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Chapter 2
defence
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橘田 早智子官房長官は、記者会見でアメリカと同様、NASA職員のリークを完全に否定した。
それはG7の各国も同様だった。次に小惑星がどう動くか静観するつもりで、NASA職員のリークを黙殺するつもりなのだ。
しかし、マスコミは政府が何かを隠しているとして、きちんとした説明を求める声が集まっていると報じ、世界中の混乱は更にヒートアップした。恐れおののく人々は暴徒となり矛先は政府の施設に向けられていた。警察や軍との小競り合いが、大規模な衝突に発展し沢山の犠牲者が出始めていた。
SNSやネットでは日本政府を始め、各国のトップはすでに異星人に乗っ取られて、人類を操っているという与太話までまことしやかに語れており、更にメディアは古代に宇宙人が地球に来ていたという説を真剣に信じているグループにスポットライトを当てた。彼らは、SNSを通して世界中に信奉者がおり、その数は爆発的に増えていた。彼らは、人類も異星人に作られた可能性があると信じ、世界中に遺された驚異的な遺跡も異星人の介入が有ったと盲信していた。
インタビューでその論者たちはこう語っていた。『異星人が再び地球に帰って来た、新たな人類の進化の為に‥‥‥』
――――
生徒達の中には、小惑星宇宙船説の続報が知りたくて、授業中も隠れてスマホを弄る者が何人かいて、加藤もその一人だった。
鈴木は加藤の後ろに立つと、持っていた教科書の角で一発食らわせる。
ゴツン!
「加藤!またお前か‥‥‥。授業中はスマホをしまっとけ!」
加藤はコソコソとスマホを太腿の上に置いてスマホを見ていたのだ。周囲からクスクスと笑う声が聞こえる。
「イテっ!鈴木体罰は禁止だぞ!」
こういう輩は自分を棚に上げて、相手を責める事には長けている。そして、弱者を気取る奴が多い。
「五月蠅い。スマホ没収して欲しいのか?それに先生が抜けているぞ」
「うっせーな。今は授業どころじゃないだろ!宇宙人が来ているんだぞ!宇宙人!」
加藤は興奮気味に立ち上がって、教室中に聞かせるように大きな声を上げた。
「だが、アメリカ政府が公式に否定しているだろ?NASA職員は心が不安定になってい‥‥‥」
「そんなの、嘘に決まっているじゃん。民間や教育機関には電波望遠鏡や衛星の使用を制限しといて、このタイミングで巨大小惑星とNASAの暴露。これじゃあ否定できないぜ!?」
鈴木はいつも騒ぎを起こす加藤にはウンザリしていた。いくら正論を言っても上げ足を取ったり、屁理屈を捏ねる。しかし、加藤にしてはよく頭が回って、彼の言い分の方がまともに聞こえる。
「グッ‥‥‥やるな。加藤にしてはまともな事を‥‥‥。だけど、今はそれも確定している訳じゃない。君たちのやるべき事は勉強だ。知識や技術が無くては宇宙人とだって戦えないぞ!それに、パニックになるのも良い事じゃない。正しい道を見失ってしまう」
鈴木は加藤だけではなく、他の生徒にも語りかけるように、周囲を見渡しながら口にした。
「えー!鈴木は戦うつもりなの!?すげー!戦う国語教師かよ!!『宇宙人の気持ちを四文字熟語で答えないさい』とかやんのかよ!それに宮沢賢治や今昔物語でどうやって戦うっていうんだ!宮沢賢治を召喚したりしてな!?ギャハハハ!」
宇宙人が来ているなら、現代文や古文では戦えないのは確かだ。それに、宮沢賢治を召喚など出来るわけがない。
「グヌヌヌヌ‥‥‥。と、とにかく今は必要以上にパニックになるな!
一番怖いのは人間の想像力だ。そう言うのは周囲に広がって、思わぬ弊害に繋がる。それが真実を多い隠し、不安を倍増させるものだ。いいか!皆もそうだぞ。冷静に事の成り行きを見守って判断するんだ。いいな?」
『へーい!』
誰かの気のない返事が聞こえた。加藤は納得していないようだが、ぶつくさ言いながらスマホをしまって大人しくなった。
しかし、鈴木も本当のところはどうなのか、今後どうすべきなのか分からなかった。生徒にはああ言ったが、大人だって不安に思っているのだ。
午前の授業が終わるチャイムが鳴った。
「よし、今日はここまで‥‥‥日直‥‥‥」
『あーメシだメシー!』
『パン買いに行く?』
‥‥‥
昼休みになると他クラスからの生徒が自由に出入りして教室は騒々しい。校則では自分のクラス以外は入ってはいけないのだが、先生に見つかってもやんわりと注意される程度だった。
蒼はいつも決まって昼食はパンとパック入りのコーヒー飲料だ。学校の移動販売では無く、コンビニで買ってくるか家から持参している。移動販売に蟻のように群がる生徒達と一緒に買う勇気はなかったからだ。
花宗を見るとカロリーバーやチューブ式のゼリー飲料などで済ませていた。
花宗と蒼の2人は休み時間になっても、時々目を合わせるだけで、直接会話もしないし、できるだけ近づかないようにしていた。必要ならSup?を使って会話が出来るし、あまり目立つ行動は避けた方が良いと花宗は考えていたからだ。
蒼は紙パックのコーヒー飲料を飲み干し、机の上のゴミを片付けていた。ふと、教室の後ろのドアの所に普段は見かけない沢原 亜紀が立っているのが目に入った。
ドアに掛けた手にはA4サイズの印刷物を持っている。
(ん?なんだ?沢原さんだ)
ドアの陰に佇む沢原は直ぐに教室に入ろうとはせず、何か躊躇っているように見えた。花宗も沢原に気付いた。そして、クルリと頭を動かして蒼に目を移す。
(ユ、ユヅキさん‥‥‥なんで、睨むのかな?ぼ、僕何かしたかな‥‥‥)
そして、何人かの生徒が沢原の横を通り過ぎて行った。数分間躊躇っていたが、沢原はグッと唇を噛んで意を決したように教室に一歩踏み入れた。
彼女も友達は居ない方なので、よく独りで居るのを見る。特に廊下や、まして他の教室で見かけることは滅多にない。それなのに、今日は珍しく他の教室に入って来た。内向的に見える彼女にしては珍しい光景だ。
彼女は歩く校則の様に、きちんと決められた服装をしていた。他の女子の様にスカートを短くすることせず、丈は膝まである。真っ白い靴下に、第一ボタンだけ外されたブラウス、リボンも緩みがなかった。
(部活の事かな?)
廊下からはふざけ合う男子の声や、それを見て笑う女子の声が聞こえた。
沢原は教室にゆっくりと入って来て、蒼に真っすぐ向かっていた。
その時、グレーの作業服を着た用務員が、沢原の後方に見えた。手には小さな工具入れを提げ、作業服と同じ色の作業帽を被っていた。
(あれ?いつものオジサンの用務員さんじゃない。代わったのかな?)
蒼は、何となく違和感を感じたが、服装もここの学校の用務員だし、身分証も首から下げているのが見えた。
用務員は静かに歩き、沢原の肩に手を掛けると、急に引き倒した。
「キャッ!!痛い!」
沢原は短い悲鳴を上げて、近くの机に強く頭をぶつけて倒れてしまった。
周囲の生徒も異変に気付いて騒ぎ出した。
『おい!なにやってんだよ!オッサン!!』
『ねぇ、だ、大丈夫?ねぇ!?』
(え!?な、なんで?)
「蒼!私の後ろに下がって!!」
花宗は素早く動くと、あっという間に蒼の腕を掴んで床に引き倒した。
用務員は何かブツブツと言っているがよく聞こえない。
「‥‥‥ディン‥‥‥ディンギルの‥‥‥ディンギル神々の為に‥‥‥」
(な、なにが起こった!!この用務員はなんだ!)
用務員は花宗の前に立った。そして、ゆっくりと工具入れからサップレッサー付きのワルサーPPK/Sを取り出すと、そのまま工具入れを床に放り出した。
ガシャン!激しい音を立てプライヤーやクロスドライバーが床に散乱した。
『なんだあれ!?エアガンか!?』
生徒達は銃と異様な用務員の存在に、異常事態が発生したと理解した。そして、まさに蜘蛛の子を散らすように、慌てて逃げ出し始めた。
『キャー―――!!!!じゅ、銃を持ってる!!に、逃げて!!先生を呼んで!!』
生徒の何人かは、廊下に出ると警察に連絡していた。そして、数人の男子はスマホで撮影している者もいた。
花宗は腰を落とし、用務員の前で身構えている。
沢原さんは、ゆっくりと頭を抱えて起き上がろうとしているのが見えた。
「蒼、合図をしたら教室から出るわよ。良い?」
異常なくらい冷静な花宗の声は、静かで、優しく蒼に話し掛けた。
「う、うん‥‥‥!」
用務員は銃口をこちらに向けると、意味の分からない事を叫んだ!
「ディンギルのもとへ!!」
用務員の人差し指はトリガーをゆっくりと引き始めた。
(や、ヤバイ!撃たれる!)
その時、蒼は花宗が右手に何かを握っているのが見えた。
(な、なんだ!で、どうするんだ!)
蒼の心臓は頭の中にあるかと思うほど脈打つ音が聞こえた!
用務員は多分外すことは無いだろう。彼の息遣いまで聞こえる。それほどの近い距離に居た。
トリガーがもう少しで落ちる瞬間、花宗は右手に握っている物を左から斜めに振り上げた!!
右手からオレンジ色の光が弧を描いて、用務員が握る銃と重なった。
タパン!!
銃口から閃光が見え、くぐもった音が聞こえた。
『キャー―――!!!』
弾丸が起こした衝撃波で、蒼と花宗の脳を一瞬揺らした。しかし、花宗の手から発せられた光で弾丸の軌道が大きく外れ、2人の後方にある窓ガラスを破壊しただけだった。そして、光の衝撃で用務員は銃を落としていた。
右手から血を流した用務員は、左手でナイフを取り出すと構えた。
花宗は冷静に右手を水平に勢いよく腕を降ると、再びオレンジ色の光が弧を描き、用務員は教室の後ろの壁に吹き飛んだ!!
「ウグッ!」
「蒼!行くよ!!走って!早く!!」
「う、うん!!!」
蒼は起き上がり、花宗が言うとおりに走り出した。男は壁に叩きつけられた衝撃でまだ床に這い蹲っていた。
沢原は起き上がったが、少し朦朧としているようだ。脳震盪を起こしているのかもしれない。
蒼は沢原の脇を通り抜けるとき、彼女の手を取った。
「沢原さん!行こう!!ここに居ては駄目だ!!」
「え?あ?ん、な、何‥‥‥?」
「早く!急いで蒼!!」
『1862158、敵と交戦中。妹の確保要請。Bに向かう』
『Rog!こちらも交戦中だ!妹は別の班が実行中!幸運を!』
『Rog!』
蒼は、フラつく沢原の手を強く握り、3人は一緒に走り出した。
3人は下駄箱まで一気に走った。火災報知器が鳴り、既に校内は大騒ぎになっている。多くの先生たちが生徒の誘導を初めていて、不審者を制圧する為のサスマタを持つ先生達が数人、事件発生の教室に生徒が残っていないか確認しに向かっているところだった。
生徒の群れは昇降口から吐き出され、3人もそれに紛れて校庭に向かっていた。
「ちょ、ちょっと!どういう事?さっきの用務員さんは誰!?一体どうして、花宗さんが狙われるの!?」
蒼は手を繋いで走る花宗に向かって言った。
一旦、校庭の端にある大木の下まで来ると、そこで走るのを止めた。
3人は汗だくになって、息を切らせていた。
「いいよく聞いて。蒼、狙われていたのは私じゃない。あなたなのよ。蒼」
(ん、この娘さんは最近こういうドラマでも見たのかな?それで、冗談でこういう事を言ったのか?それなら笑えない)
「い、一体、なんの話だ?冗談でしょ?今はそう言うのは笑えないよ」
花宗は真剣な顔をして、もう一度同じことを言った。
「さっきの男はあなたを狙って来たの!」
沢原さんをチラリと見た。額から少し血が滲んでいる。そして、一体何が起こっているのか、全く理解できないという顔をしていた。
「何で僕を狙うんだよ?それにオレンジ色の光は何だい!?」
もう、3人とも呼吸は整っていた。外は相変わらず蒸し暑い。遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。校庭の端の方に、逃げ出した生徒達が集まっていて、先生たちは受け持ちのクラスの点呼を始めていた。そして、原因となった用務員が校庭に現れる事は無かった。どこかに逃げたのだろう。
「私は、蒼を守るために来たの。詳しい事は今は言えないけど信じて」
「僕を守るため?何を言っているんだよ!」
「ゴメンなさい。今は時間が無いの。すぐに移動しないと」
沢原も話が読めないでいた。
「なんだか良く分らないけど、沢原さんは?他の人と一緒に逃げた方が良いんじゃない?」
「どうかな。一緒に逃げた所を見られていたら、利用される恐れがある。今は一緒に居た方が良いかもしれないわ」
「え?私も?」
「ゴメンなさい。沢原さん巻き込んでしまって。必ず安全なところまで連れて行くから。大丈夫」
「う、うん‥‥‥」
「莉子は?莉子も狙われているの!?」
「大丈夫、別の班が安全なところに移しているはずよ」
「別の班??それはどういう事なの?本当に大丈夫なのか!?」
そこで、花宗の片耳にヘッドセットがつけられているのに気付いた。
「妹さんは大丈夫。確保したわ。さあ行きましょう!」
3人は再び走り出した。南に向かって、突き刺さる日差しの中を――。
――――
同時刻。地球から150万km離れた宙域――。
Unknown Oneから何かが、吐き出されていた。それは数百個の真っ黒い球体だった。
そして、それらは猛烈な速度で地球に向かって行った――。
それはG7の各国も同様だった。次に小惑星がどう動くか静観するつもりで、NASA職員のリークを黙殺するつもりなのだ。
しかし、マスコミは政府が何かを隠しているとして、きちんとした説明を求める声が集まっていると報じ、世界中の混乱は更にヒートアップした。恐れおののく人々は暴徒となり矛先は政府の施設に向けられていた。警察や軍との小競り合いが、大規模な衝突に発展し沢山の犠牲者が出始めていた。
SNSやネットでは日本政府を始め、各国のトップはすでに異星人に乗っ取られて、人類を操っているという与太話までまことしやかに語れており、更にメディアは古代に宇宙人が地球に来ていたという説を真剣に信じているグループにスポットライトを当てた。彼らは、SNSを通して世界中に信奉者がおり、その数は爆発的に増えていた。彼らは、人類も異星人に作られた可能性があると信じ、世界中に遺された驚異的な遺跡も異星人の介入が有ったと盲信していた。
インタビューでその論者たちはこう語っていた。『異星人が再び地球に帰って来た、新たな人類の進化の為に‥‥‥』
――――
生徒達の中には、小惑星宇宙船説の続報が知りたくて、授業中も隠れてスマホを弄る者が何人かいて、加藤もその一人だった。
鈴木は加藤の後ろに立つと、持っていた教科書の角で一発食らわせる。
ゴツン!
「加藤!またお前か‥‥‥。授業中はスマホをしまっとけ!」
加藤はコソコソとスマホを太腿の上に置いてスマホを見ていたのだ。周囲からクスクスと笑う声が聞こえる。
「イテっ!鈴木体罰は禁止だぞ!」
こういう輩は自分を棚に上げて、相手を責める事には長けている。そして、弱者を気取る奴が多い。
「五月蠅い。スマホ没収して欲しいのか?それに先生が抜けているぞ」
「うっせーな。今は授業どころじゃないだろ!宇宙人が来ているんだぞ!宇宙人!」
加藤は興奮気味に立ち上がって、教室中に聞かせるように大きな声を上げた。
「だが、アメリカ政府が公式に否定しているだろ?NASA職員は心が不安定になってい‥‥‥」
「そんなの、嘘に決まっているじゃん。民間や教育機関には電波望遠鏡や衛星の使用を制限しといて、このタイミングで巨大小惑星とNASAの暴露。これじゃあ否定できないぜ!?」
鈴木はいつも騒ぎを起こす加藤にはウンザリしていた。いくら正論を言っても上げ足を取ったり、屁理屈を捏ねる。しかし、加藤にしてはよく頭が回って、彼の言い分の方がまともに聞こえる。
「グッ‥‥‥やるな。加藤にしてはまともな事を‥‥‥。だけど、今はそれも確定している訳じゃない。君たちのやるべき事は勉強だ。知識や技術が無くては宇宙人とだって戦えないぞ!それに、パニックになるのも良い事じゃない。正しい道を見失ってしまう」
鈴木は加藤だけではなく、他の生徒にも語りかけるように、周囲を見渡しながら口にした。
「えー!鈴木は戦うつもりなの!?すげー!戦う国語教師かよ!!『宇宙人の気持ちを四文字熟語で答えないさい』とかやんのかよ!それに宮沢賢治や今昔物語でどうやって戦うっていうんだ!宮沢賢治を召喚したりしてな!?ギャハハハ!」
宇宙人が来ているなら、現代文や古文では戦えないのは確かだ。それに、宮沢賢治を召喚など出来るわけがない。
「グヌヌヌヌ‥‥‥。と、とにかく今は必要以上にパニックになるな!
一番怖いのは人間の想像力だ。そう言うのは周囲に広がって、思わぬ弊害に繋がる。それが真実を多い隠し、不安を倍増させるものだ。いいか!皆もそうだぞ。冷静に事の成り行きを見守って判断するんだ。いいな?」
『へーい!』
誰かの気のない返事が聞こえた。加藤は納得していないようだが、ぶつくさ言いながらスマホをしまって大人しくなった。
しかし、鈴木も本当のところはどうなのか、今後どうすべきなのか分からなかった。生徒にはああ言ったが、大人だって不安に思っているのだ。
午前の授業が終わるチャイムが鳴った。
「よし、今日はここまで‥‥‥日直‥‥‥」
『あーメシだメシー!』
『パン買いに行く?』
‥‥‥
昼休みになると他クラスからの生徒が自由に出入りして教室は騒々しい。校則では自分のクラス以外は入ってはいけないのだが、先生に見つかってもやんわりと注意される程度だった。
蒼はいつも決まって昼食はパンとパック入りのコーヒー飲料だ。学校の移動販売では無く、コンビニで買ってくるか家から持参している。移動販売に蟻のように群がる生徒達と一緒に買う勇気はなかったからだ。
花宗を見るとカロリーバーやチューブ式のゼリー飲料などで済ませていた。
花宗と蒼の2人は休み時間になっても、時々目を合わせるだけで、直接会話もしないし、できるだけ近づかないようにしていた。必要ならSup?を使って会話が出来るし、あまり目立つ行動は避けた方が良いと花宗は考えていたからだ。
蒼は紙パックのコーヒー飲料を飲み干し、机の上のゴミを片付けていた。ふと、教室の後ろのドアの所に普段は見かけない沢原 亜紀が立っているのが目に入った。
ドアに掛けた手にはA4サイズの印刷物を持っている。
(ん?なんだ?沢原さんだ)
ドアの陰に佇む沢原は直ぐに教室に入ろうとはせず、何か躊躇っているように見えた。花宗も沢原に気付いた。そして、クルリと頭を動かして蒼に目を移す。
(ユ、ユヅキさん‥‥‥なんで、睨むのかな?ぼ、僕何かしたかな‥‥‥)
そして、何人かの生徒が沢原の横を通り過ぎて行った。数分間躊躇っていたが、沢原はグッと唇を噛んで意を決したように教室に一歩踏み入れた。
彼女も友達は居ない方なので、よく独りで居るのを見る。特に廊下や、まして他の教室で見かけることは滅多にない。それなのに、今日は珍しく他の教室に入って来た。内向的に見える彼女にしては珍しい光景だ。
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(部活の事かな?)
廊下からはふざけ合う男子の声や、それを見て笑う女子の声が聞こえた。
沢原は教室にゆっくりと入って来て、蒼に真っすぐ向かっていた。
その時、グレーの作業服を着た用務員が、沢原の後方に見えた。手には小さな工具入れを提げ、作業服と同じ色の作業帽を被っていた。
(あれ?いつものオジサンの用務員さんじゃない。代わったのかな?)
蒼は、何となく違和感を感じたが、服装もここの学校の用務員だし、身分証も首から下げているのが見えた。
用務員は静かに歩き、沢原の肩に手を掛けると、急に引き倒した。
「キャッ!!痛い!」
沢原は短い悲鳴を上げて、近くの机に強く頭をぶつけて倒れてしまった。
周囲の生徒も異変に気付いて騒ぎ出した。
『おい!なにやってんだよ!オッサン!!』
『ねぇ、だ、大丈夫?ねぇ!?』
(え!?な、なんで?)
「蒼!私の後ろに下がって!!」
花宗は素早く動くと、あっという間に蒼の腕を掴んで床に引き倒した。
用務員は何かブツブツと言っているがよく聞こえない。
「‥‥‥ディン‥‥‥ディンギルの‥‥‥ディンギル神々の為に‥‥‥」
(な、なにが起こった!!この用務員はなんだ!)
用務員は花宗の前に立った。そして、ゆっくりと工具入れからサップレッサー付きのワルサーPPK/Sを取り出すと、そのまま工具入れを床に放り出した。
ガシャン!激しい音を立てプライヤーやクロスドライバーが床に散乱した。
『なんだあれ!?エアガンか!?』
生徒達は銃と異様な用務員の存在に、異常事態が発生したと理解した。そして、まさに蜘蛛の子を散らすように、慌てて逃げ出し始めた。
『キャー―――!!!!じゅ、銃を持ってる!!に、逃げて!!先生を呼んで!!』
生徒の何人かは、廊下に出ると警察に連絡していた。そして、数人の男子はスマホで撮影している者もいた。
花宗は腰を落とし、用務員の前で身構えている。
沢原さんは、ゆっくりと頭を抱えて起き上がろうとしているのが見えた。
「蒼、合図をしたら教室から出るわよ。良い?」
異常なくらい冷静な花宗の声は、静かで、優しく蒼に話し掛けた。
「う、うん‥‥‥!」
用務員は銃口をこちらに向けると、意味の分からない事を叫んだ!
「ディンギルのもとへ!!」
用務員の人差し指はトリガーをゆっくりと引き始めた。
(や、ヤバイ!撃たれる!)
その時、蒼は花宗が右手に何かを握っているのが見えた。
(な、なんだ!で、どうするんだ!)
蒼の心臓は頭の中にあるかと思うほど脈打つ音が聞こえた!
用務員は多分外すことは無いだろう。彼の息遣いまで聞こえる。それほどの近い距離に居た。
トリガーがもう少しで落ちる瞬間、花宗は右手に握っている物を左から斜めに振り上げた!!
右手からオレンジ色の光が弧を描いて、用務員が握る銃と重なった。
タパン!!
銃口から閃光が見え、くぐもった音が聞こえた。
『キャー―――!!!』
弾丸が起こした衝撃波で、蒼と花宗の脳を一瞬揺らした。しかし、花宗の手から発せられた光で弾丸の軌道が大きく外れ、2人の後方にある窓ガラスを破壊しただけだった。そして、光の衝撃で用務員は銃を落としていた。
右手から血を流した用務員は、左手でナイフを取り出すと構えた。
花宗は冷静に右手を水平に勢いよく腕を降ると、再びオレンジ色の光が弧を描き、用務員は教室の後ろの壁に吹き飛んだ!!
「ウグッ!」
「蒼!行くよ!!走って!早く!!」
「う、うん!!!」
蒼は起き上がり、花宗が言うとおりに走り出した。男は壁に叩きつけられた衝撃でまだ床に這い蹲っていた。
沢原は起き上がったが、少し朦朧としているようだ。脳震盪を起こしているのかもしれない。
蒼は沢原の脇を通り抜けるとき、彼女の手を取った。
「沢原さん!行こう!!ここに居ては駄目だ!!」
「え?あ?ん、な、何‥‥‥?」
「早く!急いで蒼!!」
『1862158、敵と交戦中。妹の確保要請。Bに向かう』
『Rog!こちらも交戦中だ!妹は別の班が実行中!幸運を!』
『Rog!』
蒼は、フラつく沢原の手を強く握り、3人は一緒に走り出した。
3人は下駄箱まで一気に走った。火災報知器が鳴り、既に校内は大騒ぎになっている。多くの先生たちが生徒の誘導を初めていて、不審者を制圧する為のサスマタを持つ先生達が数人、事件発生の教室に生徒が残っていないか確認しに向かっているところだった。
生徒の群れは昇降口から吐き出され、3人もそれに紛れて校庭に向かっていた。
「ちょ、ちょっと!どういう事?さっきの用務員さんは誰!?一体どうして、花宗さんが狙われるの!?」
蒼は手を繋いで走る花宗に向かって言った。
一旦、校庭の端にある大木の下まで来ると、そこで走るのを止めた。
3人は汗だくになって、息を切らせていた。
「いいよく聞いて。蒼、狙われていたのは私じゃない。あなたなのよ。蒼」
(ん、この娘さんは最近こういうドラマでも見たのかな?それで、冗談でこういう事を言ったのか?それなら笑えない)
「い、一体、なんの話だ?冗談でしょ?今はそう言うのは笑えないよ」
花宗は真剣な顔をして、もう一度同じことを言った。
「さっきの男はあなたを狙って来たの!」
沢原さんをチラリと見た。額から少し血が滲んでいる。そして、一体何が起こっているのか、全く理解できないという顔をしていた。
「何で僕を狙うんだよ?それにオレンジ色の光は何だい!?」
もう、3人とも呼吸は整っていた。外は相変わらず蒸し暑い。遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。校庭の端の方に、逃げ出した生徒達が集まっていて、先生たちは受け持ちのクラスの点呼を始めていた。そして、原因となった用務員が校庭に現れる事は無かった。どこかに逃げたのだろう。
「私は、蒼を守るために来たの。詳しい事は今は言えないけど信じて」
「僕を守るため?何を言っているんだよ!」
「ゴメンなさい。今は時間が無いの。すぐに移動しないと」
沢原も話が読めないでいた。
「なんだか良く分らないけど、沢原さんは?他の人と一緒に逃げた方が良いんじゃない?」
「どうかな。一緒に逃げた所を見られていたら、利用される恐れがある。今は一緒に居た方が良いかもしれないわ」
「え?私も?」
「ゴメンなさい。沢原さん巻き込んでしまって。必ず安全なところまで連れて行くから。大丈夫」
「う、うん‥‥‥」
「莉子は?莉子も狙われているの!?」
「大丈夫、別の班が安全なところに移しているはずよ」
「別の班??それはどういう事なの?本当に大丈夫なのか!?」
そこで、花宗の片耳にヘッドセットがつけられているのに気付いた。
「妹さんは大丈夫。確保したわ。さあ行きましょう!」
3人は再び走り出した。南に向かって、突き刺さる日差しの中を――。
――――
同時刻。地球から150万km離れた宙域――。
Unknown Oneから何かが、吐き出されていた。それは数百個の真っ黒い球体だった。
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