキトシ姫の受けた呪い(=魔法)の内容は以下の通りである。
・身体仮想(呪術系)
 従来は例えば、腕を欠落した人の一時的義手の役割を持たせるもの。身体のトレースを行うことで、半実体化した欠落部そのままの動きを再現できる。身体全体に施すと身長を伸ばした時の様相を再現する。ポーが実施。
・声音変位(呪術系)
 従来は喉の異常、声帯の異常がある人の声の質を変えて、他人に聞き取りやすくするための魔法。身体そのものへの効能ではないので、マキトシ姫の喉周りは普通の女性のまま。のど仏が出たりはしていない。テーが実施。
・語彙変換(神統系)
 元々は宗教の海外への宣教の際、言葉の壁を克服するために編み出された魔法と言われている。古い魔法で説は他にも色々とある。当人の思考に関係なく、発する言葉が設定言語となる。カーが実施。

 いずれの魔法も三大術師でなくとも、中堅レベルの魔術師であれば実施できるものであるが、何年もの長期間に渡り、未だに解消の兆しもなく、解法術(魔法の効果を消し去る魔法)も全く受け付けない、その安定性は驚異的である。
 そしてもう一つ、魔法のルール、というより特性がある。それは「基本的に魔法を施す事ができるのは一つだけ」というもの。前述した通り、ほとんどの魔法は一過性であり、95%の魔法が一分以内に効果を終える。そのため、複数の効果が必要な場合は、先に掛けたものが終わった時点で次のものをと、逐次行っていけば良い。
 それでは、前の魔法がまだ効果を終えていない時に、次の魔法を掛けると何が起こるか。大体は何も起こらない。次にかけた魔法が無効となるだけである。しかし、たまに魔法が跳ね返されるといった現象が起こる。
 この状況を模して、魔法を弾力のあるボールに例えて、重ね合わせようとしている事を考えてもらいたい。大抵はうまく重ねられず上のボールが落ちてしまう。しかし、強く重ねようとした時に、弾力で跳ね返される事もある。この状態を魔法のカウンター現象と呼ばれる。
 ここで疑問に思われる方もいるであろう。マキトシ姫には三大術師によって、三つの魔法がかけられている。先ほどの例に従えば、ボールを三個重ねているわけである。とてもできそうもない事であるが、ピンポイントで安定して立たせる事ができない訳ではない。ゆえに最初の文言の頭に「基本的に」と入っているのである。そう、魔法の重ね合わせは不可能ではない。ただ非常に困難なだけなのである。にもかかわらず、三大術師のかけた魔法は驚異的な安定性まで持っている。二重の驚きがもたらされる魔法の驚異。さすがに三大術師ありといったところであろうか。
 ところで、このカウンター現象を悪用した者がいた。呪いの解除には時間経過による効能の解消か、解法術を用いなければならない。解法術は先に述べたように、魔法を解放する(無効化する)魔法である。これはつまり魔法で魔法を消す。魔法の効果があるうちに次の魔法をかけている状況に他ならない。
 呪い(=魔法)の中にある決まったパターンの波動を仕込むと、カウンター現象が起きやすくなり、さらに跳ね返した魔法を変化させ、攻撃的魔法にしてしまうものが作られた。呪いの解除を解法術で行っている魔術師は、そこに集中しているため、そのような反撃をもろに喰らうことになる。これはカウンター・トラップと呼ばれている。
 カウンター・トラップをどこの誰が開発したのかは定かになっていない。しかし、アンダーグラウンドにおいて広まっており、今や呪いにはカウンター・トラップは付き物となっている。
 カウンター・トラップが最初に現れ、その被害を受けたのは、三代目カーであるヤマノ・ライデンである。ヤマノ・ライデンは非常に魔法の使用が巧みであり、同時に四人の解法術を行なえたと言われている。
 同時に魔法を使用する事自体は何の問題もない。現代でも同時に五種類もの異なる魔法を使用する事のできる魔術師がいる。ただし、その場合は相乗的に魔力を消費し、五つともなると逐次使用した場合に比べて三十倍もの魔力が必要となる。それでも、異なる魔法である。ライデンのように同じ魔法、しかも被術者の状態によって微妙な変化をつけねばならない解法術を同時に四つなどというのは、八代目カーにもできない芸当である。
 ライデンは四人を放射状に並べ、解法術を行っていた。被術者はいつの間にか眠りについてしまい、その時の状況を見た者はいない。どのくらいの時間が経過したのか、被術者の一人が目を覚ますと、ライデンは床に倒れ伏して絶命していた。四人の被術者、ライデンともに解析術による捜査が行なわれたが、該当する魔術師が存在しなかった。ゆえに未登録の魔術師によりカウンター・トラップが作られたというのが通説となっている。
 この時から、解法術の対象とするのは一人(一つ)で、カウンター・トラップに対応するため、補助の防御術師とチームで行うか、防御用の魔法補助印を施した上で行う事が決まりとなっている。
 魔法補助印というのは、魔法文字を直接魔術師にペイントし、状況に応じて自動的に魔法を発動させるものである。印のタイプによっては、魔術師が自分で描くことのできない位置に必要であったり、形態が複雑で時間のかかるものもあって、ほとんどの魔術師は、印師と呼ばれる補助印描画専門の業者に依頼している。
 特にヤマノ家に代々伝わる防御専門の補助印は有名であるが、これの紹介は後の事とする。
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