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ある夫妻

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 新しい町に引っ越してきたのは、心機一転を図るためだった。仕事の都合で都会を離れ、自然に囲まれたこの静かな町での生活は、初めのうちは穏やかで平和そのものだった。私、佐藤翔太は、隣に住む親切な老夫婦、田中夫妻とすぐに打ち解けた。毎朝庭を掃く田中さんと、その傍らで微笑む田中夫人。お茶に招かれた私は、彼らの昔話や手料理に心を和ませた。

 しかし、ある日スーパーで偶然出会った町の人々と立ち話をしていると、彼らが微妙に言葉を濁すことに気づいた。

「隣の田中さん?ああ…親切な方ですよね。でも、あの家には…」と言葉を続けない。それが気になって、私は図書館で町の過去の新聞記事を調べ始めた。

 数十年前、その家で起きた未解決の失踪事件の記事を見つけた。事件は不気味だった。家族全員がある夜突然姿を消したというものだった。田中夫妻が引っ越してきたのは、その事件の後だ。私の心には一抹の不安が芽生えた。

 その不安は夜毎に強まった。夜になると、隣の家から奇妙な声や物音が聞こえてくる。最初は風の音や動物の鳴き声だと自分に言い聞かせたが、次第にそれが明らかに異常だと感じるようになった。囁き声、すすり泣き、かすかな悲鳴。私の眠りは次第に浅くなっていった。

 ある夜、真相を突き止めようと決心した私は、懐中電灯と工具を持って田中夫妻の家に忍び込んだ。玄関は施錠されていなかった。息を潜めて廊下を進むと、地下へ続く階段を見つけた。そこから微かに声が聞こえてくる。意を決して階段を降りた。

 地下室の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。壁一面にびっしりと貼られた写真や新聞の切り抜き。失踪事件の家族の写真もあった。そして、その中央に設置された古びたオーディオ機器。声はそこから流れていた。

 突然、背後で足音がした。振り向くと、そこには田中夫妻が立っていた。彼らの顔は暗い陰に包まれ、不気味な笑みを浮かべていた。

「あら、翔太さん。こんな時間にどうされたのかしら?」

 私は後ずさりし、逃げようとしたが、田中さんが冷たい声で言った。

「昔のことに興味があるのはいいけど、詮索しすぎると良くないよ」

 背筋に冷たい汗が流れた。田中夫人が続けた。

「でも、もう遅いわね。さあ、私たちと一緒に静かに暮らしましょう」

 私は必死に逃れようとしたが、次の瞬間、視界が暗転した。気がつくと、彼は地下室の一角にある小さな檻の中に閉じ込められていた。周囲には他の檻もあり、そこには痩せ細った人々がいた。彼らの目は虚ろで、生気を失っていた。

 田中夫妻が地下室の扉を閉める音が響き、再び静寂が訪れた。
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