夏に抱かれて

マキノトシヒメ

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その七

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●その七

「正式には、鳥居を入るところから細かいことはいろいろとあるんだけれど、まあ町内の気楽に参拝できる神社として、お参りの時の作法だけをしてもらってる。基本はお賽銭を入れて、ニ礼ニ拍手一礼。それぞれのやり方は僕の真似をして」
 全員が翔太についてお賽銭を入れて、お参りをした。
「おや、翔太。今日はお休みを取っていたのではなかったか」
 翔太が顔を上げ、声のした方を見ると、そこにいたのは、まさに松蔭その人であった。
「翔太、こちらの方が『しょういんさま』なのか」
「うむ。三法屋松蔭と申す。この神社で宮司を勤めてさせてもらっておる。ちと所用でここ数日出かけておったが、折りよく戻ったところじゃよ。翔太よ、こちらの方々は?」
 いつもの感じとは全く違う、よそ行きの対応である。美鈴もなんか、あさっての方を見て微妙に恥ずかしげであった。
 だが、ここは一応それに合わせておいたほうがいいだろう。
「私の友人です。今回の休暇で葉の沢キャンプ場で寝泊まりして、いろいろと回遊を…」
「そうでしたか。神社へは何故に?」
「時間が取れましたので、参拝をするという話になりまして」
「それは敬虔なことです。私もともに参るといたしましょう。それでは、ごゆるりと」
 もう翔太は、尻の穴がむず痒いような衝動に駆られて仕方がなかった。松蔭が社の中に入ると、大輔が話しかけてきた。
「いやいや、なんていうか、立派な方だなあ。お歳を召してはいるが、凛とした物腰で」
(まあ…そう見えるよね)
 翔太は美鈴をちらと見た。笑いそうになるのを懸命に堪えている。
「俺が最初電話した時、慌てていたが、ひょっとして怒られでもしたのか」
「いやいや。話に集中していて、松蔭様が近づいてたのが解らなかっただけだよ」
 と、いうことにしておいた。まさかに宮司ともあろう人が、足音も立てずに近づくのが得意技などとは、笑い話と受け取られるのがオチだろう。事実なのであるが。
「でもあまり、美鈴さんと松蔭様って似てないよね」
「そうだね。美鈴はお母さん似だよね」
「なるほど」
「それじゃあ、そろそろ…」
 翔太としては、もう長居はしたくない心境だった。
「おみくじだけ引いてきましょうよ」
「さんせーい」
 そういうことになった。なかなかこの場所から逃してはもらえなそうだ。
 番号を引いて、おみくじを渡してもらい、各人、開いて中を見る。
 大輔「大吉」
 裕美「吉」
 美鈴「大吉」
 翔太「…凶」
「あらら」
「引くねえ」
「ま、一応、当たるも八卦当たらぬも八卦とな」
「一応言うな」

 そして四人は、おみくじを結び所に結んで、神社を後にした。
 
 その後は、各人思い思いに時間を過ごした。食事も大輔と裕美は炊事場で簡単に作ったものを、コテージ前で食べていた。
 翔太と美鈴はコンビニ弁当で済ませていた。

 その夜、翔太のほうのコテージのドアがノックされた。翔太が出てみると、裕美がいた。
「あのう、美鈴さんいますか」
「はい、いますよ。どうぞ」
 美鈴は小さい作り付けのデスクの前で本を読んでいた。
「どうしたの?」
「ちょっと、お話したいことが…」
 そう言いつつ、翔太の方をちらっと見た。
「翔太」
 美鈴が声をかけると、翔太は軽くうなずいて、外に出て行った。
 翔太は大輔のところに行ってみようかとも思ったが、もしも二人がケンカでもしていたら、翔太が話を聞くだけでも、場合によっては事を面倒にしてしまうかと思って、やめておいた。揉め事だったら、美鈴はそういった相談事には慣れているので、任せて心配ないし、トラブルの類でないのなら、それに越したことはない。

 裕美と美鈴の方では、裕美が先に話を始めていた。
「あの…美鈴さんと松田さんはどういった関係なんですか」
「幼馴染というところかな。翔太の家が昔からうちの神社に節目毎に参拝していたんで、なんやかんや遊んでたり、一緒に祭事の準備を手伝ったりする機会が多かったの」
「おつきあいしてるの?」
「してないわよー。こうやって気楽に遊んでいるにはいい相手だってとこ。神社のお泊まり行事なんかで、同じ所で寝ていたこともあるから、こうしたところで宿泊する事にも抵抗ないし。もし、あたしか翔太か、どっちかが恋愛関係になりたいと思うようになったら、変な力技とかじゃなくて、正直に言うと思うわ。その点は信頼してる。まあ、今他につきあってる人もいないけどね」
「ふうん…」
「裕美さんは?」
「大輔とは、わたしの方も幼馴染。家がすぐ近所で、幼稚園から中学校まで同じところだったの。学年は大輔が一つ上なのよね。誕生日は二ヶ月半しか違わないんだけど。高校から先は別々になったんで、特に意識はしてなかったんだけど。社会人になって、同じ会社に入ったことがわかって、それからなんとなくつきあい始めたのかな。前からお互いの家には行き来してたし、気心は知れてるというか…」
 急に裕美の目に涙が溢れてきた。
「ど、どうしたの」
「ごめんなさい。どうしていいか、わからなくなっちゃって」
 美鈴はポケットティッシュを渡して、見守っていた。そして裕美が落ち着くのを待った。
「意識しちゃったんだね」
 裕美は無言でうなずいた。
「お互い、好意は持ってるのはわかってる。でも友人以上という程度でなく、男性として、生涯を共にするパートナーとして想うようになった」
 美鈴の言葉に、裕美は鼻声のままで言葉を続けた。
「告白したら、きっと大輔は受け入れてくれる。でも、大輔がわたしみたいに思ってないのだったら、何か今大切にしているものを壊してしまうような気がして、怖いの。もういい歳なのに、もっと簡単に考えられたらよかったのに…」
 そのまま裕美は俯いてしまった。少し間があって、裕美は頭に何かが触れたのを感じた。
(え、なに)
 その感触はそのまま頭の左右に二、三度移動した。
「あ、あのう…」
 頭をなでていた美鈴の手が離れる。
「急にごめんね。あなたがとても大事なことを話してくれたのだから、あたしに出来ることは協力したい」
「そう思ってくれるのはうれしいんだけど、何をしようとしてたの?」
「何をってわけじゃないんだけど、つい、かわいいと思っちゃって、ね。なでなでと…」
「いじわる…」
「聞いていい?」
「なに」
「まず、付き合っているということは、二人は一致している認識よね」
「うん。それは間違いない…と思う」
「まあ、そうでなかったら、小さなコテージの一つ屋根の下で泊まったりしないわよね」
「でも美鈴さんと松田さんも」
「うーん、それを言われると、確かにねえ。あたしとしては、兄妹みたいな感じで、いろいろと連れ立って行くみたいなものなんだけど。まあ、それはさて置いて。ひとつ確認」
「なに」
「意識するようになって、今までより距離感を縮めたとか、やってない?」
「あ…、うん。距離感というか、座る所が近い場所になったりはあるけど、そんなぴったりくっついてるわけじゃないわよ。でもなんか大輔の感じがなんて言うか、微妙な変な感じに見えちゃって」
「その人の性格によるってのはあるんだけどね。パーソナルスペースってあるでしょ。その境界ギリギリが一番嫌だって人もいるわ。いっそ中に入ってくっついてくれる方が楽とか。関係性にもよるとは思うけど、久留間さんの方も、来るならいっそ飛び込んできてくれ、とか思ってるのかもしれないわよ」
「そこまで…」
 裕美はちょっと過激な光景まで考えてしまい、頬を赤らめた。
「ダメ元って考え方もない事はないけど、こういう場合は本当にダメになっちゃう事もあるからねえ」
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