脳筋令嬢は三度目の恋をする。

黒田悠月

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幼年期。

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 あー、うん。 
 なんというか、うん。
 絵本って絵だけなんだね。

 文字ないんだ。

 スカーレットは敷布の上に胡座をかいてううんと唸っていた。
 5歳のスカーレットの曖昧な記憶の中では、寝る前に絵本を眺めながら母が話を語っていた。
 だからなんとなく文字が書かれている気でいたのだけれど。
 実際の絵本はどちらも文字が一切ないやたらと写実的な掠れてボケボケな絵が描かれているだけだった。

 考えてもみれば100年前の時点では平民の識字率は0に近かった。
 100年も経てば多少上がっていても良さそうなものではあるが、それでもスカーレットの家は田舎の農家である。
 書けない読めないは珍しくもないし、そもそも必要性もない。
 
 肝心の話自体は口頭で語り継がれているものなのだろう。
 こうなってくると母やミリアナに話してもらうにしても話の正確性は酷いものに違いない。
 言い伝えやらおとぎ話なんぞというものは人の口を介す内に少しずつ変わっていってしまうものだ。

 しかし母はこのペラッペラな数枚の絵が描かれただけの代物でいったいどうやって昼までの時間を潰せというつもりだったのだろうか。

 あっという間に手持ち無沙汰もいいところなのだが……。

 家中うろつき回ってもみたが、他に本らしいものもなし、これといって興味の惹かれるものもなし。

 農家の朝は早い。
 おかげで母が迎えに来るまでにはまだ二刻ほどもある。
ーーヒマだ。

 以前、100年前はこういう時、どうしていたんだっけか。
 基本、身体を鍛えていたように思う。
 腹筋とか、背筋とか、素振りとか。
 ……5歳児がいきなりそれはムリだろう。
 後は武器の手入れ?
 ない。
 台所に錆びの浮いた包丁ならあったが。
 そういえば研ぎ石もあったな。
 そう思い、スカーレットはヒマ潰しに包丁を研ぐことにした。

 ショリショリショリショリ。
 ショリショリショリ。

 一心不乱に包丁を研いでいたスカーレットだったが、ふと、気づいた。

 5歳児が一人で包丁を研いでる情景って、ちょっとヤバくないか?と。
 なんだかおかしい。
 多分普通の5歳児はしない。
 しかも丁寧に研いで布で拭くと、ボロい包丁なりにそこそこピカピカになった。
 絶対にバレる。

 スカーレットはたら、と額から汗が流れる気分で手の中の包丁を眺めてから、そそくさと台所に戻した。

「とにかくしらばっくれるしかない。私は知らない!包丁なんかこれっぽっちも触ってない!うん、これでいこう」

 頭の片隅では「そんなの通用するか?」と呆れ声で囁いている自分がいるが。

「……寝よう」

 そうだ。
 とりあえず一回寝て、そんで忘れよう。
 その方がホントに知らない気になって信憑性がでるかも知れない。

 そんなわけはないが、スカーレットは掛布を頭からひっかぶって目を閉じた。
 流石は5歳児というべきか、眠かったわけでもないのに目を瞑ったらあっさりと夢の国に誘われた。

 夢の中で懐かしい顔が呆れ顔で苦笑していた。

「お前、もう少し思いつきを実行する前にちょっと考えような?」

 長くてヒンヤリとした指がスカーレットの白銀の髪をくしゃりとかきあげて頭のてっぺんをグリグリとする。
 新緑の緑。
 その色の瞳がスカーレットの赤い瞳を覗き込んで心臓を跳ねさせる。

「ーーー」

 譫言に名を読んで、目が覚めた。
 頬が冷たい。

 触れると涙に濡れていた。


 しばらくそのまま余韻に浸って、そして思った。

 
 そういえば彼は、彼らは今どうしているんだろう、と。

 スカーレットの恋人であったひとと、主、仲間であった者たちは。

 100年前の時点で死んでいないのなら、現在も生きている可能性が高い。
 何故なら彼らは皆魔力が一概に高く、そのため長寿だから。
 生きていたら、私はどうするのか。
 会いたいのか。
 わからない。
 いや、会いたいといえば会いたいのは間違いないと思う。
 
ーーけれど今の自分はスカーレットだけれどもスカーレット・オーギュスではない。

 私は、
 どうしたい?

 


 
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