出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月

文字の大きさ
上 下
32 / 86
新しい仕事と生活。

12

しおりを挟む
「何かご用ですか?」

 カルダさんがわたしの前に出てくるのは珍しい。
 基本的に自分で動くよりは周りに指示をして動かす人だから。わたしだけでなく、リルの世話もあまりしている様子もない。

 だけどすべての仕事はチェックして、適切に指示を出す。きっと自分で動いてもきっちり仕事のできる人。

 何もできないわたしからするととても羨ましい人。
 カルダさんがやってきた理由はわかっている。
 わたしの「街に出かける」発言をミラさんがカルダさんに報告したのだろう。

 わかっているけれど、あえてわたしは何の用か、と聞いた。そのわたしの態度に珍しくカルダさんの顔に表情が浮かぶ。
 ほんのわずか。
 浮かんだのは、おそらくは苛立ち。

 もともと無表情な上に身長もあって、威圧感のあるカルダさんのそんな表情は、はっきり言って怖い。

 弱気がムクムクと湧き上がってきてしまいそうだけど、ここで呑まれてしまったらたぶん二度と外に出るなんて言えなくなってしまう。

 わたしは着替えたばかりのフレアスカートの裾を両手に握って、カルダさんの冷たい視線を見返した。

「街に出かけたいと聞きましたが」

 ああ、カルダさんの口調はリルが冷たい時の口調とよく似ている。
 どちらも落ち着いていて、静かで、冷たい。
 主従はこんなところも似るものかしら。

「ええ。いけませんか?今日はリルも帰って来ないらしいですし、ここにいても仕事もないですし。なら街を見て歩きたいなって」

 できるだけ無邪気に、我が儘なお姫様らしく意識しているつもりだけれどうまくできているだろうか。

 一応、以前に少し勤めていたお邸の貴族のお嬢様を参考にしている。
 無邪気で可愛らしいけれど、甘やかされて育ったためか、使用人には我が儘扱いされていたお嬢様。
でも憎めない人だったのよね。
 我が儘といっても他人が嫌気が差すようなものでなく子供らしい可愛らしいものだったもの。
 もっとも年齢は16才で、子供というには少し育ちすぎていたけれど。

「あなたは仕事でここに滞在しているのでは?」

 このセリフは予測の範囲内。
 というか当然か。 
 その通りだものね。

「ええ。でも仕事は朝と夜のグルーミングだけで、他の時間はずっとのんびりしているだけなんだもの。いい加減飽きてきたわ。それにこの一月ちゃんとした休日ももらってないわよね?」

 暗に「仕事だというのなら休日があって当然」と唇を上げて笑う。

 とんだ使用人。
 まともに仕事もしないで休みだけは寄越せだなんて。

 さて、カルダさんはどう返してくるかしら?


 わたしは当然のこととして大袈裟に溜め息でもつかれるものと思っていて。

 だから。

 次のカルダさんの返答は、予想だにしないものだった。

 彼は、黒縁の眼鏡をくい、と指先で持ち上げると、

 
「--なるほど。わかりました」

 と、言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

【R18】大好きな旦那様に催眠をかけることにしました

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 実母に裏切られて帝国に落ち延びたテレーゼ・オルスタイン王女には、幼い頃から大好きな騎士様がいる。帝国の第二皇子であり、亡き父王の親友、ひと回り以上年上のマクシミリアンだ。  娘か妹のようにしか思われていないと思っていたが、なんと彼の方からテレーゼに求婚してきた。  絶頂にあったのも束の間、テレーゼ姫の生国の無理な要求から逃れるために、マクシミリアンが形式上の夫婦になることを望んだだけにすぎないと知ってしまう。  白い結婚が続く中、妻の務めを果たしたいと考えた彼女は、マクシミリアンに催眠をかけることにして――? ※R18には※。 ※ムーンライト様に投稿した完結作になります。全18話。 ※9/27ムーンライトには後日談あり。転載予定。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

処理中です...