夏に抱かれて

マキノトシヒメ

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その六

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●その六

 四人はファミレスで簡単な朝食を済ませて、少し離れたホームセンターに行った。
「忘れたものがあったら、買っておこう。今日は結構日差しがきつくなるらしいから、日焼け止めもひとつランクが上なのを用意しといた方がいいと思うよ」
「売店がないから、クーラーボックスと氷は準備して」
「ビールとかアルコール類はとりあえずなしでいいかな」
「暑くなるなら念のため、サンドイッチなんかは昼用にはやめといた方がいいね」
「傷みにくくて、エネルギー補給が楽で、お腹もある程度は膨らむようなもの…って感じのがいいかな」
「カロリー補給食とこんにゃくゼリーなんて手は?」
「味気ないねえ。確かに安全だけど。菓子パンくらいは昼までなら問題ないでしょ」
「食事を楽しむのは夕食でいいんじゃない?」
「異議なし」
「異議なし」
「じゃ、そういう事で」

 砂浜に戻ってみると、結構人がいた。それでも、混雑というほどではなく、いい塩梅の所を見つけてパラソルと小さめのワンタッチテントを設営した。
 レジャーシート以外の、パラソル、テント、クーラーボックスはホームセンターに行く途中のレンタル店で借りてきたものである。
 テントの中にクーラーボックスを置いて、氷と飲み物を入れておき、他の荷物もテントに置いて、交代で着替えに行く。
 大輔は赤基調、翔太は緑基調トランクスタイプ。
 裕美は横にラインの入ったスポーツタイプだが、背中の開いたワンピース。色はライムグリーンだ。
 そして美鈴は、全体が白のワンピースで、胸元やウエストにフリルがある、露出はかなり少ない。これまでのワイルドさとは違う、結構清楚な感じがある水着だった。

 昼を回って気温もかなり上がり、水温も冷たくはなかった。
 午前中から泳いだりなんだりで、昨日あまり眠れなかった裕美は昼食と言うほどでないが、軽食をとった後、パラソルの下で寝てしまった。そしてそれは大輔も同様で、裕美とは時間差があったが、やはり一時間ほど寝ていた。
「砂の質がいいからビーチバレーでもできたら良かったのにね」
「でもここじゃさすがに狭いでしょ」
「じゃあ大輔。ちょっと背中向けて」
「何する気」
「いいから、いいから」
 するとおもむろに裕美は大輔の背中に貼ってあったテープを剥がす。
「ええっ、裕美もやってたのかよ」
「も? 裕美もって言った?」
「はい、それじゃあ、攻守交代。背中向けてみ」
「何よお」
 大輔も同じく裕美に貼ったテープを剥がす。
「いつの間に…。ねえ、美鈴さん気付いてたんでしょ」
「うーん、二人ともやってるから、わかってるもんだと」
「ねえ」
「翔太も知ってたんなら、言ってくれよ」
「一応は、おそろい? だったからなあ。二人でイチャイチャやってるもんだと」
「いや、イチャイチャって…。それより、なんか今微妙なニュアンスの違いを感じた気がするんだが」
「大輔の方、ひらがなだぞ」
「なっ!」
 大輔は後ろを向いたり、なんか手を後ろに回したり、わちゃわちゃ動いていたが、そんな事をしても背中が見えるわけもなく、散々動いて疲れたか、やっと動きを止めて、裕美の方を向いた。
「なにしてくれてはるん」
「イントネーションおかしい。関西の人に怒られるよ」
「そーういう問題じゃなくってなあ」
「えーと、てへぺろ(棒読み)」
「感情も何もこもってないわ」
 そこに美鈴が割って入った。
「はいはい。ちょっと並んで~」
 美鈴は二人を並ばせて、後ろからデジカメを構えた。
「はい、チーズ」
「後ろ向き、後ろ向き」
 美鈴は今撮った写真を画面に表示して、皆に見せる。
 裕美の方は、結構文字バランスのいい綺麗なイッタリック体で、"LOVE"となっている。
 で、一方の大輔の方は、なんというか、投げやりな字に見える。横伸びしたひらがなで"らゔ"。
「ひでえ」
「大輔はこれを一生背負っていくわけか。親の因果が子に報い~」
「二週間もすれば消えるっしょ」
「それにしても、知らずに別々にやって、一応は同じ言葉になってるなんて、想いが通じ合ってるのね」
 美鈴は両手を胸の前で合わせて、くねくねと動きながら言う。
「美鈴さん。それ、面白がって言ってるでしょ」
「うん!」

 海から上がって、レンタルしていたものを返却がてら、スーパー銭湯に立ち寄った。結構早めに切り上げていたので、スーパー銭湯を出たときにも、さすがに陽は傾いていたが外は明るかった。
「夕焼けだ」
「日が沈む時も、いい色してるんだね」
「明日はなんだっけ」
「フレディーランド2に行くか、ちょっと遠いけど、蕎麦打ち体験なんかもあるらしい。予約はしてないから、他に何かプランがあるなら、そっちでもいいけど」
「フレディーランドって、どんなんだったっけ」
「2のほうね。ミュージックテーマパークとかいう売りのとこ。1というか、最初のやつが本格的すぎて、ディープなマニアでないと楽しめないってんで、2はファミリー向けに路線変更したとか」
「1の方は規模もかなり小さいよ」
「知ってるの?」
「営業先で話題になった事があるんで覚えてる。まあ、その時話に出ただけだけど」
「行ってみる?」
「行ってみて面白くなかったら、他のとこに行けばいいんじゃない」
「そうしようか」
「いっそのこと、ただのドライブになってもいいし」
「それじゃ、そういうことで」

 次の日になり、そうして行ってはみたが、夏休み期間中とあって、人出がすごいものだった。
 それでも午前中には2つのアトラクションには乗れたものの、休憩にも待ち時間が必要な状況には、さすがにまいった様子であった。
 各自の飲み物と、ちょっとつまめる程度の食べ物を持って席に着くまでに30分はかかった。
「どうする?」
 美鈴が口火を切る。
「はっきり言うと、入場券ももう惜しくないわ。一応ふたつ乗れたんだし」
「同じく。家族連れがすごすぎたね。目玉になってるパレードも夕刻だろ。そこまでいる気にはならんなあ」
「気になるのがないわけじゃないけど、待ち時間がさすがにね。せめて30分待ちなら」
「じゃあ、ここはもういいね。次はどこか行く?」
 裕美がちょっと思案に入る。
「明日はキャンプ場をチェックアウトしたら終わり?」
「よかったら、富見山周辺を巡ろうかと思ってたんだけど。富見山湖の遊覧船とか、鍾乳洞とかいろいろ。もちろん、予定があるなら、そっちを優先するけど」
「あ、それいいかも」
「私も行ってみたい。それなら、今はゆっくり何もしない日にしてもいいんじゃないかしら」
「何もしないというのも、大変なんだけどね。本くらいは買っていこうか」
「よし。そうしよう」
 テーマパークを出て、塚岡町へ戻り、書店に寄る。
 それぞれに雑誌や適当な本を買って、店を出た時、大輔が声をあげた。
「そうだ」
「なに」
「お参りしていこう」
「え?」
「上塚岡神社」
「ええー? いや、うちの神社って、別に特別なご利益があるわけじゃないけど」
「うん。普通のご利益があればいい。ちなみに何にご利益があるんだ」
 翔太はややも表情をくもらせつつ、答える。
「…家内安全、商売繁盛、合格祈願、健康長寿、五穀豊穣…」
「縁結びや子宝安産なんかは」
「確か、あった…」
「なんでもあるんだよね」
 と、言ったのは美鈴。
「なに他人事みたいに言ってるの」
「そうそう、それから『しょういんさま』にも、お会いしてみたいし」
「いや、待て待て。待て待て…。待て」
「何回言ったでしょうか?」
「いや違う。そう、今、神社に、いない」
 翔太は、かなりしどろもどろで答える。
「いや、でも、あたしたちが行くくらいに丁度帰ってきたりして?」
 美鈴はいかにも面白そう、という顔をして言う。
「娘さんである美鈴さんがそう言うからには、そうなんでしょう」
 大輔はにやにやとした表情で翔太を見ている。
「まあ、それは置いといて、お参りがてら松田さんの職場訪問ということで」
「岩坂さんまで」
「あきらめなさいな」
 美鈴は翔太の肩に手を置く。
「そのままの格好で神社に行っていいのかい」
 美鈴の方を見て、語りかける。
「心配御無用。この格好で神社を出てきたんだもん」
「はぁーー」
 つい、翔太はため息をついてしまう。
 結局、神社には、行かざるを得ない状況となってしまった。
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