夏に抱かれて

マキノトシヒメ

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その四

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●その四

「おーい、ここ、ここ」
 大輔と裕美が駅に到着して間もなく、一台のワゴン車がやってきて、送迎エリアに着けた。
「いらっしゃい。待ったか」
「いや、さっき着いたばかりだ。結構いい車じゃないか。お前のか」
「レンタカーだよ。これも4日間借りてるから、離れた観光地なんかも行けるぞ。さ、荷物積んじまって」
 翔太は裕美の荷物を積むのを手伝う。
「ありがとう」
「どういたしまして。さっそくだけど行きますか」
 翔太は運転席に。二人は後ろの席に乗る。
「あれ、お前一人か」
「あー、えーと、向こうで準備してるって」
 実は翔太は細かいことは何も聞かされておらず、神社で、松蔭から迎えに行って来いと言われただけだったのだ。

 キャンプ場に到着し、チェックインを済ませてコテージの所に移動する。コテージの横に駐車エリアがあって、車を止める。ふと、裕美の方を見ると、何か浮かない顔をしていた。
「車に酔っちゃった?」
「ううん、大丈夫」
 駅からはさほど遠くはないが、酔いやすい人もいる。駅では特に何事もなかったようだし、顔色も悪くなさそうなのだが。
 ところが、車から荷物を出してコテージに置いてくると、今度は一転笑顔で戻ってきた。
 翔太はこっそり大輔に聞いてみた。
「どうかしたの」
「いや、実はね」
 到着したとき、裕美はコテージの外観が気に入らなかったのだった。このコテージは周りの景色を殺さないように、外観はかなり地味に作られていた。外から見ただけでは、くすんだ色の丸太小屋である。ログハウスと言えるような洒落た感じでもなく、まさに丸太小屋と表現するのが正解の外見だったのである。
 他のキャンプ場の写真では、おしゃれなデザインの物も多く、新設されたコテージということから、そういったものを期待していたのだろう。
 ところが、中に入ると、クリーム色基調の清潔な感じの内装で、窓も広く明るい。天井に照明器具が見えないのは、間接照明を使っているのだろう。部屋の広さも外から想像したものよりずっと広く、部屋全体も機能的なレイアウトになっていた。外側の丸太は完全に装飾で、中はプレハブでもない、しっかりとした家屋建築だった。先述の照明にも言及したように、電気、水道が完備された至れり尽くせりのもので、キャンプ場に設置するには、行き過ぎとも言える面もある。そして、無線LANまで使えるようになっていたのだった。
 さらに大輔は外の設備を見逃さなかった。目立たぬように建物と同色のカバーに隠されていたが、このコテージ自体がフロート構造になっていて、万一の高波、津波があっても、その場で浮き上がるような仕掛けになっている。
 これはメーカーの実用試験も兼ねた設備で、翔太たちが借りた二棟だけのものなのだそうだ。
 その事も裕美に話すと、さすが理系の本能で、ぐるりとコテージの周りを見回っていた。そしてコテージに入る前の仏頂面はどこへやらである。

「翔太、こっちこっち」 
 コテージの近くに美鈴の姿が見えなかったので、探しに行くと、炊事場から声がかかった。このキャンプ場は全面的に火気厳禁で、火を使う食事の用意は、この炊事場で行なうしかない。あたたかい飲み物が欲しいときは、コテージには電気ポットが置いてあるが、テントでは炊事場でお湯を沸かしてポットに詰めておく他ない。もちろん寒くても焚き火もできない。どんな安全な器具を使っていてもである。まあ、この近辺は真冬でも滅多に氷点下まで下がることはないのだが。
 海岸線の近くに松林があるので、そこへの延焼防止のためである。
 ただしその分、設備は充実している。通り道は全面舗装されており、炊事場から鍋などを安全に運べる台車も用意されている。電池式のランタンも有料とはいえかなり安価に貸し出されていた。

 声のした方を翔太が見ると、美鈴が包丁を持った手を振っていた。
 全身日焼けした小麦色の肌で、身長は翔太と変わらないくらいだろうか。
 顔立ちは年相応で、目鼻立ちは微妙…とも言えなくもないが、表情は常に明るく、人懐っこそうな印象を与える。
 服装はタンクトップにショートパンツで、半袖のパーカーを羽織っている。髪は長いが、ポニーテールにして、大きめの帽子をかぶっていた。神社の宮司の娘と言うには、かなりラフな印象の格好である。
「ここにいたんだ」
「うん。今夜のバーベキューの下拵えをしてたんだ。結構一杯になっちゃったから、両方の冷蔵庫に入れさせてね。あ、初めまして。三法屋美鈴といいます」
 美鈴は帽子を取ってお辞儀をした。
「久留間大輔です」
「岩坂裕美です。今回はありがとうございます。さっきコテージを見てきたんですけど、外観はちょっと地味でしたけど、中は素敵でしたよ」
「あたしはまだ見てないんですよ。楽しみ~」
「荷物は?」
「お父さんに食材一式だけ置いていってもらったから、まだ家だわ」
「じゃあ、昼食に行った後で、二人をここまで送っておいて取りに行けばいいね」
「お昼はここじゃないの」
「近くのレストランを予約してあるよ。高級とはいかないけど、近場の新鮮食材を使った料理が売りのところ」
「お、いいね」

 昼食を終えて、一休み。
 翔太と美鈴は、美鈴の荷物を取りに行った。
 今日も好天であるが、この時間からでは、海水浴にはちょっと遅い。
「他の用事も済ませてくるって言ってたから、近くを散策してようよ」
「そうだな」
 大輔と裕美はコテージから出て、海岸線へ向かった。
「海水浴場は結構広いんだね」
「砂がきれい」
 いかにも地域の海水浴場といった感じの場所である。海の家や売店はない。更衣室とシャワールームは簡便な物があるが、ロッカーまではなかった。そこの近くに街中にもある普通サイズの缶飲料の自販機があった。
 だが、裕美の言う通り、砂の質は良く、清掃も行き届いている感じがある。
「近くの人や、キャンプ場を使う人のためのものなんだろうね」
「散歩コースもあるみたい」
 目立たない看板であるが、松林の中に向かう道への案内がある。さすがにそこまでは舗装はされていなかったが、これも荒れた感じはない整備された道だった。
「どこもいいところだね」
「うん。もてなされてるって感じがするわ」
 大輔の携帯から短いチャイム音がした。
「あ、メール」
「松田さん?」
「うん。一応このあとどっか行くこともできるけど、どうするかって」
「うーん、ゆっくりしてよ。まだまだ遊べることはあるんでしょう」
「じゃあ、お腹を空かせる意味でもうちょっと歩こうか」
「うん」

 日が落ちて、海からの風が涼しいものになり始めた。
 炊事場のすぐ横に、コンクリート打ちの地面に炊事場の所と同様の屋根を備えた多目的エリアがある。バーベキューのような火を使うこともできる場所だ。
 その日も翔太たち一行以外にもバーベキューをしている人がいた。
 準備は大半が昼のうちに終わっていたので、男性陣で食材運搬、機材のセットと火おこし。女性陣が細かい食器や飲み物のセッティングをして、適当な食材を焼き始めて乾杯とあいなった。

 ところで、この人数のバーベキューでは普通は用意しないようなサイズのものまでがあった。
 中盤に差し掛かった折に、美鈴はおもむろにその蓋を開けて、どんぶりにてんこ盛りのご飯を盛り付けたものだから、さすがに翔太でも少し引いた。食堂の厨房で使うような、二十人前くらい入る保温ジャーに半分くらい、つまり十人前くらいは入っているわけだ。保温ジャーは神社の会合行事の時に使うものを拝借してきたのだ。
 裕美と大輔は、どう反応していいのか、ただ困惑していた。
「それ誰が食べるのさ」
 翔太自身には答えは分かりきっていることだが、聞かずにはおられなかった。
「あたしに決まってんじゃん」
 即答する美鈴もどうかと思うが。
「あ、でも、私も少しもらっていいかな。ツヤツヤしてて美味しそう」
「うん、岩坂さんはわかってるねえ」
 そう言いつつ、さすがに普通の茶碗を手にしたが、またてんこ盛りに盛ろうとしたのは翔太が止めた。
「どうぞ」
「ありがとう。三法屋さん」
「美鈴でいいわよ」
「じゃあ私も裕美で」
 これで調子にのった美鈴は、隣の家族らしきグループにまで、ご飯を勧めに行く始末。
 まあ、曲がりなりにもまともなご飯であるのだから、向こうでも表向きは素直に受け取ってくれた。
「そこまでやらなくたって」
「あーら、これでご飯を手にしてないのは、翔太と久留間さんだけなんだけど、どうしたことかしら」
 ぷっ、と思わず裕美は吹いてしまった。だが、それで終わらず、下を向いてプルプル震えている。
「なんか…ツボに入ったか」
 こくこくと裕美がうなずく。まだ声が出せないらしい。
 だが、そこに美鈴からのトドメが入った。
「日本人なら、米を食えー!」
 裕美は我慢できず、大声で笑い出した。
「はしゃぎすぎだよ」
 翔太の手刀が美鈴の脳天にヒットした。とは言っても、ほとんど力は入れてはいなかったのだが。
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