上 下
15 / 22
チートは案外取り扱いが難しい。

5

しおりを挟む
そぅっと見た目と比べて軽い扉を僅かに開けて、外を覗く。

薄暗い石壁の通路の向こう。
そこには猿に似た魔物がいた。
異様に長い手足に遠目にもわかる伸びた爪。

ミニマムモンキーと呼ばれる魔物だ。 
どうみても軽く二メートルは越えているのにどこがミニマムなのよ、と突っ込みたくなるが、ミニマムモンキーがいるフロアには群れのボスであるビッグモンキーがいるので、それと比べてミニマムということなのだろう。

ダンジョン内の魔物はあまり群れることがないのだけれど一部の知能がすこーしある猿系やゴブリンなどの魔物はだいたい数十程度の群れを作る。
アリやネズミなんかの小型の魔物は知能というより本能的なものでか、たまにとんでもない数の群れを作るともいうけど。

「ええと、ミニマムモンキーはだいたい適切レベル30前後だから……」

端から見ればブツブツ一人で独り言を言う幼女。
だけれど滑舌の悪さを解消するためと一人きりという心細さを誤魔化すため、私はできるだけ考えを口に出すことにしている。
誰も見ていないことだし。

「ダンジョンの適正レベルはだいたい35といったところね」
 
それも群れを相手にする可能性大なことを鑑みればソロなら上位職で。

ユグドラシルオンラインは下位職から最上位職までありゲームでの『リーナ』は上位職のスナイパーでレベル68。
本来なら余裕でソロ踏破できるレベル。
レベルがそのままであれば。

私はまたそぅっと扉を閉めて、はあ、と息を吐いた。ぺたん、と狐の尻尾が下を向く。


ダンジョン内では時間の経過がわかりにくい。
ゲームのユグドラシルでは二時間に一度鐘の音が響き、それが三度つまりログインして六時間が経てばその後十分以内で強制的にアバターが寝落ち、ログアウトさせられる。その後二時間はログイン不可になるし、戦闘中に寝落ちしてしまった時にはアバターは意識のないまましばらくその場に放置されるわけで……。
当然ゲームオーバー。
ログイン開始時の位地に戻りデスペナルティーとしてログインしていた間の経験値全消去、ランダムでのアイテム消去、所持金の30%そのいずれかが適応される。
経験値なら多少時間と苦労がムダになるだけで済むし、所持金も痛いけどまだマシ。
一番厄介なのがランダムでのアイテム消去で、本当にランダムだからポーションの瓶一つで済む時もあれば伝説級の激レアアイテムが消去されてしまうこともある。 

なのでプレイヤーは皆三度目の鐘を聞くと慌ててログアウトしていたものだ。

「もう三回聞いたけどねー」

二時間ごとに鐘が鳴るのはこの世界でも同じらしい。ただしログアウトはされなかった。
当たり前か。

私にとってはこの世界こそがリアルなのだから。

二時間ごとというのもゲームではログインした時間を起点として個人差があり、鐘の音もその人にしか聞こえない。
だけどここでの鐘はこの世界の標準時間を軸として二時間ごとダンジョン全体に響いているように聞こえる。私がここに来てわりとすぐに一度鳴っていたもの。

おかげで私がここに転移してから最低四時間以上、おそらくは五時間弱が経っているということがわかって助かるといえば助かるのだけれど。

これだと一度眠ってしまえばその間の経過時間はわからないわよね?

数日程度ならともかくそれ以上になると、この時間の曖昧さは精神的に辛いものがある。

「やっぱりできるだけ早くここを出ないと……」

曖昧な時間経過、他に人のいない一人だけの世界、変わらない景色、狭い空間。
この状態でどれだけ正気を保てるか。


「『ブック』」

私は口の中で小さくそう呟く。
このおそらく五時間弱と思われる時間、私は発声練習や軽い運動の他に様々な確認や検証を行ってきた。

その中でわかったことの一つ。
ユグドラシルにおけるステータスシートでありインベントリでもある『ブック』を今の私『リーナ』が使えるということ。

手の中に一冊の重厚な皮表紙の本が現れる。
頭の中で思うだけでその本は胸の前にかざした手のひらの上でフワリと宙に浮くと、私が思うページを独りでに開く。同時に目の前に半透明のプレートが現れた。

私はそこに浮かび上がった文字--自身のステータスを見て、もはや何度目かも知れないため息をついた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令嬢は可愛いものがお好き

梓弓
恋愛
『前世にプレイした乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました……。 例に漏れず、最終的には悪事を糾弾されて死亡するというキャラ。 でもそんなのはごめんです! ヒロインをいじめるつもりはありません。 引きこもります。 前世の趣味は、ゲーム、読書、モノ作りというインドアな乙女でしたから、問題無しです!』 悪役令嬢として生を受けた少女が、死亡フラグを回避するために引きこもります。 しかし、自分の趣味に邁進するにつれて何故か周りを巻き込んで行き、避けていたヒロインや攻略キャラとも関わりができてしまいます。 果たして、シオンに平穏な日々は訪れるのでしょうか……?

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】貴方を愛するつもりはないは 私から

mimi
恋愛
結婚初夜、旦那様は仰いました。 「君とは白い結婚だ!」 その後、 「お前を愛するつもりはない」と、 続けられるのかと私は思っていたのですが…。 16歳の幼妻と7歳年上23歳の旦那様のお話です。 メインは旦那様です。 1話1000字くらいで短めです。 『俺はずっと片想いを続けるだけ』を引き続き お読みいただけますようお願い致します。 (1ヶ月後のお話になります) 注意  貴族階級のお話ですが、言葉使いが…です。  許せない御方いらっしゃると思います。  申し訳ありません🙇💦💦  見逃していただけますと幸いです。 R15 保険です。 また、好物で書きました。 短いので軽く読めます。 どうぞよろしくお願い致します! *『俺はずっと片想いを続けるだけ』の タイトルでベリーズカフェ様にも公開しています (若干の加筆改訂あります)

処理中です...