The Providence ー遭遇ー

hisaragi

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Chapter 2

truth of fate

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防衛省地下施設
Unknown One Task Force 

 Unknown Oneが動き出した。

 再び現れてから特に大きな動きは無く、完全に停止していると思われたUnknown Oneから、無数の球体が吐き出されたのだ。

 観測衛星運用管制班と追跡班のブースが慌ただしくなり、強大なモニターに光学望遠鏡とX線望遠鏡の画像が映し出された。

 画像には太陽光を受けて、僅かに光る沢山の粒子で出来た塊が確認できる。

 コンコン

「佐々木ディレクター。JAXAとNASAから重要なデータを受信しました」
 
 佐々木は仮眠室で横になって目を瞑っていたが、ADからの報告で直ぐにメインルームに向かった。

「ありがとう。で、重要度は?」

「それが、かなりシリアスです。NORADからも同じ報告が来ています」
 ADの冷静な口ぶりが逆に事の重大さを感じさせた。
「そうか。了解した」
 
 佐々木が巨大なモニターの前に立つと、分析班の伊藤チーフがデータシートを持って、顔を紅潮させながら近づいて来た。

「ディレクター。とうとう動き出しました‥‥‥。無数の球体がUnknown Oneから出て来たんです!」
 モニターには拡大された球体の一つが映し出された。

「数はどのくらいです?それに大きさは!?」

「あくまでも推定ですが、直径250から350m、数は150から250個ほどです。これも同じく球体です。組成は分かりませんが、セラミックに近い物質と推測されます。速度は時速約3万㎞で真っすぐ地球に向かっています」

「250‥‥‥!それが150個以上も来ているんですか!?到達日数は?」

「はい‥‥‥。あと2日で地球に到達します‥‥‥」

「何!?たった2日で!?直ぐに防衛大臣に繋いでくれ!」

 今まで陰謀論だったものが、現実に変わった瞬間だった。地球外文明で作られた物体が、何らかの意図を持って地球に向かっている。多分、それは友好的なものではないだろう。佐々木は何となくそう考えていた――。
 
 
――――

首相官邸
危機管理センター

 Unknown One Task Forceからの報告を受け、物部総理と閣僚全員がこの地下に集まっていた。

「宜しいですか?もう、隠すことは出来ません。各国と足並みを揃えている場合ではないでしょう。国民には真実を私から説明します。すぐに会見の準備を進めて下さい」

 物部総理は腹を括った。相手が何者で、目的は分からない。だが、とても友好的な来訪者には思えない。最悪の事態を考えて、一人でも多くの国民を救わねばならない。そう決意していた――。

 増山防衛大臣は切迫したこの状況で、日本政府存続を第一に考えていた。
「総理。我々は移動します」

「移動?どこへですか?まさか、逃げ出せと言うつもりですか!?」
 いつも温厚な物部の表情が硬くなり、語気も荒くなった。

「いえ違いますよ総理。日本政府存続のため、ある場所へ政府の中枢とUnknown One Task Force、それに自衛隊の一部を集める必要があります。この危機管理センターでは、核兵器でも一溜りもありません!」
 地下1階の危機管理センターでは、通常攻撃でも破壊されるだろう。しかも、今回の相手は未知のちからを持った相手だ。日本がどうなるか分からない。

「どこへ行こうと言うのです!?」

「実は、秘密裏に存在する大型シェルターかあるんです。そこなら、核兵器の直撃を受けても持ち堪えることが出来ます」

「大型シェルター?!」
 総理である物部も初めて聞く施設だった。

「そうです。核攻撃を想定して作られており、神奈川県西部の山中にある、通称城山基地。冷戦時代にアメリカの意向で日本の金で作られたものですが、冷戦終結に伴って使われないまま放置されていました。アメリカは年間500万ドル掛かる維持費を理由に、20年ほど前から完全に日本の管理下に置いて、日本の有事の際に使用できるように改修しておいたものです。地下100mにあり、皇族、政府要人、陸海空総隊司令部、米軍の一部、それに必要な技術者や科学者の約3千人を収容でき、およそ1年間生活が出来るように設計されています」

「そ、そんなものが?私は聞いていませんよ!?」

「政府内でも知っている者は極僅かです。そこなら、陸海空自衛隊の指揮、監視衛星の制御、EM-net、モジュール式小型原子炉、それにあらゆる通信手段が確保されています。それに、地下水も豊富にあります。政府が無くなっては国民を守れません。最悪の事態を想定してそこに移動するべきです」

「いえ、私は行きません。安全なところに居て国民を守る事なんてできません!増山さんの仰ることは理解できます。しかし、私は首相官邸から立ち退くわけにはいかないのです。私以外の政府要人はそこへ移動してください。それで、構いません。私に何かあれば副総理が居りますから。その代わり可能な限り最新の情報を私に送って下さい。それを、私の口から国民にお伝えします!」
 物部総理はピシャリと言い放った。Unknown Oneが発見されたころから、こうすると決めていたのかもしれない。

「分かりました。では私も残ります。城山基地と首相官邸の2か所で日本を守りましょう!私にも何かあれば副大臣がいますから」

「いや、増山さんは自衛隊を指揮してください。ここに残って貰う訳にはいきません。地球に向かっている大群は、観光に来るわけではありませんよ?地球の常識が通用しないと思います。一瞬で焼き尽くされるかもしれません」

「なぁに、なんとかなりますよ!!私だって元自衛官です。服務の宣誓だって覚えています!
 首相官邸を要塞にしましょう。対空陣地を構築して、空自のペトリオットとオスプレイ を配備します。それと陸自も配置させます。日本人魂を宇宙人に見せてやりましょう!」
 増山は大仰に笑って見せた。しかし、笑った顔の裏に、総理と同じ腹を括った男の顔があった。
「ふーっ‥‥‥わかりました。何とかしてこの難局を乗り越えて行くしかないですね…」


――――

「2人共スマホの電源を切って!」
 花宗の指示ですぐに電源を切った。  

「それで、今からどこに移動するの?何かあてはある?」

 3人は、纏わりつくようなベタつく空気の中走っていた。

「この先に使った事が無いセーフハウスがあるの。そこには色々揃っているし、莉子ちゃんとも合流できるはず」

 周囲を警戒しつつ、花宗の導きで安全な場所へ移動しているところだった。
 (あ、さっきもここ通った様な気がする‥‥‥)
 
 蒼と沢原は怯えていた。目に入る人は、さっき襲ってきた男の仲間に見え、常にキョロキョロと辺を気にしながら走っていた。

 沢原のお怪我も大したことは無かったようだ。さっきよりもハッキリと受け答えが出来るようになった。

「あ、あの。私は家族に無事を知らせないと。心配していると思うから‥‥‥」
 沢原は暑さのせいなのか、緊張の為から分からないが、額から滲む汗が顎の先から滴り落ちた。顔をタオル地のハンカチで拭く。
「そうよね。セーフハウスに着いたら連絡できる。スマホは良いと言うまで絶対に電源は入れないで」

「う、うん。分かった」

「誰も付いて来ていない?何か気になる事はあった?」

 移動しながら何度か花宗は蒼たちに聞いた。

「僕は無いと思う」
「え、ええ。私も大丈夫だと思うわ」

「セーフハウスはもう少し行ったところにあるから」
 この辺は、蒼の家があったような普通の住宅街で、セーフハウスと呼ばれるものがあるとは思えなった。

「あれ?ここはさっき通ってない?何度も同じ所を通っている気がするけど‥‥‥」

「そうなの、ゴメン。尾行されていないか確認しているの」

「び、尾行?な、なるほど‥‥‥」

――――
 
 花宗が言うセーフハウスに着いた。しかし、セーフハウスというような所では無く、築30年は経っていそうな古い木造のアパートだった。
建てものは2階建てで、花宗は1階の一番左端の部屋のドアの鍵を開けた。

ガチャリ
 
「さ、入って‥‥‥ん!?」
 花宗は、狭い玄関には靴が1足と、床には部屋に向かって赤黒い足跡が続いているのに気付いた。

 蒼と沢原はドラマの様な展開と、花宗のセリフに現実感を感じられなかった。花宗は2人を手で制して、ゆっくりと室内に入った。蒼いと沢原は外で待っていたが、2人の心臓はお互いの鼓動が聞こえるかと思うほど早く脈打って、どこかに居るセミの鳴き声と同じくらい鼓膜を震わせていた。

「だ、大丈夫!!しっかりして!!」
 尋常じゃない花宗の叫びにも似た声を聞いて2人は室内に入った。

 部屋の間取りは1Kで、居室は畳が敷かれた和室、4畳半のキッチンは単身者が使う様な簡素なものだった。

 その畳の上に腹部を真っ赤に染めた男性が横になり、傍らに莉子がいた。莉子は男性の手を取り泣きじゃくっている。

「り、莉子!」
「ボッチ―‥‥‥」

 花宗は男性のポロシャツをたくし上げた。そして、止血のためのタオルを取ると出血点が露わになった。

 心臓の鼓動に合わせてドクドクと腹部の穴から血液が流れている。素人目に見えてみても、数分以内に病院でしかるべき措置を取らないと死ぬ事は容易に想像できた。花宗はすぐにタオルをあてがい強く圧迫する。

「莉子!!お前は大丈夫なのか?」

「ヒック‥‥‥うん、私は大丈夫。この人が助けてくれて、ヒック‥‥‥だけど撃たれてヒック‥‥‥なんとかここまで来たけどヒック‥‥‥血が全然止まらなくて!!‥‥‥」

「莉子ちゃん大丈夫よ!ありがとう。弾は抜けているけど‥‥‥」
 花宗は悲し気な目をして、小さく首を振った。それで、この男性がどうなるのか、そこに居た全員が理解した。死ぬのだ‥‥‥。

「は、早く救急車を呼ばないと!!」

 すでに男性の意識はない。失血性ショックだ。

 カーテンを閉め切った部屋は暗く、蒸し暑い。それから、ほどなくして男性は目を大きく開き、深く息を吸い込むと息絶えた。

「も‥‥‥もしかして亡くなったの?」
 蒼は男性の皮膚が白っぽくなり、目を見開いたまま焦点の定まらない瞳を見た。

「残念ながら、亡くなったわ‥‥‥。動脈が傷ついていて、助からなかった‥‥‥」
 花宗はそう言うと力なくその場に座り込み、見開いた目を閉じた。

 そして、花宗は立ち上がるとキッチンへ行き手に付いた血を洗い流していた。

「莉子ちゃんも、手を洗った方がいいよ‥‥‥」
 莉子の両手は血塗れで、赤黒い血液が腕やTシャツに付着していた。

 花宗に言われて、莉子は両手を見た。そして、大粒の涙を流しながら洗面所へ行く。

 沢原は何が起こったのか分かっていても、現実を受け止められずただ立ち尽くしていた。

 「ちょっと、3人ともキッチンに居て。彼をこのままにはしておけない‥‥‥」

 花宗は泣いていなかったが、悲しんでいるのが分かった。彼女に言われた通り、3人がキッチンに行くと、花宗はガラス障子を閉めた。

 キッチンと居室を遮る引き戸は曇りガラスになっていて、居室の中はハッキリとは見えなかった。しかし、何となく人影の動きは確認できた。それでも、花宗が何をしているのかは分からなった。『こののままにしておけない‥‥‥』彼女は何をしているのだろう。

 30分程で、ガラス障子が再び開かれた。

 3人は首を伸ばし、居室の状態を見ようとした。しかし、亡くなった男性の姿はすでに無く、畳みに赤黒い血痕が残っているだけだった。

 3人は花宗が何をしていたのか、死体はどこへ行ったのか、なんで警察や救急に連絡しなかったのかを、問い質す事は無かった。いや、怖くて聞けなかったのだ。蒼は、聞いた瞬間暗い穴に落ちてしまいそこで現実を知ることになる気がしたからだ。

 徐々にエアコンが効いて涼しくなった部屋には、まだ少し金気臭いヘモグロビンの匂いが漂っていた。

 4人はキッチンの床にペタリと座り込んで黙ったままだった。走って来た疲れでは無く、この部屋で起きた事を見て脱力感に襲われていたからだ。

 静まり返ったアパートの一室には、大きなコンテナボックスとTV、パソコン、小型の無線機だけで、生活感は皆無だった。
「いい、皆よく聞いて。ここには長くても2、3時間くらいしか居られない。そして、もうすぐ日本を含め今まで以上に世界中は大混乱になるの‥‥‥」
 

 そこに、花宗の声だけが響いた――。
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