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Chapter 2
departure
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蒼と莉子、それに沢原は駐屯地の時間帯で動き始めるつもりが、0630の起床ラッパで目を覚ますことが出来ず、隊員食堂が閉まるギリギリに滑り込んだ。
そして戦闘服の隊員に混ざり、ぼーっとした眼でTシャツ姿の4人の中高生が朝食を食べているのは、凄く不自然で大いに目立っていた。
外来宿舎に戻ってからは、まだ眠たい目を擦っていた。使った毛布やシーツを畳み簡単な掃除をする。それが終わると身支度を整えた。そして、PXで買い揃えて貰った、迷彩柄のデイバッグに着替えや生活雑貨を詰め、それを背負い管制塔がある建物のブリーフィングルームを目指して隊舎を出た。
立川駐屯地は陸自の航空科の部隊があり、900mの滑走路を有し固定翼機も離発着できる。そして、国旗がラッパと共に上がると、格納庫前のエプロンと呼ばれるに所に、搬出された多用途ヘリコプターUH-1Jが偵察任務のため離陸準備を始めていた。APUが機体の脇に停まり、パイロットが機体の確認するPRをしているところだ。
その他にも牽引車に引かれ、格納庫から機体を搬出する光景が目に入った。
そして広大な飛行場を望む場所で、言い争いを繰り広げる大溝兄妹。
格納庫の時計は8時40分。既に気温は25℃位あり、少し動くと額に汗が滲む。天気予報では次第に下り坂になると言っていたが、エプロンの真っ白いコンクリートが太陽を勢いよく反射し周囲を照らしていた。
「私は一緒に行くからね!!ボッチ―の死に様を見届けるんだから!!」
幼げで甲高い莉子の声が飛行場地区に響く。
「おいおい、縁起の悪い事言うなよ‥‥‥。でも、ここから先は下手したら死ぬぞ!!昨日も空砲の銃を持って敵に向かって行ったり、まさに無鉄砲だったじゃないか!」
(お、蒼くん上手い事言うな‥‥‥)
「大丈夫だって!今度はユヅキさんの指示に従うもん!」
腕を組んでほっぺを膨らまし、まるで駄々をこねる子供のようだ。
「いやいや、そう言う問題じゃない。危険なんだよ!デンジャラス!!神崎さんからもなんか言ってやって下さい!」
隣を歩く神埼3曹に助けを求める蒼だが、さっきから余所余所しく少しずつ距離を取られている気配を感じていた。
「うーん、そうだね。あとはご家族の問題であり、当社では関わり合いの無い事なので‥‥‥」
あからさまに距離を取り始め、ワザとらしくハンカチで汗を拭う神崎 日向3等陸曹。予想外の意味不明な返事に蒼は困惑していた。
「おい!神崎!冷たい奴だな!」
後ろに居た遠山1曹が笑いながら窘める。
「遠山のおやっさん!そんな事言われても、正直難しい問題じゃないっすか!?妹も兄もお互いを心配しているって事で、じゃぁ何が最適解なのかなんて事になると、自分の立場から何て言えば良いのか分かりませんよ!」
神崎は本心を言っていた。普通なら妹は隠れていなさい!と言うのだろうが、全てが終わった時、それが本当に良い選択だったかどうかなんて誰にも分からない。
「ま、確かにそうだけどな‥‥‥。正直な所、我々自衛隊も敵となる相手の脅威度を測れていない。ひょっとしたら、ディビジョンが地球に来た途端、一瞬で人類が消滅するかもしれないし、実は結構互角に戦えるかもしれない。まぁそれは極端だけど。初めて未知の敵から侵略を受けているんだ、どうなるかなんて分からない。だけどな、少年。男は戦わなくてはならない時があるんだよ!!!」
遠山1曹はそう言うと、莉子の両肩に手を置いてニヤリと笑った。
「遠山1曹!!私は女です!」
キッと睨む莉子。
「ほら!おやっさんだって、はぐらかしているじゃないですか!!」
「ま、まぁ‥‥‥ハハハ。でも、離れて心配するよりかは一緒に居たいと言うのは分からんでもない。それに莉子ちゃんは昨日の銃撃戦を見ているというか、中心に居たんだろ?それって、普通の自衛官でも体験した事は無いのは確かだよ。ハッキリ言って経験値なら、自分なんかより有るのかもね」
「ほら!!遠山のオッサンもああ言っているじゃん!!」
「バカ!おやっさんだよ!失礼な事を!」
「それに母さんにも言われたの!」
「何て言われたんだよ!!」
「蒼の骨を拾うのは莉子。お前だけだよってさ!!ウルウル‥‥‥」
母の泣き真似をして、蒼を完全に揶揄っている。
「ちょっと待て!何で僕が死ぬ前提なんだ!!」
莉子は言葉の端々に、蒼をディスリスペクトする単語が入っている。
花宗はコントのような兄妹の言い争いを黙って見ていた。一人っ子で、小さいころから使命のために戦闘訓練やウテガになるための教育三昧だった花宗にとって、言いたい事を言い合える兄妹が少し羨ましくも思えた。
「蒼、莉子ちゃんも連れて行きましょう。本当に危険になったら、そこから最短のシェルターに行く事を条件に」
「ありがとう!ユヅキさん!頑張って足手纏いにならないようにして、必ず兄の墓を建てるから!!」
目に涙をためて花宗の両手を握る莉子。そして顔いっぱいに笑顔を作っている。その背後をUH-1Jが牽引され通り過ぎて行った。
「う、うん‥‥‥。でも約束は絶対守って」
(墓?お墓?)
「は、はい!!」
蒼は納得していない様子で、口をへの字に曲げていた。
「あ‥‥‥の、私も一緒に‥‥‥行きたい!」
ずっと黙っていた沢原が少し緊張しながら口を開いた。
「よっしゃー!良いですよ!!ドンドン行きましょう!!」
莉子は無責任にもハイテンションになり一人で騒いでいた。それを見ていた周囲の自衛官は『まったく、何でこの有事に一般人が駐屯地で騒いでいるんだ』と言わんばかりの冷たい視線を向けていた。
「おい声がデカい!それに莉子にそんな権限はないぞ!!調子にのるな!」
蒼のチョップが莉子の脳天を直撃した。
「イテっ!てへっ」
莉子はベロを出してニコリと胡麻化した。
「沢原さん本当にここからは危険ですよ。遠山1曹が言っていたように、敵の危険度も未知数です。それに皆神山まで辿り着けるか分からないし‥‥‥それに親御さんも凄く心配していると思うよ‥‥‥」
蒼は関係のない沢原 亜紀には安全な所に行っていて欲しいと心から思っていた。
沢原はギュッと手を組んで、思い詰めた表情をしていた。そして、一気に心の内を捲し立てた。
「私は、教室で大溝君に手を引っ張られて、助けられたときは頭を打ってボーっとしていたけど、でも心のどこかでドキドキして、何かが起きる予感がした。そして、この地球で起きている小説みたいな出来事を知ってしまって、最後がどうなるか、そこまで行けないかもしれないけど‥‥‥でも、大溝君と一緒に見てみたいの!!この話の結末を!!」
「だ、だ、駄目です!!沢原さんは、ぜ、絶対一緒に連れてはいけません!!」
花宗は額から大粒の汗を垂らし、沢原の言葉に動揺を隠せなかった。
(ははぁ~ん‥‥‥なるほどねぇ~。これは!)
それを見ていた矢留は、厭らしくニヤリと笑い何かを企んでいた。
「ユヅキちゃん、まーまー良いじゃん!一緒に行こうよ!4人でさ!そっちの方が(色々面白そう)だし!!」
「矢留2曹!そんな無責任な事を!それに、『そっちの方が』何なんです!?」
「いや!別になんも言っていないし!それに、今回はアタシら精鋭部隊が同行するんだよ。しかも武装したヘリも一緒。それなら何かに遭っても、対策は出来ると思うし!」
「んー‥‥‥。矢留2曹がそう言うなら‥‥‥。じゃ、じゃぁ何があっても責任取れないし、危険が迫ればすぐに莉子ちゃんとシェルターに行って貰うからね!!それにご両親にも連絡しといてよ!」
花宗は矢留2曹の手前、渋々承諾せざる負えなかった。本当は危険と言うより別の感情が有ったのだが、花宗自身それに気づいているのか定かではない。それも、外野を除いては‥‥‥。
(よしよし!良い感じ、ムフフフフフフフフ)
(あ、このオバハン、絶対何か企んでやがる‥‥‥!)
何か不穏な思惑を察知した神崎3曹。しかし、敢えてその事には気付かない振りをするので有った‥‥‥。
「ありがとう!花宗さん‥‥‥」
花宗は沢原に返事をせず、プイっと皆から離れ、足早にブリーフィングルームへ向かって行った。
「ユヅキさん何か怒ってるの?」
「別に怒っていませんよ!蒼はちゃんと準備出来ているの!?貴方がキーパーソンなんだからしっかりしてよね!ったく!!」
(やはり怒っている‥‥‥怖い)
ぷりぷりと怒る花宗のオーラに、蒼はそれ以上話し掛ける事は出来なかった!
――――
ブリーフィングルームに入ると、柳川3佐と城隅1尉が飛行経路の相談をしていた。
「おはよう。みんな疲れはとれたか?」
「おはようございます。何とか、大丈夫です‥‥‥」
蒼はそう言ったが、本当は一日ゴロゴロしていたいと言うのが本音だった。
「そうか、それは良かった。それで、莉子ちゃんと沢原さんは移動手段を確保しているから安心して欲しい」
「柳川3佐、その事なんですが、私達2人も同行する事にしました」
莉子と沢原は柳川3佐の前に立つと、キッと唇を引き結び覚悟を決めた事を表情から訴えていた。暫く、黙っていた柳川は溜息を洩らした。
「本当に良いんだな?この先はキツイ事になる。覚悟はいいね?」
「はい!大丈夫です!!」
「遠山1曹、すまないが基山に連絡して、鉄鉢と半長靴を2人分追加するように伝えてくれないか」
「了解です。‥‥‥2人の足のサイズを教えてくれ」
遠山1曹は席を立つと携帯電話を取り出した。
「他は取り合えず座って聞いてくれ。ディビジョンが地球に到達するまで、あと1日も無い。城隅1尉と飛行経路について話していたのだが、皆神山なら順調に行けば30分位で飛行できる距離だ。しかし、長野県北部、群馬県西部の天候が悪い。強風とシーリングが低いから高度を取れない。それにサンクトゥスレガトゥス協会がどう動いてくるか‥‥‥。こっちの武装はM2ブローニング重機関銃、ミニミ、89式小銃と神崎の64スナイパー、それにH&K SFP9M 拳銃とユヅキさんに円筒印章だけだ。弾薬とレーションは積めるだけ積む。あとは出たとこ勝負かな」
「サンクトゥスレガトゥス協会から攻撃を受け、ヘリを放棄した場合はどうする予定ですか?」
矢留2曹が缶コーヒーのプルタブを開けながら質問した。
「その時はプランBだ。基山2曹には一トン半で陸路を移動しているから、ヘリ移動が困難の場合時に回収してもらう」
「了解です」
管制塔前に中型トラック通称一トン半が停車し、基山2曹が運転席から降りてきた。
「柳川3佐、銃と弾薬やら食料、装備類を持ってきました」
「お、ありがとう。4人は半長靴に履き替えてくれ、スニーカーじゃ足を痛める。それと鉄鉢と‥‥‥防弾ベストは持っているんだよな?あとは個人用携帯無線機をベストに装着しておいてくれ」
「はい、わかりました」
「準備出来たら、ヘリに積載して出発する」
「了解です!!」
矢留2曹と神崎3曹がエプロンに駐機してあるUH-60 JAに弾薬などを積み込んで、M2ブローニング重機関銃とミニミ軽機関銃を機体の左右に設置していた。
蒼は空を見た。さっきまで照りつく太陽が顔を出していたが、今は少しずつ雲が広がり今にも太陽を覆い隠そうとしていた。
「よし!搭乗!」
柳川3佐の号令で、全員がヘリに乗り込んだ。グレーのパイプで作られた椅子に座りベルトを締めると、ヘッドセットを装着した。
「蒼、大丈夫?緊張してる?」
花宗が蒼を気遣って話し掛けた。しかし、花宗含め全員が緊張しているはずだ。
「う、うん‥‥‥そりゃね。ユヅキさんは?」
「勿論緊張しているわ。でも私の使命は蒼を聖域に導く事。それは何としても叶えてみせる」
そう言うと、花宗はニコリと笑い親指を上に向けた。でも、蒼はどういう顔をしていたのか自分でも分からなった。引き攣った笑顔だったかもしれないし、無表情だったのかもしれない。
それから、蒼は少しでも緊張感を和らげるために、パイロットの音声を聞いていようと神崎3曹に機内通話装置の操作を教わっていた。
「ほら、天井に黒いCCU操作パネルが有るから、聞きたい無線機をこのトグルスイッチで選択すれば聞こえる。別に無線機の送信とかは出来ないから弄っても問題ないよ」
「ありがとうございます」
機体の右側にあるガナードア下に、電源車から伸びる黒く太いケーブルが接続され、地上クルーがエンジン始動をサポートする準備をしていた。
UH-60 JAは2機のエンジンが搭載されており、No,1とNo,2を順番に始動させる。
「APU接!」
パイロットも外にいる地上クルーも全員が、両手の平でTの字を作った。
マスターコーションのビープ音が響く。
「No,1エンジンスタート!」
ヒーーーーーーーーーーーン
計器パネルのほぼ中央にある、VIDSのローターやタービンの回転数及びトルクの数値が徐々に上へ伸びていく。
モーターがコンプレッサーを回し、周囲の空気を吸い込み始めるとメインローターが動き始めた。そして、徐々に音が大きくなり、エンジンには圧縮され高温になった空気と航空燃料JP-4が添加され、イグニッションのスパークで一気に爆発する。
それに合わせて花宗、蒼、莉子、沢原の鼓動も次第に強くなっていった。
ゴーーーーーーーーーーーーーー!
エンジンが始動され排気口から高温の排気ガス吐き出される。
機内はイヤーマフかヘッドセットを着けていないと耳が駄目になる。そのぐらい五月蠅かった。
「APU断」
さっきとは逆にTの字から両手を話す動作をした。速やかに地上クルーが、ケーブルと消火器を電源車に格納し機体から離れて行った。
スロットルでエンジン回転数をアイドルからフルスロットルにする。そして、管制塔に離陸許可を求め、OKが出ると誘導員の指示で離陸を始めた。降着装置のショックアブソーバーが伸びて、タイヤが地面から離れるフワッとした感触が機内にも伝わってきた。
とうとう離陸した。蒼がカラグとなるための、アブアマの記憶に触れる為に!皆神山を目指して!
そして戦闘服の隊員に混ざり、ぼーっとした眼でTシャツ姿の4人の中高生が朝食を食べているのは、凄く不自然で大いに目立っていた。
外来宿舎に戻ってからは、まだ眠たい目を擦っていた。使った毛布やシーツを畳み簡単な掃除をする。それが終わると身支度を整えた。そして、PXで買い揃えて貰った、迷彩柄のデイバッグに着替えや生活雑貨を詰め、それを背負い管制塔がある建物のブリーフィングルームを目指して隊舎を出た。
立川駐屯地は陸自の航空科の部隊があり、900mの滑走路を有し固定翼機も離発着できる。そして、国旗がラッパと共に上がると、格納庫前のエプロンと呼ばれるに所に、搬出された多用途ヘリコプターUH-1Jが偵察任務のため離陸準備を始めていた。APUが機体の脇に停まり、パイロットが機体の確認するPRをしているところだ。
その他にも牽引車に引かれ、格納庫から機体を搬出する光景が目に入った。
そして広大な飛行場を望む場所で、言い争いを繰り広げる大溝兄妹。
格納庫の時計は8時40分。既に気温は25℃位あり、少し動くと額に汗が滲む。天気予報では次第に下り坂になると言っていたが、エプロンの真っ白いコンクリートが太陽を勢いよく反射し周囲を照らしていた。
「私は一緒に行くからね!!ボッチ―の死に様を見届けるんだから!!」
幼げで甲高い莉子の声が飛行場地区に響く。
「おいおい、縁起の悪い事言うなよ‥‥‥。でも、ここから先は下手したら死ぬぞ!!昨日も空砲の銃を持って敵に向かって行ったり、まさに無鉄砲だったじゃないか!」
(お、蒼くん上手い事言うな‥‥‥)
「大丈夫だって!今度はユヅキさんの指示に従うもん!」
腕を組んでほっぺを膨らまし、まるで駄々をこねる子供のようだ。
「いやいや、そう言う問題じゃない。危険なんだよ!デンジャラス!!神崎さんからもなんか言ってやって下さい!」
隣を歩く神埼3曹に助けを求める蒼だが、さっきから余所余所しく少しずつ距離を取られている気配を感じていた。
「うーん、そうだね。あとはご家族の問題であり、当社では関わり合いの無い事なので‥‥‥」
あからさまに距離を取り始め、ワザとらしくハンカチで汗を拭う神崎 日向3等陸曹。予想外の意味不明な返事に蒼は困惑していた。
「おい!神崎!冷たい奴だな!」
後ろに居た遠山1曹が笑いながら窘める。
「遠山のおやっさん!そんな事言われても、正直難しい問題じゃないっすか!?妹も兄もお互いを心配しているって事で、じゃぁ何が最適解なのかなんて事になると、自分の立場から何て言えば良いのか分かりませんよ!」
神崎は本心を言っていた。普通なら妹は隠れていなさい!と言うのだろうが、全てが終わった時、それが本当に良い選択だったかどうかなんて誰にも分からない。
「ま、確かにそうだけどな‥‥‥。正直な所、我々自衛隊も敵となる相手の脅威度を測れていない。ひょっとしたら、ディビジョンが地球に来た途端、一瞬で人類が消滅するかもしれないし、実は結構互角に戦えるかもしれない。まぁそれは極端だけど。初めて未知の敵から侵略を受けているんだ、どうなるかなんて分からない。だけどな、少年。男は戦わなくてはならない時があるんだよ!!!」
遠山1曹はそう言うと、莉子の両肩に手を置いてニヤリと笑った。
「遠山1曹!!私は女です!」
キッと睨む莉子。
「ほら!おやっさんだって、はぐらかしているじゃないですか!!」
「ま、まぁ‥‥‥ハハハ。でも、離れて心配するよりかは一緒に居たいと言うのは分からんでもない。それに莉子ちゃんは昨日の銃撃戦を見ているというか、中心に居たんだろ?それって、普通の自衛官でも体験した事は無いのは確かだよ。ハッキリ言って経験値なら、自分なんかより有るのかもね」
「ほら!!遠山のオッサンもああ言っているじゃん!!」
「バカ!おやっさんだよ!失礼な事を!」
「それに母さんにも言われたの!」
「何て言われたんだよ!!」
「蒼の骨を拾うのは莉子。お前だけだよってさ!!ウルウル‥‥‥」
母の泣き真似をして、蒼を完全に揶揄っている。
「ちょっと待て!何で僕が死ぬ前提なんだ!!」
莉子は言葉の端々に、蒼をディスリスペクトする単語が入っている。
花宗はコントのような兄妹の言い争いを黙って見ていた。一人っ子で、小さいころから使命のために戦闘訓練やウテガになるための教育三昧だった花宗にとって、言いたい事を言い合える兄妹が少し羨ましくも思えた。
「蒼、莉子ちゃんも連れて行きましょう。本当に危険になったら、そこから最短のシェルターに行く事を条件に」
「ありがとう!ユヅキさん!頑張って足手纏いにならないようにして、必ず兄の墓を建てるから!!」
目に涙をためて花宗の両手を握る莉子。そして顔いっぱいに笑顔を作っている。その背後をUH-1Jが牽引され通り過ぎて行った。
「う、うん‥‥‥。でも約束は絶対守って」
(墓?お墓?)
「は、はい!!」
蒼は納得していない様子で、口をへの字に曲げていた。
「あ‥‥‥の、私も一緒に‥‥‥行きたい!」
ずっと黙っていた沢原が少し緊張しながら口を開いた。
「よっしゃー!良いですよ!!ドンドン行きましょう!!」
莉子は無責任にもハイテンションになり一人で騒いでいた。それを見ていた周囲の自衛官は『まったく、何でこの有事に一般人が駐屯地で騒いでいるんだ』と言わんばかりの冷たい視線を向けていた。
「おい声がデカい!それに莉子にそんな権限はないぞ!!調子にのるな!」
蒼のチョップが莉子の脳天を直撃した。
「イテっ!てへっ」
莉子はベロを出してニコリと胡麻化した。
「沢原さん本当にここからは危険ですよ。遠山1曹が言っていたように、敵の危険度も未知数です。それに皆神山まで辿り着けるか分からないし‥‥‥それに親御さんも凄く心配していると思うよ‥‥‥」
蒼は関係のない沢原 亜紀には安全な所に行っていて欲しいと心から思っていた。
沢原はギュッと手を組んで、思い詰めた表情をしていた。そして、一気に心の内を捲し立てた。
「私は、教室で大溝君に手を引っ張られて、助けられたときは頭を打ってボーっとしていたけど、でも心のどこかでドキドキして、何かが起きる予感がした。そして、この地球で起きている小説みたいな出来事を知ってしまって、最後がどうなるか、そこまで行けないかもしれないけど‥‥‥でも、大溝君と一緒に見てみたいの!!この話の結末を!!」
「だ、だ、駄目です!!沢原さんは、ぜ、絶対一緒に連れてはいけません!!」
花宗は額から大粒の汗を垂らし、沢原の言葉に動揺を隠せなかった。
(ははぁ~ん‥‥‥なるほどねぇ~。これは!)
それを見ていた矢留は、厭らしくニヤリと笑い何かを企んでいた。
「ユヅキちゃん、まーまー良いじゃん!一緒に行こうよ!4人でさ!そっちの方が(色々面白そう)だし!!」
「矢留2曹!そんな無責任な事を!それに、『そっちの方が』何なんです!?」
「いや!別になんも言っていないし!それに、今回はアタシら精鋭部隊が同行するんだよ。しかも武装したヘリも一緒。それなら何かに遭っても、対策は出来ると思うし!」
「んー‥‥‥。矢留2曹がそう言うなら‥‥‥。じゃ、じゃぁ何があっても責任取れないし、危険が迫ればすぐに莉子ちゃんとシェルターに行って貰うからね!!それにご両親にも連絡しといてよ!」
花宗は矢留2曹の手前、渋々承諾せざる負えなかった。本当は危険と言うより別の感情が有ったのだが、花宗自身それに気づいているのか定かではない。それも、外野を除いては‥‥‥。
(よしよし!良い感じ、ムフフフフフフフフ)
(あ、このオバハン、絶対何か企んでやがる‥‥‥!)
何か不穏な思惑を察知した神崎3曹。しかし、敢えてその事には気付かない振りをするので有った‥‥‥。
「ありがとう!花宗さん‥‥‥」
花宗は沢原に返事をせず、プイっと皆から離れ、足早にブリーフィングルームへ向かって行った。
「ユヅキさん何か怒ってるの?」
「別に怒っていませんよ!蒼はちゃんと準備出来ているの!?貴方がキーパーソンなんだからしっかりしてよね!ったく!!」
(やはり怒っている‥‥‥怖い)
ぷりぷりと怒る花宗のオーラに、蒼はそれ以上話し掛ける事は出来なかった!
――――
ブリーフィングルームに入ると、柳川3佐と城隅1尉が飛行経路の相談をしていた。
「おはよう。みんな疲れはとれたか?」
「おはようございます。何とか、大丈夫です‥‥‥」
蒼はそう言ったが、本当は一日ゴロゴロしていたいと言うのが本音だった。
「そうか、それは良かった。それで、莉子ちゃんと沢原さんは移動手段を確保しているから安心して欲しい」
「柳川3佐、その事なんですが、私達2人も同行する事にしました」
莉子と沢原は柳川3佐の前に立つと、キッと唇を引き結び覚悟を決めた事を表情から訴えていた。暫く、黙っていた柳川は溜息を洩らした。
「本当に良いんだな?この先はキツイ事になる。覚悟はいいね?」
「はい!大丈夫です!!」
「遠山1曹、すまないが基山に連絡して、鉄鉢と半長靴を2人分追加するように伝えてくれないか」
「了解です。‥‥‥2人の足のサイズを教えてくれ」
遠山1曹は席を立つと携帯電話を取り出した。
「他は取り合えず座って聞いてくれ。ディビジョンが地球に到達するまで、あと1日も無い。城隅1尉と飛行経路について話していたのだが、皆神山なら順調に行けば30分位で飛行できる距離だ。しかし、長野県北部、群馬県西部の天候が悪い。強風とシーリングが低いから高度を取れない。それにサンクトゥスレガトゥス協会がどう動いてくるか‥‥‥。こっちの武装はM2ブローニング重機関銃、ミニミ、89式小銃と神崎の64スナイパー、それにH&K SFP9M 拳銃とユヅキさんに円筒印章だけだ。弾薬とレーションは積めるだけ積む。あとは出たとこ勝負かな」
「サンクトゥスレガトゥス協会から攻撃を受け、ヘリを放棄した場合はどうする予定ですか?」
矢留2曹が缶コーヒーのプルタブを開けながら質問した。
「その時はプランBだ。基山2曹には一トン半で陸路を移動しているから、ヘリ移動が困難の場合時に回収してもらう」
「了解です」
管制塔前に中型トラック通称一トン半が停車し、基山2曹が運転席から降りてきた。
「柳川3佐、銃と弾薬やら食料、装備類を持ってきました」
「お、ありがとう。4人は半長靴に履き替えてくれ、スニーカーじゃ足を痛める。それと鉄鉢と‥‥‥防弾ベストは持っているんだよな?あとは個人用携帯無線機をベストに装着しておいてくれ」
「はい、わかりました」
「準備出来たら、ヘリに積載して出発する」
「了解です!!」
矢留2曹と神崎3曹がエプロンに駐機してあるUH-60 JAに弾薬などを積み込んで、M2ブローニング重機関銃とミニミ軽機関銃を機体の左右に設置していた。
蒼は空を見た。さっきまで照りつく太陽が顔を出していたが、今は少しずつ雲が広がり今にも太陽を覆い隠そうとしていた。
「よし!搭乗!」
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「蒼、大丈夫?緊張してる?」
花宗が蒼を気遣って話し掛けた。しかし、花宗含め全員が緊張しているはずだ。
「う、うん‥‥‥そりゃね。ユヅキさんは?」
「勿論緊張しているわ。でも私の使命は蒼を聖域に導く事。それは何としても叶えてみせる」
そう言うと、花宗はニコリと笑い親指を上に向けた。でも、蒼はどういう顔をしていたのか自分でも分からなった。引き攣った笑顔だったかもしれないし、無表情だったのかもしれない。
それから、蒼は少しでも緊張感を和らげるために、パイロットの音声を聞いていようと神崎3曹に機内通話装置の操作を教わっていた。
「ほら、天井に黒いCCU操作パネルが有るから、聞きたい無線機をこのトグルスイッチで選択すれば聞こえる。別に無線機の送信とかは出来ないから弄っても問題ないよ」
「ありがとうございます」
機体の右側にあるガナードア下に、電源車から伸びる黒く太いケーブルが接続され、地上クルーがエンジン始動をサポートする準備をしていた。
UH-60 JAは2機のエンジンが搭載されており、No,1とNo,2を順番に始動させる。
「APU接!」
パイロットも外にいる地上クルーも全員が、両手の平でTの字を作った。
マスターコーションのビープ音が響く。
「No,1エンジンスタート!」
ヒーーーーーーーーーーーン
計器パネルのほぼ中央にある、VIDSのローターやタービンの回転数及びトルクの数値が徐々に上へ伸びていく。
モーターがコンプレッサーを回し、周囲の空気を吸い込み始めるとメインローターが動き始めた。そして、徐々に音が大きくなり、エンジンには圧縮され高温になった空気と航空燃料JP-4が添加され、イグニッションのスパークで一気に爆発する。
それに合わせて花宗、蒼、莉子、沢原の鼓動も次第に強くなっていった。
ゴーーーーーーーーーーーーーー!
エンジンが始動され排気口から高温の排気ガス吐き出される。
機内はイヤーマフかヘッドセットを着けていないと耳が駄目になる。そのぐらい五月蠅かった。
「APU断」
さっきとは逆にTの字から両手を話す動作をした。速やかに地上クルーが、ケーブルと消火器を電源車に格納し機体から離れて行った。
スロットルでエンジン回転数をアイドルからフルスロットルにする。そして、管制塔に離陸許可を求め、OKが出ると誘導員の指示で離陸を始めた。降着装置のショックアブソーバーが伸びて、タイヤが地面から離れるフワッとした感触が機内にも伝わってきた。
とうとう離陸した。蒼がカラグとなるための、アブアマの記憶に触れる為に!皆神山を目指して!
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