The Providence ー遭遇ー

hisaragi

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Chapter1

Transfer girl

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 高校1年の2学期の初日に転入生が来た。

(本当にあるんだな‥‥‥女子の転入生なんて、伝説か古い言い伝えだと思っていたよ)

「イヤッは―!!転入女子だ!」

「いいから静かにしろ!加藤!なんでお前が興奮しているんだ!」

 伝説の転入生の登場で、何人かの男子が異常なまでに興奮して、空調が効いている筈なのに汗だくで騒いでいた。流石に度を越していた加藤を鈴木が叱る。

 その騒がしい教室の中でただ一人机に突っ伏して、『僕は興味なんてないからね!』と周囲に主張しているのは大溝 蒼おおみぞ あおいだけだった。

(どうせ、僕とは会話はもとより視線すら合う事も無いだろう)

「でもカワイくない?」

「そうね、私の次くらいじゃね?」

「ギャハハハ!マジ草すぎ!ウケル!」パン!パン!パン!‥‥‥!
 タンバリンを叩くチンパンジー人形のように笑い転げている。

「なんてね~w、でも、確かにカワイイわね‥‥‥とゆーか綺麗系かな」

 そんな会話が近くの女子から聞こえた。

(おいおい、女子が言うカワイイとは、母親が『お前は何でも出来るんだから‥‥‥』って言う事ぐらい信用出来ない言葉だぞ!それに、古の言い伝え・・・・・・にしか存在しないと言われた女子の転入生が登場し、更にカワイイ子だなんて出来過ぎだろう? そんな上手い話は無い筈だ。まぁ、そうは言っても量子力学でも観測によって結果が変化する事もあると言うからな、関係ないけれど‥‥‥母親の言葉と同じように信用出来ないという事を、決定的にするには良い機会かもしれない。うん、それを立証するには最高のシチュエーションだな!‥‥‥うん、そうだ、そうだ)

 大溝 蒼は机に突っ伏したまま、周囲に気付かれないほどのゆっくりとした動きで、片目で転入生をチラリと見た。

「!!」

(へ、へ~、なるほどね。ふ~ん、そう来るんだ。石器で言ったら水晶のやじり?土器だったら古墳時代中期かな?何を考えているか自分でも分からないけれど、まぁ~一応は『カワイイ』部類じゃないの?だからと言って、僕には関係ない事だけどね‥‥‥。ようこそ弥生高等学校へ!ごめんね、僕から声など掛ける事は無いと思うけど‥‥‥)

 転入生は、女子にしては背がが高くスラっとしていて、クリっとした鳶色の瞳、髪はショートボブでブルネットカラー、彫りが深く整った顔立ちで肌は少し日に焼けてアラブ系とのクウォーターの様な、少し日本人離れした子だった。

「加藤!早く席に着け!皆も静かにしろ!他のクラスに迷惑だ!‥‥‥じゃぁ、花宗さんは取り合えずそこの列の一番後ろの席に座って。そうだな‥‥‥ちょっと急な転入だったんで、教科書なんかは2,3日待ってくれ。それまでは‥‥‥おい!大谷?横溝?じゃなかった‥‥‥う~んと、大溝だ。全て準備が出来るまで見せてやってくれ」

(おいおい、僕の名前はそんなに難しいかい?もう2学期だけど覚えられないほど前頭葉が委縮でもしているのか!?ふざけた先生だな!)

 大溝は聞こえなかった振りをして、机に突っ伏したままだった。一番後ろの列は彼の席だけが飛び出すように配置されている。それに花宗が転入した事で2人の席が、列を挟んで後ろに飛び出す形になった。

「マジか!!鈴木なんでアイツが面倒見るんだよ!ずりーよ!!」
 加藤は小さな子みたいな事を言っている。それに何がズルいのか意味不明だ。

「加藤!先ずは呼び捨てはやめろ!鈴木先生・・・・だろ?それに、お前はいつも教科書忘れるじゃないか!」
 鈴木は至極真っ当な事を言って、横柄な態度の加藤を戒めると笑いが起こった。それでも彼には何も響くことは無いだろう。
 
 加藤がぶつくさ文句を垂れている中、机や椅子を引き摺る音が近づいて来た。

(ん!?何だろう‥‥‥何か沢山の視線を感じるし、明らかに音が近づいてくる‥‥‥)

 突っ伏している大溝の席に、コツンと何かが当たると衣擦れの音や息遣いが聞こえた。

 そして、こうも聞こえた。

「大溝君だよね。宜しくね」

(な、何で女子の声で僕の名前を?)

「ね。大溝 蒼君」

(やっぱり僕の名前だ‥‥‥!?しかも下の名前??)

 大溝はゆっくりと顔を上げた。やはり、クラス中の視線が彼に集まっている。女子は驚きの顔、そして、男子は嫉妬の眼差しで。

「う、う、うん、よ、宜しく‥‥‥」

 机はピッタリとくっついていた。今日は2学期の初日で授業は無い。この後は全校集会と清掃程度で終わるはずだから、机を寄せる必要は無いと大溝は考えていた。そして、彼女の顔を伏し目がちに見た。入学して以来こんな近距離で女子を見るのは、小生意気な妹の莉子か、同じ部活の沢原 亜紀くらいだった。

 彼女は頬杖をつきながら彼を見て、優しそうに笑っていた。


――――――――――――――――


 今日の大溝は心ここに在らず。魂が抜かれた臆病な野良犬の様に、半ば放心状態で過ごさざる負えなかった。最も、普段と大して変化はないようだが‥‥‥。

 学校が終わるとすぐに部室に向かった。今朝テキトウにしまった石器と鏃をきちんと分類して収納するためだが、本当は、この半日の間の心が波打ち落ち着かない気分を、古代の遺物を愛でて鎮めようと思ったのが一番の理由だった。

(ふ~これでやっとプライベートスペース‥‥‥学校で唯一のセーフエリアに行ける)

 まだ8月の末。残暑とは言ってもまだまだ夏のギラギラした太陽が十分に仕事をしている。木造の部室棟はまるで第2次世界大戦時に建てられたかのような佇まいで、黒ずんだ杉板の下見板で外壁が出来ていた。階数は1階のみ。廊下の片側に各部室があって、東西に延びた廊下の両端から出入り出来るようになっていた。床板は光沢がでるほど擦り減っていて、屋根は瓦葺きで相当な時代を感じさせた。

 この部室棟は取り壊しが決まっている。来年度には新しく鉄筋コンクリートの耐震補強された部室棟が出来るらしいのだが、それを大した活動実績が無い部活に割り当てられるかは分からない。それでも、新部室棟は成績を残している部活が利用しても、もし、校舎内の古い部室に移動出来れば、空調が効いた部室を使えるかもしれないと大溝は考えたいた。

(日当たりが悪いとは言え、流石に暑いだろ‥‥‥)

 空調装置と言えば壁に設置されている紐で操作する扇風機と、部長が手に入れた謎の大型扇風機のみ。多分、大型の方は建築現場などで使用する物だろう。風の通りは良くなるけれど、紙類や小さな石器などが飛んでいく程パワーがある。

 部室の前に来るとドアが開いていた。多分、誰か来ているのだろう。と言っても部長か沢原 亜紀のどちらかだ。

「大溝君‥‥‥」
 沢原 亜紀が椅子に座って分類作業をしていた。

「あ‥‥‥ども‥‥‥」

「大溝君も標本の整理?」

「はい、そんな感じです‥‥‥」

 沢原 亜紀と大溝は違うクラスだ。大溝が彼女を見かける時は一人で居る方が多い。だいたい考古学研究部なんて地味な部活に入っているくらいだから、いわゆる普通の女子高生・・・・とは、話しが合わないのかもしれない。 

 大溝は、自分専用のボックスを持って来て、沢原 亜紀とは少し離れた席に着いた。この部室は、部屋の中央に木目がプリントされた長机が4台くっ付けて置かれており、壁の棚には歴代の諸先輩方が遺した書籍や採集した遺物の資料が棚に収納され、珍しい石器、勾玉、土偶の一部などが綺麗にケースに収められている。それと、この学校を中心とした遺物採集マップなる物があり、模造紙を張り合わせた大きな手書きのマップも壁に貼られていた。所々破れていたり陽に焼けていたりと、結構な歴史を刻んでいるが、今も珍しい古代の遺物を見つけた時は、このマップに記載できる栄誉が与えられている。

 採集したモノはスマホで撮影した時の記録と照らし合わせて、採集場所、材質などの記録を取る。それと自分で年代を考察し、それも一緒に記録する。そのなかで、どうしても分からないモノや、石器なのか微妙なモノは顧問か部長に聞いて同定して貰っていた。

「あの、大溝君。もし良かったら、いつでも良いので、一緒に‥‥‥」

 沢原 亜紀が何か言い出した時、タイミングを合わせたかのようにドアをノックする音がした。

コン、コン

 この部室をノックする人は滅多に居ない。そう言う音がしても建物自体が古いせいで家鳴りか、気のせいだと思ってしまう。
まして、その音に反応して入口を見て思い掛けない人が立っていたら、何か超常的な現象が発生したと思う方が理解できるぐらいだ。

「ここって、考古学研究部の部室でしょ?私、古代の遺物や文明に興味があるの」

!!

 不意な闖入者に考古学研究部にいた2人は、手に持っていた石器をポロリと落としてしまった。

「え!‥‥‥あ、は、はい、えーと、うん、あへ‥‥‥」

 大溝は驚きと、せっかく安寧をもたらすセーフエリアに来れたのに、心を搔き乱す存在の登場に、心拍数はグングンと上がっていった。

「は、はい。そうです、ここは考古学研究部ですが、どういったご用件でしょうか?」

 沢原 亜紀も少し動揺しているのが分かった。

「大溝君も考古学研究部と聞いたので、私も入部しようと思ってきたの。宜しくね」

(な、な、何だと!!入部希望?花宗さんが!?FピーCK!!)

 大溝と沢原は顔を見合わせた。

「そ、そうですか。入部希望ですね。勿論大丈夫です」

 そう言うと沢原 亜紀は立ち上がり、書類棚の引き出しから入部届を取り出すと、花宗 結月に手渡した。

「ありがとう」

 花宗は部屋に入ると、大溝の隣に座りリュックから筆入れを取り出すと、入部届を書き始めた。

「と、ところで、大溝君とはどういう関係ですか?」

 沢原 亜紀が『御』を『お』と言い間違えた事で、動揺しているのが分かった。しかし、その理由までは分からない。

「えーと、彼女は花宗 結月さんで、今日転入して来た生徒だす!」
 大溝も気が動転しているのか、語尾を噛んでしまった。

「そうよ、大溝君とは初めて会ったけれど、私は知っていた。それも運命だったのよ」

(おいおい、この娘さんが何を言っているのかさっぱり分からない。知っていたってどういう事?運命?ベートーヴェンの?偶然と必然の両方を運命と言うならば、それも有りだろう。だけど、何故こんな意味ありげなトーンで言うんだい?)

「そ、そ、そ、そうですか。う、運命ね。なるほど分かりました。入部届は顧問に渡しておきます」

 沢原 亜紀が何を分かったのか意味不明だったが、花宗 結月から入部届を受け取ると、手提げ袋にしまった。

 大溝の隣に花宗 結月。そして、少し離れて斜め前に沢原 亜紀。2人は黙々と石器類の分類をしていた。しかし、大溝は凄く落ち着かない感じがして、この場から一秒でも早く逃れたかった。

 視界に入る花宗さんは、教室と同じように頬杖をついて、作業をしている大溝を見ていた。沢原 亜紀も作業に没頭しているように見えたが、実は2人が気になりチラチラと横目で見ていた。

 猛烈な暑さの中、3人は無言で30分ほど部室で過ごしていた。しかし、暑さとプレッシャーに耐え切れない大溝の心のHPはすでに0。大溝は手早く片付け始め、自分のボックスを棚にしまった。それに気づいた沢原 亜紀も片づけを始めた。

「じゃ、僕はお先に失礼します」

「あ、あのちょっ‥‥‥」

 沢原 亜紀が立ち上がって何かを言いかけたとき、花宗 結月が口を開いた。

「じゃ、大溝君一緒に帰ろう!確か同じ方向の筈だしね」

(え‥‥‥そ、そんな)

「はい?ぼ、僕とですか?同じ方向?なの?」

「そうみたい。さっき担任から教えて貰ったの。まだ、この辺りに不案内だから、近所の生徒を教えて貰ったの。これも運命かしら」

 大溝は沢原 亜紀に軽く会釈をして、タオルで顔を拭いながら部室から出て行った。

 残された沢原 亜紀は机に両手を付いて、ガックシと項垂れていた――。
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