出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月

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旅立ちは突然に。

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「……参ったわね」

 優雅な庭園の隅にある木製のベンチに腰を下ろしてわたしはぼんやりと頬杖をついている。
 
 またクビを言い渡されてしまった。
 しかも働き出してわずか3日である。
 ここの前に短期契約でメイド見習いとして働いていたお邸の奥様に頼み込んでどうにか紹介して頂いたのに。

 ちなみに前に働いていたお邸は短期契約で働いて見込みがあれば正式にメイドとして働くことのできるという結構な好条件だった。
 わたしは短期でお断りされてしまったのだけど。
 けれど奥様はとっても良い方で、家では雇えないけれどと次の職場を紹介して下さったのだ。

 仕事内容は10才のお嬢様の家庭教師。
 男爵家で娘に教育を受けさせたいけれどきちんとした家庭教師を雇うにはお金がない。
 そこでそれなりの教養のある、それでいて安く雇うことのできる教師を探していた。
 メイドや侍女の中には下級貴族の出身者等もいる。
 本職の家庭教師に比べると当然質は落ちる。
 それでも最低限のマナーや教養は身に付けているので、安く雇える分お得と下級貴族や平民でも裕福な家ではわりと本職ではない家庭教師が人気らしい。
 ただしそれなりの教養は必要とされるから、大抵は長くメイドや侍女として働いてきた年嵩の女性が雇われる。
 その点わたしは若過ぎるし実績も乏しいのでこれまでこの仕事につくことはできなかった。

 そのわたしが何故紹介して頂けたのかというと、ある時前の勤め先の奥様が知人に書いた文に誤ってわたしがお茶をこぼしてしまったことから、新しく書き直しをすることになったから。
 貴族の奥様というのは、あまりご自分で書き物をしない。侍女やメイドの中に代筆をする者がいて、ただ文章を書くのではなく詩や歌を引用しながらやたらきらびやかに遠まわしに小難しく書くのだ。
 ヴィルトルにはこういった習慣がないから、始めて見た時には解読不能の謎解きのように思った。
 
 ちょうどその時、いつも代筆をしているメイドが外に出ていて、他に代筆が出来るほど美しい文字を書ける者がいなかった。 
 それでわたしが濡らしてしまった責任を取ることもあって、代筆に立候補し、結果的にその文字の美しさに粗相を許されたばかりか、奥様に顔を覚えてもらえるきっかけになったのだ。


 わたしは専用の家庭教師までは付けられていなかったけれど、代わりに上のお兄様たちやお姉様たち、城で働く女官やら文官やらが交互に勉強を見てくれた。マナーやダンスはお母様が見てくれたし、文官たちは読み書きだけではなく書類の書き方や計算まで教えてくれたし、武官たちはたまに護身術だといって簡単な体術や短剣の扱いも教えてくれた。
 おかげで公女として最低限の教養は身に付けられたと思っている。いえ、もしかしたらそれ以上かも?

 出稼ぎを決意してからは料理長にムリを言って料理やお菓子作りも教えてもらったし、メイドたちはさすがにさせてはくれなかったけれど掃除をしているところを近くで見せてもらった。

 先のお邸の奥様からも、以前にお勤めしていたお邸のメイド長からも教養だけなら高位貴族の邸や王宮で侍女をしていてもおかしくはないと言って頂けた。同時にドジが過ぎてメイドとしては壊滅的とも言われたのだけれど。

「メイドとしてはちょっと……けれど教養もあるし所作もキレイだから家庭教師としてならなんとかなるんじゃないかしら」

 とは、先のお邸で奥様に言われた台詞。

 そうして無事面接で出された課題もクリアして新しいお邸でお嬢様の家庭教師を始めて今日で三日。
 一日目は平穏無事に終えたのだ。

 事件が起きたのは、二日目の夜。
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