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誰とも顔を合わせたくない。
そんな時にうってつけの仕事を、私は知っている。
王宮魔法師なんて輩は、自身の興味を満たすために行う作業であるならばどれほど傍から見てどれほど退屈な単純作業の繰り返しであろうと、いくらでも苦もなくこなせてしまう変質者の集まりだ。
逆に言うと、興味の湧かない作業となるとたとえそれが魔法師としての仕事の一貫であろうとも、やりたがらないし、平気で放置する。
事務方からいくら急かされようが何処ゆく風でのらりくらりと避けて躱して時には遁走する。
つまりやりたい仕事だけをしてやりたくない仕事はとにかく他の人間に押し付けようという人種ではあるが、国内屈指のエリート集団であることも間違いない。
間違いないが…………。
「いやでもこれは酷いわ」
けして狭くはない部屋の大半を埋め尽くす勢いでうず高く積み上げられた武具、武具、武具。
いったいどれだけ長い間ただ積み上げるだけで手を付けられていないのか。
「まあ私も他人のことは言えないけど……」
何と言っても避けていたのは私も同様で、今更ながら自分たちの代わりに騎士団に頭を下げて回っているのだろう事務方に罪悪感が湧く。
これらは全て騎士団に支給された魔法武具と呼ばれる武具の類だ。
岩さえも切断する切れ味を持つ短刀。
腕力を数倍に強化する鏝。
射た矢に追尾機能を掛ける弓。
魔力を込めると炎を纏う槍。
斬ったものの断面を凍らせる剣。
魔獣の爪ですら跳ね返す鎧。
魔法師たちが自身の興味や妄想の赴くままに鍛冶職人や魔石技師に散々無茶振りをして作り上げる魔法武具は通常の武具と比べ、絶大な威力を誇る。
その代わりに魔法師による定期的なメンテナンスは必須で、頻度はおおよそ一月か二月に一回。あとは大規模な魔獣討伐の前後にも大量に回されてくる。
騎士たちからすれば自分たちの大事な相棒を預けているわけだけれど、知ったこっちゃないのが魔法師という輩。
作り上げるまでの作業は喜々として行っても、ただ魔法を調整、修復するだけのメンテナンス作業は魔法師にとって退屈で面倒なだけ。後回しにされ放置された結果がこの武具の山だ。あまりの物量に手を付ける前からゲッソリしそうだけれど、その分誰とも顔を合わすことなく引き籠もれると思えば今の私にはちょうどいい。
「…………とりあえず手前からはじめますか」
手近にあったレイピアを手に取り魔力を流していく。
まずは魔獣の血に含まれる瘴気に穢された刀身を浄化し、それから乱れた魔法回路を調整し、修復していく。
必要ならば柄に埋め込まれた魔法付与の媒体である魔力石を交換して、不備をチェック。問題がなければ次に移る。
付与された魔法の構造にもよるが、だいたい一つにつき所要時間は十分程度。
浄化、調整、修復、チェック、とひたすら同じ作業を繰り返していると、気づけば時間も経つし、時間が経てば空腹にもなるもので。
「お腹すいたわ」
私の場合、魔力を使うと空腹を覚える質なので余計だ。
食堂でサンドイッチでも頼んで人目のない裏庭ででも食べるかと、立ち上がる。
なんとなくすれ違う人に顔を見られたくなくて、ローブのフードを深く被った。
足早に廊下を歩く。
本部の中でも私がいる棟はとりわけ人の出入りが少ない。
おかげで誰にも会うことなく、階段に辿り着いた私は――ちらと視界の隅を過ぎったものに首を巡らせた。
――珍しいわね。
ここは私がつい先程まで行っていたような、魔法師たちがやりたがらない面倒事の類が多く集められた場所だ。
そのためここに足を運ぶのは仕事を押し付けられた新米か事務方の人間がほとんど。
けれど今廊下の奥、角を曲がって行った人間のローブの裾には、窓からの陽光に煌めく金糸の刺繍が施されていた。
「第一師団の魔法師がこんなところに何の用かしら」
王宮魔法師の中でも王族近くに仕えるエリート中のエリート。その多くが高位貴族の次男や三男で編成された第一師団の魔法師は普段本部にいることが少ない。
同じ王宮魔法師でも、近衛である第一師団の主な職場は王宮内だから。
はて、と首を傾げながら階下へと降りた私は、不思議に思いつつも「まあ、別に私が気にすることでもないか」と結論付け、食堂へと足を進めた。
そんな時にうってつけの仕事を、私は知っている。
王宮魔法師なんて輩は、自身の興味を満たすために行う作業であるならばどれほど傍から見てどれほど退屈な単純作業の繰り返しであろうと、いくらでも苦もなくこなせてしまう変質者の集まりだ。
逆に言うと、興味の湧かない作業となるとたとえそれが魔法師としての仕事の一貫であろうとも、やりたがらないし、平気で放置する。
事務方からいくら急かされようが何処ゆく風でのらりくらりと避けて躱して時には遁走する。
つまりやりたい仕事だけをしてやりたくない仕事はとにかく他の人間に押し付けようという人種ではあるが、国内屈指のエリート集団であることも間違いない。
間違いないが…………。
「いやでもこれは酷いわ」
けして狭くはない部屋の大半を埋め尽くす勢いでうず高く積み上げられた武具、武具、武具。
いったいどれだけ長い間ただ積み上げるだけで手を付けられていないのか。
「まあ私も他人のことは言えないけど……」
何と言っても避けていたのは私も同様で、今更ながら自分たちの代わりに騎士団に頭を下げて回っているのだろう事務方に罪悪感が湧く。
これらは全て騎士団に支給された魔法武具と呼ばれる武具の類だ。
岩さえも切断する切れ味を持つ短刀。
腕力を数倍に強化する鏝。
射た矢に追尾機能を掛ける弓。
魔力を込めると炎を纏う槍。
斬ったものの断面を凍らせる剣。
魔獣の爪ですら跳ね返す鎧。
魔法師たちが自身の興味や妄想の赴くままに鍛冶職人や魔石技師に散々無茶振りをして作り上げる魔法武具は通常の武具と比べ、絶大な威力を誇る。
その代わりに魔法師による定期的なメンテナンスは必須で、頻度はおおよそ一月か二月に一回。あとは大規模な魔獣討伐の前後にも大量に回されてくる。
騎士たちからすれば自分たちの大事な相棒を預けているわけだけれど、知ったこっちゃないのが魔法師という輩。
作り上げるまでの作業は喜々として行っても、ただ魔法を調整、修復するだけのメンテナンス作業は魔法師にとって退屈で面倒なだけ。後回しにされ放置された結果がこの武具の山だ。あまりの物量に手を付ける前からゲッソリしそうだけれど、その分誰とも顔を合わすことなく引き籠もれると思えば今の私にはちょうどいい。
「…………とりあえず手前からはじめますか」
手近にあったレイピアを手に取り魔力を流していく。
まずは魔獣の血に含まれる瘴気に穢された刀身を浄化し、それから乱れた魔法回路を調整し、修復していく。
必要ならば柄に埋め込まれた魔法付与の媒体である魔力石を交換して、不備をチェック。問題がなければ次に移る。
付与された魔法の構造にもよるが、だいたい一つにつき所要時間は十分程度。
浄化、調整、修復、チェック、とひたすら同じ作業を繰り返していると、気づけば時間も経つし、時間が経てば空腹にもなるもので。
「お腹すいたわ」
私の場合、魔力を使うと空腹を覚える質なので余計だ。
食堂でサンドイッチでも頼んで人目のない裏庭ででも食べるかと、立ち上がる。
なんとなくすれ違う人に顔を見られたくなくて、ローブのフードを深く被った。
足早に廊下を歩く。
本部の中でも私がいる棟はとりわけ人の出入りが少ない。
おかげで誰にも会うことなく、階段に辿り着いた私は――ちらと視界の隅を過ぎったものに首を巡らせた。
――珍しいわね。
ここは私がつい先程まで行っていたような、魔法師たちがやりたがらない面倒事の類が多く集められた場所だ。
そのためここに足を運ぶのは仕事を押し付けられた新米か事務方の人間がほとんど。
けれど今廊下の奥、角を曲がって行った人間のローブの裾には、窓からの陽光に煌めく金糸の刺繍が施されていた。
「第一師団の魔法師がこんなところに何の用かしら」
王宮魔法師の中でも王族近くに仕えるエリート中のエリート。その多くが高位貴族の次男や三男で編成された第一師団の魔法師は普段本部にいることが少ない。
同じ王宮魔法師でも、近衛である第一師団の主な職場は王宮内だから。
はて、と首を傾げながら階下へと降りた私は、不思議に思いつつも「まあ、別に私が気にすることでもないか」と結論付け、食堂へと足を進めた。
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