上 下
8 / 9

旧礼拝堂の怪異? ①

しおりを挟む
 一限目もあと僅かという時間に教室入りした大遅刻な私に、担当教諭は理由も尋ねることなく「授業が終わるまで立ってなさい」と告げて、授業を再開した。

 それで私には向けられていたクラスメイトたちの目も教壇へと戻される――ことはなかった。

 しっかり注目されているわね。

 皆教諭に注意されない程度に前を向き黒板の文字をノートに書き写したりもしているけれど。
 合間合間にチラチラと私を見やる目、目、目。
 侍女様力作のサラサラストレートヘアーの効果もあるん
だろうけど、原因はそれ以上にパンッパンに腫れた瞼や真っ赤に充血した目に違いない。
 トイレに籠もって涙だけはなんとか止めてきたものの、すでに腫れ上がった瞼や眼球の充血は短時間ではどうにもできなかったのよ。

 うぅ、ちょっと恥ずかしいわ。
 だって誰が見てもめちゃくちゃ泣いた後だってバレバレなんだもの。
 侍女様渾身の清楚系メイクもぐちゃぐちゃに崩れちゃったから洗い落として、今の私はほぼスッピン。
 正直、あんまり見ないでほしい。
 
 どうにも皆の視線が気になって落ち着かない私は、俯いて羊の数を数えはじめた。

 羊が一匹。羊が二匹。
 頭の中で何故かピンク色をした雲から羊がぴょこん、ぴょこんと飛び出てくる。

 羊が三匹。羊が四匹。…………五、六、七。
 ぴょこん。ぴょこん、ぴょこんぴょこん。

 そうだわ前世でよく緊張しないおまじないに人を芋と思えみたいなのがあったわよね?
 つまりクラスメイトの皆のことも芋、じゃなく可愛らしい羊だと思えばいいのよ!

 あっちも羊、こっちも羊。
 私からナナメ前に見えるギルバートだけは特別に人間のままにしてあげましょう。
 
 ほぉらこうすれば視線なんてたいして気にならない。
 かわいい羊ちゃんのちょっと冷たい視線なんて愛おしいくらいのものだわ。

 立ちっぱなしで疲れて足がソワソワしだした頃に、終業のチャイムが鳴って、教壇に立つトンガリ帽子みたいな頭の羊さんが「ミス・モンターニュ」と私の名を呼ぶ。

「遅刻のペナルティとして放課後旧礼拝堂の掃除をするように。シスターにはわたくしから話をしておきます」

――は?

 ショックでせっかくの自己暗示が解け、かわいいトンガリ帽子な羊さんがしかつめらしい顔の女教諭に早変わりした。ちなみに教諭の髪型は頭のてっぺんで角みたいにクルクル髪を巻き込んでビシッと固めている。

「ああああの、旧礼拝堂ですか?新じゃなくて?」

 この学園には女神様を祀る礼拝堂が二つあるのだけれども、現在使用されているのはニ年前新築された新礼拝堂。
 旧礼拝堂は老朽化のため取り壊しが決まっている古くてボロくて――極めつけに幽霊と鼠が出ると噂の建物だ。
 しかもなんでこんな辺鄙な場所に建てたの?と生徒全員が疑問視するような敷地の端っこにある。

 誰もいないはずの建物内から人の気配がするとか雨が降った日には音の外れたオルガンの音色が聴こえるのだとか、取り壊しが決まっていると言いながら二年間放置されているのは取り壊さないのではなく
――何かがあるのだとか。
 実際噂では二度、解体工事を予定していたのに、中止になったという。
 
 そんないわゆる曰く付きの旧礼拝堂。

 扉には頑丈に施錠がされていて、時折教会から派遣されているシスターが空気の入れ替えをする以外二年間人の入っていない古くてボロくて取り壊せない何かがあるという噂の礼拝堂?そんな場所の掃除を、私が?

 生まれてこの方雑巾を持ったことすらない私が?
 子供の頃自分の足音が怖くて夜一人でトイレに行けずにシーツに世界地図を描いたことのある私が?
 
「そうですよ?何か問題があって?したことはなくてもやり方くらいはわかるでしょう?ああ一日では掃除しきれないのではと憂慮しているのかしら?」
「………は?い、いえ…………」

 思わせぶりな物言いに嫌な予感がヒシヒシと湧き上がる。

「(こうなりゃヤケよっ!)やりますっ!やらせて下さい!ええ是非。全身全霊を持って取り組ませて頂きますわ!!」

 ですから一日で勘弁して下さい!
 キレイに掃除しきるまでなんてなったらどれだけ日数が必要になるか。

――でなくとも今の私には早く帰ってやることも考えることも山盛りあるのよっ!
 なくても怪談スポットへ日参だなんて絶対の絶対にあり得ないけど!!
 考えただけで背筋がヒュンとする。
 それなら一日だけサッといってパパッと終わらせた方がマシってもの。

 私は泣き過ぎてどことなく強張りのある頬の筋肉を総動員して決死の愛想笑いを浮かべてみせた。
――けれど嫌われ者に現実は厳しいらしい。

「まあ素晴らしい心がけですこと。でしたら一日と言わず二日でも三日でもなんなら一週間でも、そうね、シスターがもう充分と納得するまで通ってもらいましょうか。きっと建物だけでなくあなたの心も清められることでしょうよ」

 オホホホホ、と鬼が笑う。

「あ、は、はは…………」

 私は乾いた笑い声ともに顔を引きつらせ、心で号泣した。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

自発的に失踪していた夫が、三年振りに戻ってきました。「もう一度やり直したい?」そんな都合のいいことがよく言えますね。

木山楽斗
恋愛
セレント公爵家の夫人であるエファーナは、夫であるフライグが失踪してから、彼の前妻の子供であるバルートと暮らしていた。 色々と大変なことはあったが、それでも二人は仲良く暮らしていた。実の親子ではないが、エファーナとバルートの間には確かな絆があったのだ。 そんな二人の前に、三年前に失踪したフライグが帰って来た。 彼は、失踪したことを反省して、「もう一度やり直したい」と二人に言ってきたのである。 しかし、二人にとってそれは許せないことだった。 身勝手な理由で捨てられた後、二人で手を取り合って頑張って来た二人は、彼を切り捨てるのだった。

処理中です...