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ローウィル子爵領

その3

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ウチの母親は若い。

 いや、実年齢は40を越えているので立派なオバサンだが、見た目というか、格好と気持ちが。

 俺はどちらかと言うと母親似だ。
 ポッチャリ感もそうだし、少しクセのある髪質も藍色がかった瞳の色もそう。
 俺の瞳は暗い場所だと黒く見えるが、光に当たると深い藍色をしている。
 髪の色は父親譲りの黒なんだけどね。

「アイクちゃん、近頃いったいどこに行っているの?」

 そんな母上さまがそんな質問を口にしたのは夕食後のこと。

「このところ毎日のように馬で出かけていると聞いていますよ?」

 優雅にティーカップを傾けながら、髪と同じ色の青い眉がしかめられる。

 きたか、とそう思いつつ。
 母上さま、もうすぐ11才になる息子にちゃん付けはいかがなもんですかね?なんて心の奥でだけツッコミを入れる。
 口には出せません。
 色んな意味で怖いから。

 最近の俺の日課は朝起きて軽く屋敷の外周を五周。
 ストレッチと物置から見つけてきた子供用の木剣で素振りをしてから汗を拭いて着替え。母やたまに6才年上で花嫁修業中な姉と一緒に朝食を取って、その後母や馬屋番のスキを見て馬で人目のない山の麓に出かけてとにかく片っ端から『鑑定』。
 へろへろになって帰ってきては軽く昼寝を一時間。
 その後はこっそり書斎に潜り込んで簡単な読み物や歴史なんかの本を読み漁り、持ち込んだ紙とペンで文字の練習をする。
 夕方にはまたランニングとストレッチと素振り。

 こんな感じの毎日を送っている。
 引きこもりだった前世や過去の俺からすればなかなか充実した毎日を過ごしていると思う。
 なんたって毎日外に出かけているのだ。

 馬屋番は親子で昔っからウチの馬や驢馬の世話をしてくれているひょろっとしたオヤジとその息子だ。
 スキを見てって言ったけど、実際には部屋でゴロゴロ食っちゃねばかりしていた雇い主の末っ子が少しばかり活動的になったのを好意的に見てくれているようで、俺が馬屋の様子を伺っていると「ああ、飼い葉を入れかえねえとなあ!取りに行くか!」なんてわざとらしく馬屋から出て行く。
 ありがたく俺はその間に馬を連れ出す。

 が、そのことをいつまでも母に黙っているというわけにもいくまい。
 外で怪我でもしてこられたら真っ先に管理を怠った馬屋番が責を問われるのだから。

 ーー前科もあるしね。

 川で溺れた時の額の傷は今でもうっすらと残っている。

「体力づくりとダイエットと俺も一応領内のことをちゃんと見知っておこうと思いまして」

 いい子ぶった口調で用意しておいた答えを返す。

「五男とはいえ将来的には多少兄さんの手伝いをすることになるかもですし」

 まあ、ないけど。
 五男だし。
 ダンジョンマスターになる予定だし。

 俺は五男だから、家を継ぐことはあり得ない。
 後継ぎには長男がいて、すでに領主の仕事を半分以上こなしてるし、その兄に万が一があっても次男がいる。
 その次男は兄が領主を継いだ後は息子のいないお隣の男爵家に婿に行く予定で、今も内縁の夫状況で男爵家にいる。
 来年には長男が領主を継ぐから、そしたら次男も晴れて男爵家の後継ぎだ。
 三男は剣の才能が多少あったので、母の実家であるゴルディア伯爵領で騎士団に入った。
 四男は早くから伯爵領にある貴族の子供や地元の金持ちや商人の子供が通う学校に通って、今はずっと西の方の商業都市で地方官吏をしている。
 長女は王都に本店のある貴族御用達商人の息子と婚約中だ。
 大店の後継ぎとなると結構な競争率になるようだが、美人な姉は見事に競り勝ったようである。
 弟の俺が言うのもなんだけど確かに美人だからね。
 滅茶苦茶気が強いけど。
 おっとりのんびりした両親からあの姉が生まれたのはウチの領内では有名な摩訶不思議。
 反面教師的な話なのかな?
 今はウチの料理人やメイド長から家事を教わっているらしい。
 大店とはいえ貴族でなく、平民に嫁ぐことになるから。
 一応の家事スキルは身につけておくのだそうな。

 姉と四男は領地から遠く離れていたおかげで四年後に起こる災厄を免れた二人だ。
 他は皆俺を除いて死んだ。
 いや、本来なら俺も死ぬはずだった。
『彼女』の助けといくつかの偶然が重ならなければ。

「あら、それはとっても良い心掛けだけれど、やっぱり一人で出かけるのは心配だわ。それにアイクちゃんはそんなに頑張らなくてもいいのよ?領のことはお兄様に任せておけば大丈夫。アイクちゃんにはちゃんと私がいい婿入り先を探してあげるから」

 大甘発言ありがとう母上さま。
 俺も過去ではそう思ってたよ。

 ゴロゴロ適当に日々過ごしてても、コネで将来的には領内の適当な名主の家に婿入りしてのんべんだらりんと生きていけるんだと。
 いい家に生まれ変わってラッキー♪ぐらいな気持ちだったよ。

 でももうその将来はないんだ。
 このままだと四年後には貴女たちもこの家もこのローウェル子爵領もなくなってしまうんだよ。

 なくしたくなければ、俺がなんとかするしかないんだ。
 この先、未来にこの地に何が起こるのか知っているのは俺だけなんだから。

「ありがとうございます。でもそれに甘えてばかりではいけないと思うんです。やっぱり最低限独り立ちできるくらいの知識や力は身につけておきたいと思います」

 だから、と俺は軽く息を吸い込んでから先を続けた。

「できれば来年からエド兄さんの通っていた王立学校の魔法科に行きたいんですが」

 あんぐりと母上さまの口が閉じるのを忘れたように大きく開きっぱなしの状態で固まった。


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