出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月

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新しい仕事と生活。

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「……ここ?」

 小さな公園のすぐ横にあった、周りと同じ平屋建ての建物。
 間口は周りと比べて少し広め。
 入口の両扉のドアは開かれていて、中にはいくにんかの人の姿とカウンターが見える。

ドアの脇と屋根から下げられた木の看板には『職業紹介所』の文字。  

「あ、の、カルダさん?」
「こちらに用があるのでは?」
「それは、そうですけど」

 でも、いいんですか?
 と、問うべきなのだろうけれど、声はでない。
 変わりにゴクリと喉を鳴らして入口の前に足を進めた。

 どうしよう。
 入っていいのだろうか。

 ここまで来て、躊躇する。

「私はこちらで待っていますので、終わりましたらすぐにおいで下さい」
 
 その言葉に背中を押された気がした。
 入口の脇に立つカルダさんに一礼して、わたしは建物の中に足を踏み入れる。
 室内は慣れ親しんだフランシスカの紹介所とほぼ同じ。違いといえば紹介の広告の張り紙を見上げている人たちと、カウンターの中で受付をしている職員の人たちの多くに獣の耳と尻尾が生えているくらい。

 どころか一人、猿の姿にシャツとズボンなんて人もいるけど……。
 
 どこかコミカルな動きで次から次に掲示板から張り紙を剥がしていく姿に思わず目が追ってしまう。
 獣人は普段人の姿を取る人が多い。
 基本的には人間と生活様式が変わらないのだから、当然なのだろうな、と思う。
 テーブルで食事をするのに、獣の姿では食べにくいもの。

--お猿さんだからかな?

 人間と同じ二足歩行ができて手先も器用な猿であれば、獣の姿でも不自由がないということか。
 それとも年がわかりにくいけれど、まだ人間の姿を取れない子供なのか。

 ついついずっと眺めていると、くりんとばかりに勢いよくその彼(?)がわたしの方を向いた。

「何か用か?」

 訝しげな視線と声にはたと我に返る。

「いえ、ごめんなさいっ!」

 慌てて頭を下げて受付のカウンターに走る。
 けれどやっぱり気になってしまってちら、と見るとお猿さんはすでに何事もなかったような顔でまた広告の張り紙を次々に剥がして回っていた。

 毛むくじゃらの手の中には十枚を軽く越える紙の束が。そんなに!と思って見ていると、カウンターの中からクスクスという笑い声。

「あ、すみません」

 わたし、さっきから謝ってばっかりだわ。
 恥ずかしい。
 
「いえ、あんなにせわしないと気になりますよね」

 フォローしてくれようとしているのだろう。
 けれど、口元はまだ緩んだままで、わたしはますます羞恥心がもたげてくる。

「ところで、本日は受付ですか?」

 そう言ってニッコリする受付のお姉さんは……もしかして虎の獣人かしら?
 頭の獣耳は金色の虎の耳。
 虎って、なんだか怒らせたら怖そう。

「はい。あの、こちらは初めてなので、とりあえず今日は受付だけ……」

 お願いしますと頭を下げる。

「かしこまりました。ではこちらの用紙に記入をお願いします。文字は書けますか?」
「大丈夫です」

 受け取った用紙はだいたいフランシスカの紹介所で書いたものと同じ。
 名前や年齢、後はこれまでの職業の簡単な履歴に違うのが種族欄。

 わたしはサラサラと記入してお姉さんに返す。

「ありがとうございます。ではこちらでカードをお作りして、ご希望の仕事がありましたらそのカードと共に張り紙を剥がしてお持ち頂ければ応募を受付致します。ただし仕事によっては受付をお断りする場合もございますのでご了承下さい。カードをお作りするのに2日ほど頂きますので仕事の応募ができるのもそれ以降になります。よろしければ受付を完了させて頂きますが、よろしいですか?」

 すごい。
 まったく淀みなくスラスラと説明するのに感心する。きっと毎日のように説明しているからだろう。

--でもわたしには毎日言っていても難しそう。

 噛んでしまいそうだし、相手によっては萎縮して少しでも割り込まれたらもう次のセリフを忘れてしまいそうだ。

 わたしはコクコクと頷いてお姉さんから一枚の紙を受け取った。

「では2日後の昼のでこちらの書類を受付にお持ち下さい」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、カウンターを離れた。
 お猿さんはわたしが受付をしている間も張り紙を回収して回っていたみたいで、目に入ったその手には新たな張り紙が増えている。
 そう、もはやあれは回収よね。

 ちょこまか動き回っているから、入口に向かう間にも何度となく目についてしまう。

 なんだかその姿はおかしくて可愛らしい。

 つい笑ってしまいそうになるのをこらえ、わたしはカルダさんの待つ外へと向かう。

 
 この時わたしは思ってもみなかった。
 この可愛らしいお猿さんがわたしの近い未来にとても深く関わりを持つことになるなんて。
 
 まったく、想像もしていなかった。
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