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第65話 恋が依存へ転化する

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 Aとのデートが甘美で刺激的であるほど、俺の焦りは増大していく。
 本末転倒もいいところだ。取り繕った日常の緊張から解放されるために花壇へ行ったのに、なおさら自分へ負荷をかけようとしているのだから。
 俺はAを心の底から深く愛している――と、当時は思っていた。寝ても覚めてもAのことばかり。仕事は真面目にやっていたが、それ以外の時間はAで貸し切り状態。メールの返答がない時は貧血を起こすくらい落ち込み、反面、来た途端に脳内で大勢の天使達が祝福のラッパを吹き鳴らす。電話も同様だ。来ない日は全てが台無しになった気分になる。絶望がつねに隣にへばりつき、「お前は捨てられたんだ」と四六時中、耳元で囁き続けるので、何をしても楽しめない。
 完全にAに振り回されていた。いや、俺が勝手に振り回されていたんだ。
 始めての恋愛だから、相手との距離の取り方なんてわからない。逢えない時の対処法なんてなおさらだ。頭の中はいつも天国と地獄を往復し、あたかも絶叫レベルのジェットコースターの最前列に乗っているようなもの。
 だから、Aに捨てられるのが怖くてたまらない。少しでもAが眉をひそめたり沈黙すると、全て俺が悪いのだと思うようになる。Aが満足げな表情をしている間は安心し、そうでない時は不安になり激しくうろたえる。
 そうしているうちに、ある日、恐怖が頂点に達した。いてもたってもいられなくなり、大型書店へ駆け込んだ。今の至らぬ自分では、Aに愛想を尽かされると思ったからだ。
 高級ブランド系のファッション誌やマナー、礼儀作法、話術、ペン字、果ては姿勢を正すためにバレエの教本までをも買い、貪るように読んだ。臭い洗濯物や床の埃、繁殖しまくる風呂場のカビをほったらかしにしてな。
 雑然とした部屋で、必死に頭へたたき込み、練習を繰り返した。言わずもがな、知識と情報の数だけ被り物は重く、大きくなる。でもそれが正解なのだと信じて疑わなかった。Aの顔色をうかがい、捨てられないようにするのが『自分磨き』だと勘違いしたんだ。
 Aを愛しているのではなく、ただすがりついていることに、これっぽっちも気づいていないまま。
 こうして俺の恋は依存へと転化する。地獄の始まりだ。
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